[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
番外編シリーズ2
さくら道(2)
~こども~
「はーい、座って座って! 今日から新しい先生が来るんだから行儀良くしなさいよー」
長沢の声に元気良く甲高い返事がまばらに響く。
これから、その声の主達と顔を合わせ、共に歩むのだ。そう思うと、魅夜はなんだか不思議な嬉しさを感じた。
長沢の説明が一通り済んだ後で、魅夜も教壇に立った。 床よりも1段だけ高いそこからは、生徒達全員の顔や仕草が良く見えた。
「えーっと、さっきの紹介の通り、これからこのクラスの副担任になりました、樹水 魅夜です。よろしくね」
黒板に自分の名前を書き込む。チョークの、カッカッ、という音が心地良かった。
生徒達からも元気良く「よろしくおねがいします!」と返事され、頬が緩んだ。
「まーね、質問とかある子はいる?」
長沢が隣でそう言うと、子ども達は勢い良く手を挙げ、はい、はい、と身を乗り出してきた。
その勢いに気圧されつつ、魅夜が適当な席の子どもを指す。ショートカットに大きなリボンをした女の子だ。
「せんせー、いくつですか?」
年頃の女性に対する質問としてはなるべく避けるべき話題ではあるのだが、子ども達はそんな事はお構いなしに聞いてくる。 何せ、好奇心の塊なのだから。
それにしても、この質問は、魅夜には年頃の女性以上にこの質問には答え辛かった。実年齢など言えるものか。
「えーとね……先生は今年で21歳になるの」
魅夜はとりあえず、止まった頃の年齢を答えておいた。試験の時はもう少し若かった。
教室中からざわざわと波が立つ。主に「わかーい」という声だった。
意味もなく気恥ずかしくなりながらも、質問タイムは続けた。次に当てたのは、元気の良い男の子だった。
「せんせーすきな人とかいるのー?」
訳も無く、教室のあちこちからきゃあきゃあと聞こえてくる。
「ええ、いますよ」
子ども達は、予想とは違ったのか、躊躇いも無く答えた魅夜に、言葉を失ってしまった。
「それじゃあ、授業を始めまーす」
長沢が教壇に立つ。1時間目は国語のようだ。
魅夜は、授業をする長沢を見て、生徒達とは違った意味で「勉強」していた。
それとは別に、生徒達の名前と顔を一致させるのにも必死だった。
「はーい、じゃあ美香ちゃん、教科書読んでー」
先程、最初に魅夜に質問を投げかけたリボンの子だった。美香という名前らしい。
「『じぞーさん、じぞーさん、やっとかえってきましたよ』そういっておじいさんは………」
一生懸命、感情を込めて教科書を読んでいる彼女の姿が愛らしかった。
その日の昼食は、生徒達と同じ給食だった。早く子ども達と打ち解けようと、彼らの作るグループの1つに入ってみる。
「せんせーにんじん食べれるー?」
「せんせーどこにすんでるの?」
「いままで食べたパンの数おぼえてるー?」
子ども達は想像以上に人懐っこく、皆が魅夜に話しかけてくる。食べる暇も無い程だった。それでも質問には一つ一つ丁寧に答える。 そうやって話しながら食べる給食は、またいつもと違う美味しさだった。
最初、もっと生意気な生徒がいる事は覚悟の上だったが、此処にいる子ども達は、想像以上に純粋で素直だった。 自分もこんな可愛らしい子どもがいたら、と、無理な事ではあったが、願わずにはいられない程だった。
1日の授業が終わり、最後に終礼を残すのみとなった。
副担任である魅夜の仕事との事だったが、生徒への諸連絡、その日1日の反省と至極単純なものだった。 それでも、魅夜にとっては新鮮なもので、ちょっとした交流が楽しかった。
「せんせー、さよーならー」
そんな声が実に可愛らしく、抱きしめたくなる程だった。流石にそれはできなかったが、これぐらいならと、生徒1人1人の頭を撫でた。 温かく、柔らかかった。
「どうでした、今日1日は」
職員室で、長沢が魅夜に声をかけた。
「まだ、分からない事もありますけど………きっとこれからも頑張れます」
「それはそれは。まーね、子ども達との生活を目一杯楽しんでください。それが彼らの為にもなる」
年老いた先輩の声が、心の底に響く。魅夜は改めて長沢の方に向き直り、
「はい、ありがとうございます」
と、深く頭を下げた。大袈裟なようでもあるが、これで良いのだ、と何故かそんな確信があった。
「ただいまー!」
「おお、お帰り。えらい元気やな」
職員会議や残った仕事も終わり、帰って来た魅夜を椋池が迎えた。既に夕食の準備が整っているらしい。
「どやった、初めての先生は」
「えへへ~」
上機嫌で笑う魅夜は、やたらと子どもじみて見えた。
番外2-2 END
←番外2-1へ
番外2-3へ→
ClockLockに戻る
自作小説小屋に戻る
トップへ戻る