case5:「終末」


今日はとある国の北部で大規模な戦闘、百五十人余りが戦死した。


ある日突然戦争が始まった。
初めはほんの些細な二国間の対立であった。
一方の国がもう一方の国の領土を侵したとかそうでないとか。
そんなことから戦争が始まった。
抗議した民衆は逮捕されるか殺された。
兵隊を一般人から無理矢理召集して戦地に送り出した。
兵になるのを拒否した者は逮捕されるか殺された。
戦場に向かいはしたが、人を殺した経験のない者ばかり。
何の覚悟もない者が何人も捕らえられるか殺された。
戦争が本格化しだしてからは他の国まで巻き込む世界規模の戦争になった。
なんの罪もない者が何人も殺された。


戦争が始まったばかりの頃、それもまだ戦争が始まったと知らない人もいた頃、
一方の国が先手必勝と数人の兵を敵国に侵入させた。
その兵達は、強制的に兵にされたものばかりだった。
いわゆる「捨て駒」だった。生きて帰ってくる必要はなかった。
それで敵国の主要な人物を何人かでも殺してくれれば儲けものだということだった。
途中、敵兵と遭遇し、それを殺した際に、
人を殺したというのと、自分も殺されるかもしれないという恐怖心から何人かが発狂した。
一人はどこかの山地に逃げ込み、数日後、無線で味方の兵にこう連絡してきたらしい。


偶然遭難してきた男女四人のグループを皆殺しにした。




また、兵役から逃れ、戦争から逃れるために国を捨てて逃亡するものが何人も出た。
海へ出た者までいた。
その頃はまだ海戦がほとんどされてなかったので良い選択だったと思われる。
しかし、それでも人間は海で生きるには少しばかり弱く、
難破して海に飲み込まれた者、食糧不足で餓死した者、さらには


鯨などの大型の魚などに飲み込まれ、溶かされ、栄養分になった者もいた。




戦争が激化してからは互いの国、
さらには関係のない国にまでに頻繁に空襲が起こった。
いくつもの街が焼け野原になった。
何人もの人が灰になった。
生き残った人々も、またいつ空襲が始まるのかと怯えながら暮らすことになった。


どこかの国では、街と一緒にひとつの小さな図書館も燃え尽きたらしい。
その時、燃え盛る図書館の中から一人の少女が飛び出してきたのを見た人が何人もいた。
その少女は本を一冊、大事そうに抱えていたという。
その少女の行方は、誰も知らない。




相次ぐ空襲などのせいで森林が消滅し、砂漠化した地域も少なくない。
それに伴い、その場所で生活していた人々の食糧や居住の問題が深刻化した。
特に食糧の問題は凄まじく、餓死者が何人も出たのだが、
救援物資としての食糧はほとんど駐留軍の胃袋に入ってしまった。


余りの空腹のため、餓死した自分の子どもを喰った母親もいたらしい。
その母親はそれから屍肉をあさっては喰っていたらしい。




一方の国、仮にA国の国王は頭を抱えていた。

我が軍の勝利の報告はまだか。
最新兵器の投入はまだか。

戦争の終結は、まだか。


最近の戦績はあまり良くなかった。
国の周囲を三分の二まで包囲されている。
いつ国内になだれ込んでくるかも分からない。


逆転の方法は、ひとつだけあった。
国王が常に握っているスイッチ。
押せば敵国は跡形も残らない。
だが、これを使うのは人として許される事ではない。
そう簡単には押せない。


許されない?


戦争を起こした事は許されるのだろうか。
たった二人の会談から世界中の人間を殺す戦争は許される事だと思えるのか。


すでに国王は人間として、許されざる事をしている。
戦争を起こすと宣言したということは世界の人間を殺すと宣言するのも同じ。
戦争を起こしたその瞬間から、国王はすでにただの殺人犯に成り下がっている。

この大量殺人事件の実行犯は、自分の国と敵国の兵隊。
黒幕は、互いの国の国王。
被害者は、一般人。
全世界の。

この大事件を解決するのは誰だろう。

この大事件を裁くのは、誰だろう。

教えてくれ、神よ……!




もう一方の国、仮にB国の国王は、自国の勝利を確信し、安堵していた。
もうすぐこの戦争を終わらせられる。
戦争に勝利できるという事よりも自分は生きて戦争が終わるということに安堵していた。

一つの矛盾が生じた。

戦争が終わることに安堵するということは、戦争を続けたくないということだ。
ならば何故、自分は戦争という手段を選んだのだろう。
何故、もっと平和的な解決の方法を見つけられなかったのだろう。

何故、殺し合うまでに発展させてしまったのか。

何故、自分では戦わなかったのか。
何故、自分自身の力で解決しようとしなかったのか。
これでは、まるで子どものようだ。


まだ一人では何もできない、子ども。


自分一人の独断で、自分の権力を利用して、
何千、何万もの人民を死地に向かわせる。
自分の手を一切汚さずに、人々が殺しあう様をただ眺めている。
自分の身の安全を確かめた上で戦況に一喜一憂する。
まるで猛獣ショーでも見るかのように。




A国内の宮殿に兵が駆け込んだ。
「国王様! 我が軍は現在生き残りはほとんどおらず、残りの兵も戦意を喪失しております!
 敵国の兵はまもなく我が国に攻め入ってくるでしょう! このままでは、この国は終わりです!
 国王様! どうか、ご決断を!」

そんなことは分かっている。
このまま降伏するか、スイッチを押すか。
それとも、いっそ自分だけ逃げてしまおうか。
いずれにせよ自分に明るい未来など有り得ない。

それならば、
自分一人が戦犯として責め立てられるぐらいなら、
自分が殺されるぐらいなら、


世界を巻き添えにしてしまおうか。


私一人で死ぬものか。
私一人責め立てるんじゃない。
悪いのは敵だ。私は悪くない。

死にたくないしにたくないしニたくナいシニタクナイ

兵は何をシテイル? 早く敵を殺セ。ひとリのコラず。


国王は永い戦争の終わりにその精神に異常をきたし始めていた。


「国王様! どうなされました!」
兵達の声はすでに国王には届いていなかった。


「A国の人間を、一人残らず殺せ!」
国王が錯乱している内にB国の兵達が国に攻め入ってきた。
もはや理由など関係ない。
ただ殺す。
ころす。
コロス。

戦争が

人を、世界を、全てを、

狂わせる。




歌が聞こえた。
ソプラノの合唱。
打楽器のような細かいリズム伴奏が加わる。
そして轟くバスの低音。
幾重にも重なり合うその歌声は、
渓谷を吹き抜ける風のように聞こえる。
この歌の題名は―――。


悲鳴と銃声


おやおや、これでは現在のA国の状況そのままではないか。




B国の兵隊が、とうとう宮殿に辿り着いた。
「いたぞ! 国王だ!」
A国の残りわずかな戦力は、その時に潰えた。
残るはスイッチのみ。

国王に迷いはなかった。
どうせ助からないのなら全員道連れだ。




何故、ここまで全てが狂ってしまったのだろう。
何故、止めることができなかったのだろう。




国王は、スイッチを押した。

スイッチの正体は、核兵器の発射装置。
そのスイッチを、押した。
これでやつらも助かるまい。

穴だらけになったその体で、国王は笑い出した。
笑い続けた。
狂ったように。
それを見たB国の兵隊は恐ろしくなり、さらに銃弾を雨のように撃ち込んだ。
撃ち込み続けた。
狂ったように。


いずれにせよ、核兵器は発射された。






余談だが、B国も核兵器を所有していた。
A国の国王を殺した後に、打ち込む予定だったらしい。
国王を殺害したと言う連絡が入った後、すぐに発射された。

さらに補足しておくと、戦争に参加していた国々は全て、
何らかの形で核兵器を所有していた。




どういうわけか、それらも全て発射されていたことも付け加えておこう。






どうやら、戦争が狂わせていたのは、人間の心だけではなかったらしい。



case5
END

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