真夏の日々


春のあの日から5ヶ月がたっていた。
僕はあれから高校に入った。成績も中くらいだった。
春休みが終わってからも山登りはやめなかった。
やめられなかった。
最近では平日でも登るようになっていた。
友達作りなどする暇も無く、山登りにいそしんでいた。
もう5ヶ月になるのに、左腕は見つかっていなかった。
捜索隊ももうあきらめている様子だった。
犯人はまだ捕まっていない。もう専門家による議論もされていない。
あんなにも騒いでいたのに。

しかし、僕にはそんな事はもはやどうでも良かった。
もう山の中は隅から隅まで捜し回った。じっと目を凝らして地面を見た。
草の根も掻き分けるような勢いで捜し回った。
それなのに、左腕は見つからなかった。
初めは見つからなければそれでもいいという気持ちでかかっていたのに、
今ではなんとしてでも見つけたいと思うようになっていた。
例の山以外を捜そうという気はなかった。
なんとなくだが、あの山にあるという確信が何故かあった。

学校は夏休みに入っている。
僕はクラブなどには入らず、毎日山登りをしていた。
かといって、他の事は何もしていなかった訳じゃない。
好きなアーティストの新曲が出ればCDショップに駆け込んだし、
週間雑誌は毎週欠かさず読んでいる。
高校生ともなると、ゲームはあまりしなくなったような気がする。

宿題も程々にして、今日も山登りに行く。
しかし、もはや捜すところなど無かった。
それでも何かに憑かれたかのようにあたりを歩き回っていた。
やはり何度も来ていても、相手は山なのだ。
疲れがだんだん蓄積されていく。
それでもあきらめられない。
我ながら馬鹿らしい事してるなぁと自嘲気味になりながらも黙々と歩き回る。
散歩に目的を持たせてからというもの、もはや自然を楽しむ事もできなかった。
山の中腹で足が限界を訴えてきた。
周りは休憩所など無く、仕方が無いので山道の端によって腰をおろした。
あの事件から、僕意外に山に入ってくるのは警察や捜索隊ぐらいだった。
事件当初は山に入る事もできない状態だったが、その山を知り尽くしていた僕は簡単に死角から入る事ができた。
思ったよりも警備は手薄だった。
毎回捜索隊と鉢合わせにならないかとびくびくしていたが、今はもうそんな心配は要らない。
警察に出会っても以前に殺人事件があったから気をつけるようにと言われる程度だった。


犯人はまだ捕まっていなかったな。もしかすると犯人がまたこの山のどこかで殺人を行っていたりするんだろうか。
などと色々な考えが頭をよぎる。
あの事件の後でも行方不明者のニュースはいくつかあった。
しかし、それらはどれも僕の住む街とは遠く離れた場所で起こっていた。
同一犯とは到底思えなかった。
わざわざバラバラ死体を作る時間など逃げながらではあるはずも無い。

休んでいるうちに様々な考えが頭をよぎっては消えていった。
その間、蝉の鳴き声が気になる事は無かった。
気がつけば、かなり時間が経過していたようだった。
シャツには汗がべったりついていた。

駄目だ。今日はあきらめよう。
また明日来ればいい。
そう思って空を見上げた。
そういえば地面ばかり見てここ最近空などほとんど見ていなかった。
木々が覆いかぶさって完全に空が見えたわけではなかったが、
緑の間から木漏れ日が差し込んできた。
その景色がひどく美しいものに見えた。
せっかくだからと死体を見つけた場所でも写そうとしていたデジカメで空に向かってシャッターを切った。


結局、帰りの道でも左腕は見つからずじまいだった。
家に帰ってからは、CDを聞きながら漫画を読んでいた。
家の中では特に左腕に関する情報を集めたりはせず、
普通の生活をしていた。
テレビではバラエティをしていた。
内容は面白いものだった。久しぶりに腹の底から笑った。
ひとしきり笑い終えた後、ニュースが始まった。
今日は特に大きな事件は無かったようだ。
その後、天気予報が始まった。
天気予報士は明日はこの夏一番の暑さになるだろうといっていた。
街の景色が映し出された。これは何処の街だろうか。
緑が豊かで落ち着いた感じの街だと思った。

その街の緑を見ていてふと思い出した。
写真。
疲れのせいで撮っていたことを忘れかけていた。
綺麗に撮れていただろうか。パソコンに取り込んで現像してみた。
見事に撮れていた。自分で撮ったとは思えないほど綺麗だった。
日差しが直接レンズを刺激することなく、柔らかな風景を映し出している。
緑の中から青色が覗けた。

ふと目が写真のある部分で止まった。
緑の間から違う色が見えている。
青色ではない。
雲かとも思ったが、白くも無い。
茶色っぽい感じで、所々黒っぽいような気がした。
その物体を凝視する。
この形には見覚えがある。
僕は自分の左腕を見た。

翌日、僕は昨日と同じ地点に歩いていった。
場所は良く覚えている。なにしろ5ヶ月も歩き尽くしていたから。
それに、もともとこの山の地理は把握していた。
しばらく歩くと、その場所に着いた。
僕は空を見上げた。
そうだ。僕は地面にばかり気を取られていて空を見ることを忘れていたのだ。
おかげで昨日はあの微妙な違和感を感じ取る事ができなかった。
見つけた。
歓喜からか、思わず声が漏れた。
少々高い位置にあったため、人間の身長では届かなかった。
当然写真からそれを知っていた僕はきちんと準備をしてきた。
持ってくるとき親に怪しまれた。
なんて言い訳したかは覚えていない。
高枝切りバサミを使って左腕を傷つけないように周りの枝を切った。
左腕は重力に逆らわずに落ちてきた。
僕はそれをしっかりとつかんだ。
大分時間が経って脆くなっていると思ったのだが、運が良かったのか左腕は特に破壊を起こすことなく僕の腕の中に納まった。
胸が高鳴った。とうとう見つけたのだ。
捜し求めていたものを。
捜し始めた頃、最初は殺されたFと言う少年の親にでも渡そうと思っていた。
しかし、今の僕はそんな事を考えられないでいた。
そうだ。もうあの事件から大分経つ。
今更例の親にこれを見せてわざわざ悲しませる必要も無いだろう。
自分自身にそう言い訳してその左腕をかばんの中に入れた。
当然左腕は用意していたビニール袋に入れてからかばんに入れた。
記念品。
そんな単語が浮かんだ。
もうここまできたら引き返せない。
まずはこの左腕が見つからないようにどこかに隠さなければ。
見つかれば僕が疑われるだろう。


もう夏休みの宿題の事など頭の中には無かった。


下山途中、かばんの中ががさがさ言った。
振動があればスーパーの袋なのだからそんな音が鳴るのは当たり前だ。
そんなどうでもいい事を考えて気分を落ち着かせながら家まで帰った。
どうでもいい事、を考えながら。
夏の日々
END

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