番外編シリーズ2





さくら道(4)
〜桜〜






 乱暴な少年がいた。
 自分が何度もたしなめたが、それを楽しむように、何度も厄介事を起こした。 所謂「注目して欲しい」と言葉に出来ず、行動に出してしまうタイプの子だった。
 彼はきっと、進学した先で好きな子にちょっかいを出しているのだろう。そう思う。
 そして、いずれ結婚などすれば、昔を思い出して笑うだろう。そう願う。


 大人しくて、引っ込み思案な少女がいた。
 少しだけ心配になって、話しかけてみた。
 その子はとても綺麗な声をしていた。歌が好きらしい。話を聞くだけで幸せな気分だった。
 彼女は遅かれ早かれ、そういう道を歩むことになるだろう。それが良いと切に思う。
 そして、世界中の人の心を癒してくれるだろう。今は少し自信が足りないだけ。
 コンサートなど開いたら、必ず聞きに行こう。その時は夫も連れて、「私の生徒だ」と自慢してやろう。


 とても大柄な少年がいた。
 図体に似合わず、可愛らしいものを集めている子だった。
 驚いたのはその手先の器用さだ。みるみるうちに、とても愛らしいぬいぐるみを作り上げた。
 この子は、本物の天才だった。
 以前、彼の夢だと言う人形師―――職人を訊ねる機会があった。 世界でも有数の人間らしいが、その作業を見ていて思い知った。
 確かに彼もとんでもないレベルの人だった。しかし、少年はそれにすら匹敵する程の腕前だった。 最も、気付いたのは今になってだが。
 彼は、いずれ人形に命をも吹き込めるようになるかもしれない。
 そのときは、彼の子どもと、彼の人形の区別がつかないかもしれない。それもまた面白い。


 男の子のような少女がいた。
 とても正義感の強い子でもあった。自分のクラスの子がいじめられると、相手が大人だろうが構わず報復に向かった。 いじめの問題は、教師としても決して許せる事ではない。彼女を助ける形になったが、相手にはきっちりと謝罪させた。 勿論、いじめられた生徒に謝らせた。
 運動能力が高く、体育の時間はいつもヒーローだった。いや、女の子なのでヒロインか?  逆上がりを1番最初に成功させたのも彼女だった。
 男の子達も彼女を慕い、正にクラスの中心と呼べる存在だった。
 その時の様子を見ていると、結婚すれば、旦那を尻に敷く様を想像するのは難しくなかった。

 そんな彼女も、2人きりで話してみると意外な1面を見せた。
 なんと、将来の夢がパティシエだと言うのだ! 実際にその為の訓練までしているらしい。 彼女の作ったお菓子は、どれも完成されているとは言い難かったが、あちこちに繊細さが感じられた。
彼女は、明るくさっぱりとした性格をしていながらも、心の深い面には、きらきらと光る美しい糸が幾億本も張られているに違いない。
 彼女の夢が叶いますように。願わずにはいられない。だって、彼女もあたしの可愛い生徒だもの。


 ずば抜けて頭の良い少年がいた。
 どんな問題でもスラスラ解いて、いの一番に手を上げて答えた。テストは勿論毎回100点だった。
 そんな彼が、1度だけ100点を取り逃した事があった。ほんの些細なミスだった。
 その時の彼の悔しそうな顔はちょっと忘れられそうにない。
 そして、この子は本当に勉強するのが好きなんだな、と感じられた。 だって、彼の問題に取り組む姿といったら、他の子達が鬼ごっこやドッチボールに目を輝かせているのとそっくりなんだもの!
 この気持ちを忘れない限り、彼にはどんな難関校でも、やり飽きたゲームのように軽々と突破してしまうだろう。
 必ず来るその時を楽しみに待つことにしよう。


 他にも、他にも、何人も。受け持ったクラスの皆の顔を、性格を、夢を覚えてる。
 忘れようったって、無理に決まってるじゃない。
 だって、皆の幸せそうな顔が、頭の裏側から離れようとしてくれないんだもの。







 季節は廻り、魅夜の受け持った生徒達も、いよいよ卒業の日となった。
 綺麗な青空に、桃色の桜がよく映える。魅夜がこの学校に来た時と同じだった。
 これまでの日々は、あまりにも楽しく、幸せで、そして、あまりにも早かった。 子ども達の成長は、まるで竹が育つ様を見るようだった。
 そして、やはり、子ども達との別れは名残り惜しかった。


「卒業生代表、青葉 美香」

「はい」

 魅夜が最初に名前を覚えた生徒。大きなリボンはもう着けていないけれど、左右で結んだ長い髪が、在りし日の彼女を思い出させる。
 卒業証書を手にし、舞台の階段を降りる時、ちらりと魅夜の方を見たような気がした。
 それは気のせいだったかもしれないが、彼女は確かに微笑んでいた。それだけで十分だった。


 それから、次々と生徒の名が読み上げられ、それに動かされるように生徒達が立つ。
 魅夜の受け持った生徒の名前を聞く度に、魅夜は不思議な感覚に襲われた。 それは、言葉にできない程複雑で、簡単に表情に出てしまう程、理解しやすかった。

 生徒の全員が卒業証書を受け取り、最後の挨拶を始めた。
 1人1人、自分で考えた感謝を言葉で紡いでいく。
 教師も、親達も、それを聞いただけでも報われる気持ちだった。
 あんなにもわんぱくだった子ども達が、今、旅立とうとしている。魅夜は、それを見送る立場にいるのだ。 初めての体験である事に、今更気付かされた。


 生徒達皆が言葉を紡ぎ終わり、いよいよ最後の生徒の番へと回ってきた。
 それは、あの、男勝りな、クラスのリーダー。

 初めは元気良く、大きな声で。
 やがて、違和感に生徒が、教師が、親が、気付く。

 彼女の頬を伝う雫。それはあふれて止まらない。床に落ちて溜まっていく。
 そのうち声まで震え出した。感情を抑えることもできないようだ。
 それでも、それを隠すように、精一杯声を張り上げて、最後の1文字まで必死に紡ぐ。
 最後には、叫び声のような演説になっていた。その声に紛れて気付かなかったが、いくつも嗚咽が聞こえていた。

 拍手が満ち溢れる。生徒達は、皆、隠そうともせずに大泣きする。
 あのクールだった子が、あのワンパク坊主が、皆、声を上げて泣いている。
 旅立つ事の喜び、別れの淋しさ、生活を終えた達成感。全てが入り混じって涙に変わる。


 魅夜も、彼らと心を共有していた。感情を抑えられず、顔を覆ってむせび泣く。
 それを、周りの教師達も、同じように顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら支え合っていた。

 泣き声は、風に乗り、桜の木々を吹き抜けて行った。







「せんせー!」

 生徒の1人が、魅夜に抱きつく。魅夜もそれをしっかりと抱き返してやる。
 すると、魅夜の受け持った生徒達が、群がるように魅夜の周りに集まってきた。

「せんせー、また会えるよね?」

「私達の事、忘れないでね!」

 可愛い事を。そう思うと、また涙が堪えられなくなる。

「うん、うん。絶対……!」




 必ず、いつか。







 家に帰ってから、椋池に思い切り甘えた。
 訳が分からなかったが、椋池も、魅夜を思う存分受け入れた。







「今日から皆さんの担任になる、樹水 魅夜です。よろしくね」

 黒板に大きく自分の名を書き、魅夜が言う。


 あの日と同じ桃色の桜。
 今日もこの道は桜の花弁が広がって。







番外2−4 END








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