番外編シリーズ2
さくら道(3)
〜夕立ち〜
晴れ。時折吹く風が心地良い。
授業中だった。それは突然に起こった。
「きゃー!」
大きなリボンの少女、美香が窓の外を見て大声を上げた。尋常でなく興奮している。
それにつられて、窓際の子ども達は次々と外を見る。
そして、美香同様に、叫び出すのだった。
何事かと思い、魅夜も窓から外を覗った。原因はすぐに分かった。なんということか。
「わんちゃんだー!」
その声で、教室にいた生徒達は一斉に窓へと駆け寄った。勢いで校舎が傾くのではないかと思えた。
皆、校庭に乱入した動物に夢中で、授業どころではなかった。
犬は、しばらくの間、校庭を駆け回り、やがて校舎へと侵入して来た。
生徒達は、きゃあきゃあ言いながら廊下へと飛び出してしまっていた。
「良いんでしょうか……?」
魅夜が訊ねる。長沢は、困ったように笑いながら肩を竦める。
「まーね、たまぁ―にある事ですから」
子どもというのはいつの時代も容赦が無いとでも言うべきか、
数十分後には、乱入して来た野良犬に眉毛が付け足されていた。すっかり大人しくなっている。
「はいはい、じゃーそろそろ放してあげようね」
後に着いて来た長沢が、犬の救助に乗り出す。
子ども達は、やや遊び足りなかったようだが、少しは慈悲の心が芽生えたのか、大人しく長沢の言葉に従った。
「……ん、魅夜先生、どうかしましたか?」
「あ、いえ……何も……」
魅夜も一緒に着いて来ていた。
自分も少し犬を撫でてやりたいとは言えなかった。
晴れ時々雨。空気が洗い流されるようで心地良い。
「早く教室に入って!」
長沢が子ども達に向かって叫ぶ。まるで加減など無い。
魅夜も子ども達を教室の中へと連れ込む。全員が教室に入ると、慌てて扉を閉める。
「窓も全部閉めて! 入ってくるとまずいですよ!」
「はい!」
長沢の指示で、魅夜が窓を閉める。それでようやくだった。
「いやー、危なかった」
「良かったです。大した事にならなくて」
まったく、と長沢が返す。
教師達の奮闘の賜物だった。
「それにしても……やっぱり木造だと大変ですね」
「ええ、教室の中まで濡れてしまうと、耐久年数もどんどん短くなりますしね」
外の雨は、横殴りの風を受けて次から次へと校舎に叩きつけられる。
外で遊んでいた子ども達も、突然の大雨にずぶ濡れだった。魅夜が1人1人にタオルを配る。
「うう、あたしも濡れちゃいました……」
髪を拭きながら魅夜が言う。他の教師も同様だった。
古くなった校舎に雨水はあまり良い影響を与えない。木造だと尚更だ。
見る限りは校舎内の被害は大した事はなさそうだった。そこでようやく、教師達も息を吐いた。
この辺りの地域では、突然天気が変わる事があるらしい。朝は晴天だった。
魅夜も学校に傘を置いておくべきかと考えるきっかけになった出来事だった。
「へー、こっちはずっと晴れやったけどな」
「うーん、だってここからは結構離れてるもの」
着替えながら魅夜が言う。椋池はそちらを向けない。
恋人同士とはいえ、いや、だからこそ、もう少し恥じらいを持っても良いのではないだろうか。
それとも、今更そんな事を恥じる自分がおかしいのだろうか。椋池は分からなかった。
しかし、着替え終わった魅夜の方を見ると、何の躊躇いもなく微笑み返して来たので、すぐにどうでも良くなった。
番外2−3 END
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