ライフ・ワーカー(前編)
「今日も良い天気さね〜」
生野 豪は草刈りも済んだ土手の叢の上に寝転がっていた。
丸眼鏡に伸ばしっぱなしの無精髭、そのくせ髪はこざっぱりとした短髪。
これでも彼は高校生だったりする。
暫くして、思い出したように飛び起き、とある学校へと走って行った。
途中、信号待ちの車と競争を始めたが、十秒もすれば追い越されてしまった。
私立郷土高校―――。
周囲は愚か、校舎の中にまで自然溢れるこの学校に、豪は転入する。
みてくれは独特だが、授業、生活は至って普通であり、部活も数多く存在する。
特に有名なのが―――
「おーっ、やってるやってる。あの格好は間違いないわな」
―――野球部である。
特に全国にまで轟くのは、フェンスをも歪ませる程の強打であり、
毎年多くの強打者がこの高校の門戸を叩く。
下位打線が存在しない。
この学校と対戦した事のある人々は、口を揃えてこう言う。
豪は、その野球部に入る事になる。
「おーし、1年生はグラウンドの整備続けて! 2、3年生はアップ始めるぞ!」
「はい!」
統率のとれた動きで、部員が各々の練習、仕事を始める。
やはり彼らの大きな声は広いグラウンドの何処にいてもはっきりと聞こえてくる。
と、豪が突然、それをも上回る程の大声で叫んだ。
そう、たった1人で、40人超の部員を上回る声で。
「すんまっせーん! 野球部は此処でよろしいのでー?」
突然の大声に、キャプテンと思われる男は軽く脳が震える感覚があった。
「な、なんだ?」
「あーあー、いい! お前達は続けててくれ!」
そう言って、キャプテンは外野に突っ立っている豪の方へ駆け寄った。
「見ての通り此処が野球部だけど、何か用ですか?」
目の前の同年代とは思えない―――実際、この時は思ってないのだが―――男は、
話しかけられるや否や、まくし立てるように次々と喋った。
「いやー、初めまして! あんたが主将すか!? お会いできて光栄で!
此処は強打で有名ってんでそのバッティング、見とーて見とーて!
それにしても良いグラウンドですな〜、野球部専用で!?
マシンとかも使ってるんで? スピードはどれ位出るんでしょーか?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 一気に言わないで!
その前に、あんたは何者か、教えてくれません?」
「―――、あっ、あはははは! すんません! つい癖でお喋りし過ぎてしもうて!
えー、明日よりこの郷土高校に転入となりました―――」
「生野 豪君だ」
豪が言うよりも前に、彼を紹介する声があった。
「あっ、監督!」
いつの間にか豪の後ろに、大男が佇んでいた。
人の良さそうな顔に、その体格は似合わない。
キャプテンの声に反応して、他の部員達から挨拶と思しき声が方々から聞こえた。
「あ、その節はどーも! 明日からお世話になりやす!」
「へ? 監督、知り合いなんですか?」
「んー、この間、少しね。これからウチの新戦力になってくれるよ。よろしくね」
「え、それって、この人、俺達と同い年って事っすか!? てっきり監督と同年代かと……」
「んー? この子は歴とした高校生だよ。あはは、見た目がこんなだから分からなかったかい?」
「あっはっはっ! 監督も主将も冗談きついやな〜、この顔をどう見たら年上に見えるんで?」
「―――と、言うわけで、明日から野球部に入部してくれると転入前から言ってくれている生野 豪君だ。
まだ2年生だから、それなりの付き合いにはなると思う。皆、よろしくね」
「はい!」
部員達から元気な声が返ってくる。
「監督、質問してもいいですか?」
暫くして、部員の1人が声を上げた。
「なんだい?」
「えと、監督にって言うか、生野君についてなんですけど、どうして転校してきたんですか?」
確かに、高校生の転校というのは、よほどの理由がない限りそうあるものではない。
普通は親の転勤や引越しなのだが。
この質問には、豪が答えた。
「野球をする為で!」
「は?」
全員が、声を揃えた。
此処まで声が揃ったのは初めてとも思えた。
「野球する為って……それだけ?」
「他に理由など要りませんや!」
「へ、へぇ〜、これは又……」
「偶然、野球部のある高校を探してるのを見かけてね、誘ってみたんだ」
「監督がですか?」
「うん。ウチがその打線で有名なのは皆も自覚してると思う。
でもね、そんなに有名なのに、ここ数年、僕達は甲子園まで届いていない。
それは何故か? この子の力を試しに見てみた時、僕達に足りない物、それが分かったんだ」
「足りない物……」
「そうだ、今日は見学していくと良いよ。練習の段取りも知っていて欲しいしね」
「了解でさ!」
「集合ー!」
日も暮れた頃、キャプテンから声が上がった。
土で汚れたユニフォームを払いながら、部員達が集まってきた。
監督がキャプテンに声を掛ける。
「ダウンに行っておいで」
「はい!」
返事をして、キャプテンは部員を連れてクールダウンに行った。
「どうだった、生野君」
「いや〜、物凄い練習だこと! そりゃあアレだけの打線が生まれる訳だ!
しっかし、そうですなー、監督の言ってた『足りない物』がなんとなく分かったような」
「ほう、いや、僕も新しい練習メニューを作ったんだけどね。1度君に見ておいて欲しかったんだ。
これで確信が持てたよ。今年こそ甲子園まで突っ走れそうだよ」
「あっはっはっ! いーですなー、甲子園!」
「その為には、まず君が彼らに気付かせて欲しいんだ」
「はぇ?」
「再来週、練習試合があるんだけど、君には2番で出てもらうよ」
「うえぇ!? まだワシは試合に出るような……」
「いーや、この前見せてもらったアレは、すぐに使えるレベルだったからね。
新人にいい経験させようって訳じゃないよ。勝ちに行く采配だ」
「う〜ん、それにゃあまず、チームメイトと親睦を深めねば……」
頭を掻きながら、しかしその顔は嬉しそうだった。
翌日、豪は本当に野球部に入部した。
他の部の勧誘も受けたのだが、一切の躊躇なく、入部届けを出した。
仮入部の期間すら無視して。
「と、ゆーわけで、改めてよろしくお願いします!」
予め用意しておいた練習用のユニフォームを着て、持ち前の大声で挨拶をした。
キャプテンが一歩前に出て、挨拶を返す。
「よろしく、生野君! 自己紹介がまだだったな。俺はキャプテンの桜田だ。一応、セカンドを守ってる。
何か困った事があったら言ってくれ」
「よろしくお願いしまっす、主将!」
「元気が良いな。よーし、新人だからって容赦はしないぞ!」
「望む所でさ!」
「いい心がけだ! それじゃあ、アップに入る!」
「はい!」
部員の声に、豪の大声が追加された事で、掛声はより強力なものになった。
思いの外、豪は親しみ易いようで、3日もすれば部に馴染み、
1週間もした頃には、部員全員の名前まで覚えてしまった。
練習そのものにはいっぱいいっぱいながらもどうにかこうにかついて行った。
「なあ、最近、練習のメニューが変わってねー?」
「あー、俺も思った。何かこー、地味目な練習が多くなったよな、バントとか」
「ウチは強力打線なんだから、ガンガン打ち込んで行った方が良さそうなのにな」
部員達から、そんな声が漏れる事があった。
これらの練習を1番嬉々として励んでいたのは、豪だった。
「どうじゃあー! 一塁線ギリギリ!」
「へー、バントは大したもんだな」
そして、練習試合もあと1週間に迫っていた。
「じゃあ、そろそろ試合に向けて、メンバーを発表していこうか」
監督の一言で、部員に少々の緊張が走った。
たかが練習試合、されど練習試合。
試合で結果が出れば、当然この先も起用される可能性は高い。
順当に選ばれていくレギュラーメンバー。
それとは別に、意外な選手も選ばれる事もある。
豪も、いわゆる「意外な選手」の内の1人だった。
そして、いよいよ、練習試合が始まる。
生野 豪の力が初めて披露される、その試合が。
後編に続く
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