ライフ・ワーカー(中編)
「整列!」
審判の声が響き渡る。
引き寄せられるように両校の選手が一直線に並ぶ。
そして、一瞬の静寂の後、審判が叫ぶ。
「互いに、礼!」
「お願いします!」
実際のところ、「しゃーっす!」としか聞こえないが。
今回、郷土高校の試合する相手は舞羽高校である。
この高校は守備力に長けており、郷土高校にとっては天敵とも言える相手だった。
一人一人の守備範囲が非常に広く、その守備範囲の広さは空中にまで及ぶ。
要するに、彼らの長所は、「跳躍力」という、野球では珍しいものだった。
さて、1回。
表の攻撃は舞羽高校。
―――1番、レフト 葉夜房。
対して、郷土高、ピッチャーは2年の杉田。
今回初めての登板となる。
「プレイボール!」
審判が声高に叫ぶ。
キャッチャーである予藻木のサインに従い、杉田が投げる。
力のある外角低めのストレート。
流石に見送る。
そして、2球目。
外角から内角へと抉るシュートに、打ち急いだ葉夜房は詰まって一塁線のゴロに打ち取られた。
「よし、まず1人! この調子で行くぞ!」
キャプテン桜田の声がこだまする。
音叉が隣の音叉に共鳴するように、皆の声が伝播する。
そして、予藻木と杉田のコンビネーションが上手くハマり、2番、3番と凡退に仕留めた。
「ナイスピー! そのまま0点で押さえてくれ!」
杉田の好投でベンチのメンバーも、応援も俄然盛り上がった。
余談ではあるが、野球の試合、こと高校野球においては相当の熱気があり、
練習試合であろうとも切羽詰った試合は応援によって勝敗が大きく左右される事も多い。
その為、ベンチ外のメンバーは普段から大声を出す練習をしていたりもする。
「いやーっ! 調子良いなぁ杉田君! 140は出てたんじゃないの!?」
ファーストの―――先程1番打者の処理をした―――豪が杉田に声を掛ける。
普段は近くにいるのに耳を劈くような大声で言うのでたまったものではないのだが、
応援の声がうるさい試合中においてはむしろ聞こえ易く、ありがたい。
「おだてんなよ、生野! そんなこと言われると俺、調子に乗っちまうじゃねーか!」
杉田が冗談交じりに笑顔で応える。
また、その声は自分の調子の良さを裏付けるようなリラックスしたものだった。
そして、1回裏、郷土高校の攻撃。
1番はセンターの笹原。やはり足が早く、広範囲を守る外野の中心である。
が、強打が売りの高校なだけあって、先頭打者から一発を狙える力もある。
舞羽高校のピッチャーは切羽。
得意球はこれといって無い……と言うより、全てが平均して高いレベルにある。
しかし、真に厄介なのは、球種ではない。
この投手、タイミングを外すのが怖ろしく上手いのである。
その多様な球種と独特の「間」に、笹原はあっと言う間に追い込まれ、
凡打に切って取られた。
「結構粘った筈なんだけど、なんだか凄くあっけなく討ち取られた気がするなぁ……」
そして、2番。豪の出番である。
「よーっしゃらぁーっ! 行って参りますかぁー!」
いつもの1.5倍増しのテンションでバットを振り回す。
そのスイングは、まるで音が形を持っているようでもある。
「さぁー、来なせぇ!」
(何だコイツ……?)
切羽も豪の騒ぎように呆れながら、投球に入る。
しかし相手は打撃重視の高校、気の抜けた投球は出来ない。
持ち前の自在な変化球で、豪を仕留めに掛かる。
初球、内角から一気に外角まで曲がろうかという程のカーブ。
その球に対し、豪は突然、バントの体勢になった。
まるでそのままスイングしてしまいそうなスピードと滑らかさに、
完全に虚をつかれた切羽は慌てて処理に向かおうとダッシュした。
しかし。
「ストライーク!」
審判の声が高らかに響く。
バントの体勢になったは良いが、ボールのあまりの変化に付いていけなかったのか、
そのままバットは音を立てること無く豪の両手に抱えられていた。
「あちゃあ〜、失敗! バレちったなぁー!」
ヘルメットの上から届くはずの無い頭を掻きながら、豪は大笑いした。
笑える状況なのだろうか。
なんだ、コイツは大した事も無い、小手先だけの選手か。
そう思いつつも、やはり一発という可能性は恐れ、低めのコースへと投げる。
そして、投げた直後に、再び切羽はダッシュする羽目になった。
豪がまたもやバントの体勢に入ったからである。
まさか1度失敗した作戦を、相手にバレた上で使う事はないだろう。
その油断を突き、あえて2度同じ作戦を使ったのだ。
しかし、そこまで野手は馬鹿ではない。
舞羽高校の特徴、跳躍力。
あまり野球をする上では目立たないかもしれない。
しかし、それは垂直に飛んだ場合である。
サードの高峰が、豪の動きを見てスタートしてから、たった1歩。
その一蹴りでトップスピードに達し、豪が構えた時には既に切羽とほぼ同じ距離まで詰めていた。
が、折角の身体能力は、ただその凄まじさを見せただけで終わった。
「ストライーク! ツー!」
慌ててバント処理に入ろうとしたキャッチャーの銀嶺は、危うくボールをこぼしそうになった。
2度ものバント失敗。と言うか、ボールにかすりもしてないのだが。
「だっはっはっ! やってもーた!」
またも高笑いで済ませる豪。
これには流石に味方ベンチも心配になった。
「いや〜、こりゃ、今度は最初からこのカッコでいた方が良いか!」
そして、いよいよ気でも違ったか、バントの姿勢で打席に立った。
何だ、コイツ? ふざけてるのか?
切羽がそう考えてしまうのも無理は無かった。
そして、第3球。
バントで来るのなら、と力のあるストレートを。
これでミスしてファウルになればそれで終わり。空振りでもアウト。
成功しても、この前進守備の前では何の意味も無い。
そして、最後の1球を、切羽が投げる。
と同時に、ファーストと二塁カバーのショート以外の野手が全員前へと詰めてくる。
豪がにっ、と笑う。
切羽はその瞬間、やられた、と思った。
「バスターだーっ!」
その声が間に合う筈も無く、快音が響く。
そして白球が痛烈なライナーで向かうは、切羽を抜け、三遊間。
「抜けるぞーっ!」
郷土高校が一斉に沸く。
そして、次の瞬間、審判が大声でコールした。
「アウトーッ! ツーアウト!」
サード高峰の武器は跳躍力だけではない。
彼には、常人を上回る反射神経があり、それが跳躍力と相乗効果を成し、
あらゆる打球への反応、捕球を可能とする。
高峰のグローブには、完璧に打球が収まっていた。
後編に続く
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