第六話
正義の味方





雲一つ無い晴れた空。
日差しは柔らかに大地に降り注ぐ。

「いいお天気ですねー」

「なんかボーっとしちまうなー」

「いつの間にか眠っちゃいそうですね」

「つーかもうねむてー」

黒人が机の上に突っ伏した途端にチャイムが鳴った。

「……間の悪い客だな」


「……」

「……」

依頼人は気まずそうに黒人を見ている。

「あの……、怒ってます?」

「別に怒ってないけど、何か?」

「いや、その……。なんか目つきがすごく恐いもんですから……」

黒人は机に顎を置いて依頼人をじとりと見ている。

「あー、これはね、眠いの。だから目が自然にこうなるの」

「そ、そうなんですか……。なんだか邪魔したみたいですみません……」

「いーよ、別に。仕事だしね」

隣では杏がフネをこいでいる。

「あの、本題を話しても?」

「あー、はい、どーぞ」

気の無い返事に依頼人は戸惑いながらも話し始めた。


「僕は緑川 俊と言います。僕の所属してるグループは世の中を旅しながら見世物をやってます。
 子ども達を中心にいろんな芸を見せているんです。サーカスみたいなものですね。
 ……この間、ある人達からヒーローショーをやってくれるって申し入れがあったんです。
 もちろん僕達は大歓迎でした。子ども達も喜んでくれるだろうと思ってOKを出しました」

「そのヒーローショーをしてくれる人達って?」

「それは、引き受けてくれれば話します。お客には秘密にしておいて、驚かせるつもりなので」

「俺達が言いふらしちゃまずいからってことか」

「はい、すみません。
 ……それで、明日いよいよこの街で公演があるはずだったんです。
 ところが、悪役の役者さんが事故に遭ってしまい、骨を折ってしまったんです。
 最小限の人数で来てたらしいから代役もいなくて……」

「それで代役として出てくれってことか」

「はい……。せっかく来てくれたんです。
 仲間の皆だってこの公演を楽しみにしてました。子どもの喜ぶ姿が見れるって。
 だから、どうしても中止して欲しくないんです。役者さん達も同じ気持ちで、
 代役を見つければなんとかなるかもしれないって言ってくれました」

「なるほどね。子どもの笑顔が見たくてこんなとこまで来るとはね」

「子どもの笑顔を見るのは僕達の生きがいなんです。そのためなら地球の裏側までだって走りますよ」

「生きがい、ね。それはさて置き、いきなり役者が代わったらいつもそのヒーローの芝居見てる子とか戸惑わないか?」

「あ、それなら大丈夫です。被り物をしてるんである程度の演技さえできれば構いません」

「でも、声でわかるんじゃねえの?」

「それぐらいは仕方無いです。悪役なのであまり注目されないだろうし」

「そんならまあいいか。殺人鬼追い回すより全然楽だわ。で、時間は?」

「予定では明日の昼からです。でも本番前のリハーサルや準備があるのでできれば今日から来ていただけたら……。
 皆との親睦を深める意味でも」

「了解。じゃあ準備してくるよ」

「よろしくお願いします!」



「生きがい、か……。いずれ死ぬ奴らだけが持てるものなのかな……」

黒人は小さく呟いた。




「ここです。このテント」

テント内にはヒーローショーの準備に勤しむ人々がいた。

「皆さん! 代役の人が見つかりました!」

「本当ですか! 良かった!」

「あの人達、どこかで見たことがあります……」

「テレビか何かでな」

「君達がやってくれるのかい? ありがとう!」

「一緒に頑張ろうね!」

役者は皆親切に接してくれた。

「どうも。一日代役を務めさせていただきます。明無です」

「えと、お手伝いさせていただきます。音日です」
「よろしく! 僕はリーダー役の紅です」

「俺は黄田だ! 一日頼むよ!」

「私は桃坂。よろしくね」

各々、自己紹介をした後、段取りの説明が行われた。
緑川がプログラムのようなものを広げて話を始めた。

「僕達の芸がある程度終わったら、テントの後ろから突然悪役が現れるようにしてるんだ。この芸の後だよ」

緑川がプログラムを指差す。

「それで舞台の中央にやって来て欲しいんだ。そして台詞を言い終わったところで、ヒーローの三人が登場!
 三人も舞台の中央にやって来て、戦う! 簡単な段取りとしてはこうさ」

「俺から出るのか」

「緊張しなくてもいいよ。失敗しても後は僕達に任せて!」

「まあ、できる限り手は尽くしますがね」

「打ち合わせは終わったかい? 終わったんならさっそく準備を手伝ってくれ!」

大きな男が来て言った。
「おや、あんたが代役の人か! 俺は蔵安! ここの棟梁みたいなもんだ!
 舞台の飾り付けなんかをやってるんだ! よろしくな!」

蔵安は黒人と半ば無理矢理握手を交わした。
「よろしく……。あれ? 演技するだけじゃ……」

「人手不足なんだ! うちはいつもこうさ!」

「聞いてねーよ……」

渋々黒人は準備を手伝い始めた。

「私は何をすればいいですか?」

杏が尋ねると、エプロンをつけた女性がやって来て言った。

「わざわざ来てくれてありがとうございます。
 できればでいいんですが……。食事の準備など手伝ってはくれませんか」

「食事ですか?」

「はい、ここでは全員分の食事をいっぺんにまかないますから、結構人手が要るんですよ」

「わかりました。頑張ります!」

「お願いしますね。あ、申し遅れました。私は胡蝶と言います」

「よろしくお願いします。……」

「な、なんですか?」

「あ、いえ。……素敵な名前ですね」

「え? あ、名前ですか? ……名前を素敵だなんて初めて言われたわ。ありがとう」

二人は調理場へ向かった。


「おーい! 何人かこれ手伝ってくれ!」

そう言った蔵安の前には大きな鉄骨が何本か積まれている。
おそらくテントや舞台の骨組みに使われるのだろう。

「今は皆手一杯だ! 後に回しといてくださいよ!」

「あ、俺やりましょーか?」

ちょうど一仕事終えた黒人が言った。

「助かるよ。あと二、三人来てくれないかー!」

「あ、いいっすよ。一人でいけますから」

「いや、こりゃあ俺達二人じゃちょっと難しい……」

蔵安が言い終わる前に黒人は眠たげな眼をして鉄骨を二、三本一気に軽々と持ち上げていた。

「何か言いました?」

「いや、何でも……」

(……どういう腕力なんだ!?)

蔵安はあっけに取られていた。


ステージでは、リハーサルが行われていた。

「あれ、悪役は?」

「お待ちどー!」

衣装を着た黒人がやって来た。
大きなフェイスマスクにドラキュラのようなマントだ。

「あ、来た来た! じゃあ始めよう!」

「すいません、その前に台本は?」

「ああ、そうだったね。はい、君の分。僕達はもう覚えてるからね」

「結構少な目っすね」

「うん。一日で全部は覚えられないだろうから、必要最低限に絞ってあるんだ」

「なんか悪いっすね」

「なに、代役に来てくれただけでこっちは大助かりだ。さあ、時間がもったいない!
 早く始めよう! 明無君は今は台本見ながらでもいいからね」

そうしてリハーサルが始まった。




「ご飯出来ましたよー!」

準備が全て終わり、杏が呼びに来た頃にはすでに日は沈んでしまっていた。

「こっちもそろそろ準備も終わりそうだし、皆で食おう!」

全員に皿が配られた。カレーライスのようだ。

「いっただっきまーす!」

全員の声がテント内にこだました。
皆次から次へと口に運ぶ。

「沢山あるからしっかり食って明日に備えてくださいね」

「美味いなあー!」

「ホントですか?」

「音日さんが作ってくれたのかい?」

「いえ、私はちょっと手伝っただけで……」

「何言ってんのよ! 味付けは全部杏ちゃんがやったでしょ!」

 この子料理上手よ〜。プロ並!」

「将来は良い嫁さんだな!」

「そ、そんな……」

「で、明無君とはどこまで進んでるの?」

「こ、胡蝶さん!」

「俺がどうかした?」

「い、いえ! なんでもないです!」

「?」

食べながら黒人はどこかへ行ってしまった。

「ふーん?」

胡蝶が杏の事をじっと見ている。

「まだ何も言ってないんだ?」

「だ、だって……」

「だっても何もないの! なんなら無理矢理がばっと抱きついちゃいなよ!
 そしたら向こうがほっとかないよ!」

「そんなの無理ですよ〜!」

「なになに、何の話ー?」

桃坂が話を聞きにやって来た。

「あ、聞いて聞いて、この子ね……」

「言わないで〜!」

「何真っ赤になってんの?」

「この子、明無君が好きなんだってさ!」

「えーっ! あの悪役の代わりに来てくれた人?」

「そうそう! それでさ、一緒に住んでるのにまだ何もしてないんだってー!」

「できませんよ〜」
杏は胡蝶に振り回されっぱなしだった。




翌日、本番前のテントでは最終の打ち合わせが行われていた。
すると、蔵安が慌てて駆け込んできた。

「大変だー!」

「どうしたんだ、慌てて」

「テントの前に、こんなもんが……!」

蔵安が一枚の手紙のようなものを差し出した。
それには脅迫文が載っていた。

「『今日のサーカスを中止しなければ子ども達全員殺す』
 ……これだけしか書いてない。」

「何が目的で、こんな……」

「だが、どうする? 子ども達を殺すって書いてあるぞ」

「じゃあ今日の公演は中止した方が……」

「そんな! せっかく役者さんも来てくれたのに!」


「中止しなくてもいいよ」

言ったのは黒人だった。

「追い払うよ」

「追い払うったって、どうやって?」

「杏ちゃん!」

杏が調理場からエプロンを着けたまま出てきた。

「呼びましたか?」

「不逞の輩が来るらしい」

「え、それじゃあ……」

「ああ。俺は芝居しなきゃいかんから、今回はキミに任せていいか? 外だけでいい。
 キミの能力ならすぐ誰が来たか判るだろう? ……キツいんなら俺が何とかするけど」

「いえ、やります。お芝居も、子ども達も守ります!」

「お、おいおい! 女の子がそんな危ないこと……」

「大丈夫です! 私、これでも結構強いんですから!」

「そんな、殺されちゃうよ!」

「大丈夫だよ。杏ちゃんは少なくともそこらへんの格闘家とかより強いから」

「ほ、本当に大丈夫かい……?」

「心配しなくても大丈夫ですよ」

「わ、わかった。じゃあ、任せるが……。危険な事はしないでおくれよ」

そう言いながら皆準備に戻った。
その時、黒人が杏に小さく耳打ちした。

「能力は本当にキツかったら使うなよ」

「大丈夫ですよ。もう昔の私じゃないんですから」





いよいよ本番。テントの中には客が満員だった。

「うわー、すげー客。結構有名なんだねー」

「驚いたかい?」

「そろそろ始まるよー!」

「怪しい奴には気を付けて!」

そしてピエロが一人、舞台の中央に走って行った。

「さあ、いよいよサーカスの始まりだよ! みんな、驚く準備はできてるかーい?」

わっと子ども達の歓声が上がった。
その歓声が始まりのブザーのように、サーカスが始まった。
始めはピエロの玉乗り、皿回しなどだった。


テントの外、と言うよりテントの上に杏はいた。
足を投げ出す形で座り、目を閉じている。

「まだ……、何も起こってないみたい」



テントの中では子どもの歓声でまともに会話もできないような状態だった。
開始から三十分、今は綱渡りをしている。
綱渡りをする人がバランスを崩しそうになる度に悲鳴が上がった。
そして、渡り終わったら今度は歓声と拍手が沸き起こった。

「さあ、もうすぐだ。明無君、準備して!」

「へーい」

黒人は外に向かった。



空中ブランコが終わったあと、照明が消えてテント内は真っ暗になった。
悪役登場の演出である。
ピエロが合図でもある台詞を言った。

「あ、あそこにいるのは誰だー!?」

それと同時に黒人に照明が当てられた。
「私を呼んだか! 愚民共!」



「来た!」

杏が目を開いた。

「邪悪な心……五人! 西北西にいる!」

杏は急いでその場所に向かった。


「脅迫状も無視して始めてやがるぜ……」

「こりゃあ中の奴ら全員殺しとかなきゃなぁ」

それぞれナイフを持ち出した。

テントを襲おうとしたその時、上空から声が聞こえた。
「待ちなさーい!」



「待てえーい!」

その声と同時に、テントの一部に照明が当てられた。
「このサーカスは止めさせはせんぞ!」

ヒーローの三人が客席から舞台にやって来た。
子ども達の興奮は最高潮に達している。
黒人は、迫真の演技でそれを迎えた。
「来たな! 今日こそは貴様らを殺……やっつけてやるぞ!」

子どもが見ている前で「殺す」という台詞は厳禁だ。


「なんだい、お嬢ちゃん。恐い顔して。俺達はただサーカスを見に……」

「とぼけても無駄ですよ。手に持ったナイフを見れば、何をしようとしてるか丸分かりです」

「あらら、ばれちゃったねえ。じゃあしょうがない。殺しとこうかぁ!」

そう言って一人がナイフを持って杏に向かっていった。



ナイフが杏の胸に深く突き刺さった。



「わはははー! どうだー! これで貴様らもお終いだー!」

「くそっ! なんて奴だ!」

テントの中ではヒーローが悪役に苦戦していた。
悪役の技を喰らい、ヒーローがダメージを受ける度に子ども達から悲鳴が上がる。
「まけないでー!」

「そんなやつ、やっつけちゃえー!」

そんな子ども達の声がこだまする。
するとサーカスの人達が悪役を後ろから押さえにかかった。

「なんだ、貴様らはー!?」

黒人の演技もなかなかのものだ。
「今だ! 三人の力を合わせて奴を倒すんだ!」

「おう!」

「任せて!」

リーダーの呼びかけに二人も応えた。

「いくぞ!」

三人は悪役に向かって行った。



テントの外では、ナイフを持った男が五人と、女の子が一人、対峙していた。
「な、何で何ともないんだ!?」

男がナイフを持ったまま、身を退いた。

ナイフは確かにあの女に深く突き刺さったはずだ。
ナイフの根元までグッサリ……。

男はナイフを見て驚愕した。

刃が無い。
そこにあるのは持ち手のみ。

「探し物は……これですか?」

杏が男達に見せたものは、銀色に光った鋭い物体だった。

「な……、どうやっ……」

言い終わる前に杏が視界から消えた。
その場にはナイフの切っ先が宙に浮いているのみだった。

「まず一人!」

掌底を男の水月に叩き込んだ。
と同時に男は口を開けたまま地に沈んだ。


それから三人が吹き飛ぶのに三秒と掛からなかった。

「後はあなただけですよ」

「ぐっ……、てめぇ……」

男の顔には焦りがあるのがはっきりとわかった。
杏が一歩歩み寄る度に男は一歩後ろに退く。

と、そこに。

「終わっちゃうよー!」

一人の男の子が慌てて駆けてきた。
男はそれをチャンスとばかりにその子を捕まえ、ナイフを突きつけた。

「このガキ殺されたくなかったら、動くんじゃねえ!」




テントの中は悲鳴が轟いていた。

「うるせえ! 静かにしろ!」

テントの客席の一角で男が叫ぶ。
子どもにナイフを突きつけている。

「助けてー!」

犯行グループは六人だった。
杏が向かっていた方向と反対方向から入っていたのだった。
さすがに、戦闘中の杏にはそこまで気は回らなかったようだ。



「もう一人……、いたんですね。
 人質でも取ったつもりですか?」

「つもりじゃねえ! 取ったんだ! いいか! 一歩でも動いたらこのガキ殺すからな!」

ナイフを突きつけられた少年は泣き出してしまった。

「うるせえ! これだからガキは嫌いなんだ!
 ……だからこんなサーカスぶち壊してやるつもりだったのによぉ!」

「……まさか、そんな理由で?」

「ああ! そうだよ! すぐ泣きやがるし、言う事は聞かねえ! こんな奴ら喜ばして何が楽しいんだ!」

「……もういいです。これ以上話さないでください」

杏から殺気が発せられた。



「ふははははー!」

悪役が大笑いし出した。
その声で一斉に静かになった。

「何がおかしい!」

「この私を差し置いて子ども達を襲うとはいい度胸だー!」

悪役の演技に次第に子ども達は安心を覚え始めた。

「てめえ! ふざけてんじゃねえぞ! 本当にこのガキ殺すぞ!」



「絶対悪であるこの私にそんな脅しが通用すると思っているのか?」



その瞬間、男の後ろに杏が立っていた。


時を同じくして、悪役もテント内で男の背後に立っていた。


そして、テントの中と外で、同じ単語が発せられた。




「『無間』」



二人の男の顔面に同時に神速の鉄拳が叩き込まれた。


「ふははははー! この私を超える悪など存在しないのだー!」

黒人が台本に無い台詞を並べる。
ヒーロー達は何が起こったのかもわからなかった。

「貴様を改造して手下にしてやるー!」

そう言って男をテントの外に持って行った。


「杏ちゃん! コイツ頼んだ! すぐ戻らなきゃ!」

「はい、わかりました!」




やがて舞台に悪役が舞い戻ってきた。

「余計な邪魔が入ったが、今度こそ決着をつけてやるぞー!」

「望む所だ! 来い!」

そう言うと再び悪役がヒーローの背後に一瞬で移動した。
悪役のその動きに子ども達の悲鳴が上がる。

「あぶなーい! うしろー!」

「そこかあっ!」

ヒーローのプラスチック製の刃が悪役を振り向きざまに斬った。

「ぐあー! やられたー!」

そう言って悪役は倒れてしまった。

「我々の勝利は君達のおかげだ! 君達の応援が無ければ負けていたかもしれない!」

テントの中は割れんばかりの大歓声だった。
そして、ヒーローが最後にお決まりのキメ台詞を言った。

「正義は必ず勝つ!」






「ありがとう! 君達のおかげで大成功だったよ!」

「一時はどうなる事かと思ったわ」

「任せろって言ったろ」

感謝の言葉と報酬を手に、二人は帰路についた。


「彼らは何者だったんだろう……」

「さあ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「ただ一つ言えるのは、彼は正義の味方だってことだ!」

「そうだな。悪の皮を被った本当のヒーローだ!」







「あ、あの人達!」

テレビには黒人が共演したヒーロー達が悪と戦っていた。

「ふふ、正義の味方には敵わなかったな」



テレビを見ながら、かつて不死の悪魔と呼ばれた者は茶漬けを食べていた。





第六話
END

オマケ


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