番外編シリーズ2
こんにちはだか何なんだか、黒人です。今回はメインから外れるので此処を任されました。
えー、今回の話は魅夜さんの若かりし……つーてももう分りませんが……。
とにかく割と昔の話です。なんでも教師をしてたとかなんとか。
あと作者曰く、免許がどうとかそういうの細かく考えないで欲しいそうです。
情けないですね。
えーっと………。
もう帰って良い?
え? 出番あるの?
さくら道(1)
〜祝い寿司〜
「やっ……やったあ! あはははは!」
世間が新年を迎える準備をしている中、早くも春を迎えたような者がいた。
「なんや、脳にタンポポでも咲いたんか?」
憎まれ口を叩きながらリビングに入って来た椋池に、そのまま部屋の外まで吹き飛びそうな勢いで魅夜が抱き付いた。
突然のことに驚きながらも、椋池は柄にもなくはしゃぐ魅夜を落ち着かせ、何があったのか訊ねた。
すると、魅夜は未だ興奮冷めやらずといった様子で声を躍らせながら話した。
「試験に受かったの! これから1年は研修だけど、それが終わればあたし、正式な教師になれるの!」
「教師……って、教員試験に受かったんか!?」
「うん! 小学校の先生になるの!」
そう言って、魅夜が再び椋池に抱き付いた。
不意を突かれて椋池は頭を打った。
「で、何処の学校に行くんや?」
「まだ分からないわ。研修があるんだから」
「ああ、言うとったな」
食べていた物を飲み込み、椋池が返す。
「ふふっ、これから頑張らなきゃ」
1年はそれこそ光の如き早さで過ぎ、魅夜の研修も終わる頃になった。
「ただいまーっ」
いつもと違って、やたら元気良く玄関のドアが開いた。
「おお、お帰り。今日はえらい早ないか?」
「やっと研修が終わったの! でもこれで春からは先生よ」
意気込む魅夜の姿に、椋池は無意識に笑顔になっていた。
「そしたら今日はお祝いやな。ちょっとええモン食わしたらな、な」
そう言って魅夜の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「わ、わ………ありがと」
おっとりとした魅夜だったが、自分でも意外な程、椋池の豪快さというか、強引さが心地よかった。
「スシの作り方……?」
黒人が間抜けた声を出した。別の部屋では杏が気持ち良さそうに眠っている。
黒人もつい先程まで眠っていたのだが、電話のベルに叩き起されたのだった。
「こんな夜遅くにそんなもん作ってどうするんすか?」
『何言うとんねん、こっちまだ夕方やで』
寝ぼけた頭では、すぐに言葉の意味が分からなかったが、しばらくしてはたと気付いた。
「あ……そっか」
大陸の全てが地続きになってしまったとはいえ、大地が広い事には変わりが無い。
黒人達は昔で言うところの日本、椋池達はスウェーデンである。
今でもかなりの時差がある。
「あー、細かい事はええから、教えてくれんか?」
「スシって、伝統のアレですか?」
「そのソレや。めでたい時とかに食うとったんやろ? 自分らの住んどる地区では」
「え、何かめでたい事でも?」
「いやいや、そんなんとちゃうよ。食べてみたいな〜思て」
「そっすか……。でも本格的に作れる人ったら今じゃ世界遺産レベルっすよ。職人って言うんですかね。過酷な修行があるとかなんとか」
「そ……そんな難しいモンなんか!?」
「いや、形はシンプルなモンでした。何度か見たこともあるし。
確か、掌大の酢飯に新鮮な魚の切り身を乗せたヤツだったかな」
「掌……?」
「あー、絵か何かで描いて送ります。ただ、見た目がシンプルなだけに、握り方一つで味に天と地の差があるとか」
ファックス機から、黒人の描いた絵が流れてくる。電話を使いながらでも送信出来るというのはありがたいものだった。
「こんな簡単なモンなんか」
「でも高かったらしいっすよ。下手すりゃそれ1つで旧型のテレビとか買える程だったらしいですから」
「そんな高いんか!? そんなもん、今食ったらどんだけするんや……」
「魚の切り身が高かったみたいですから。今は難しい法律とか言うのも無いらしいから多少は安いんじゃないんですかね?」
「あ、そうなんか」
「つーか、リョウさんなら自力で取れるんじゃないんですか?」
「あ、そーか」
「一応、使われてた魚のメモだけ送っときますから」
「おお、すまんなぁ、何から何まで」
「はは、困った時はお互い様って事で」
電話を切った後、椋池が呟いた。
「スシ職人……どんな凄い奴らなんや……」
外をぶらついてこいと、半ば追い出されるように外に出た魅夜が帰って来た頃には、準備が全て整っていた。
後で魅夜言うには、家の外に大きなマグロが所在なさげに転がっていた時には飛び上がる程驚いたらしい。
「研修終了祝いって事で!」
魅夜は、食卓に並べられたそれらに目を奪われていた。
「お寿司……?」
「鮪しか獲られへんかったから赤一色やけどな。何時やったか、食いたい言うとったやろ」
決して綺麗な形ではなかったが、椋池の精一杯の努力があまりにもはっきりと見えるものだから、
自分の為だと思うとなんだか恥ずかしいような、それでも嬉しいような気がして、魅夜の顔が食卓の鮪の1つになりそうな勢いで真っ赤になった。
「味は悪いかもしれんけどな」
自嘲気味に言った椋池の目の前で、魅夜が寿司を1つ手に取り、そのまま一口で食べてしまった。
しばらくの咀嚼の後、いつもより一層にこやかに、一言だけ、「おいしい」と伝えた。
子どものように。
桜の季節。
些か緊張した面持ちで、魅夜が立っている。
「あまり緊張しないでも大丈夫ですよ。寧ろ、リラックスしていないと子ども達まで硬くなってしまいますから」
魅夜の緊張を見透かし、先輩の教員が優しく諭す。見た目は魅夜とも変わらない年齢のようにも見えるが、意外とキャリアがあるらしく、幾分か大人びて見えた。
「はっ、はい! 頑張ります!」
「ははは、1度深呼吸でもして、肩の力を抜いてくださって結構ですよ。最初は楽に行きましょう」
「あ、ありがとうございます……」
「今日から魅夜先生には2年1組の副担任として働いて貰いますので。詳しくは担任の長沢先生に訊いてくださいね」
「どうも、長沢です。まーね、これからよろしくお願いします」
眼鏡をかけた白髪交じりで短髪の男性が右手を差し出した。
「い、至らない点もあると思いますが、ご指導の程、よろしく……」
「あー、いーのいーの。そんなに堅苦しい挨拶はね」
と、長沢がやや強引に魅夜の右手をがっちり捕まえ、上下に振り回した。
「これで良いんですよ。改めて、よろしく」
「は、はあ………。よろしく、お願いします」
「まーね、早速授業があるので、教室に向かいましょうか」
「あ、はいっ」
長沢と共に職員室を出た魅夜の顔には、いつの間にか笑顔が戻っていた。
番外2−1 END