番外編シリーズ4




邂逅(7)
〜メッセンジャー〜






 クロは、奇跡的に命を取り留めた。
 偶然、ある街の入口で倒れている所を、獣医が見つけたのだった。

 何日も意識が無かった。


 目を覚ましたクロは、獣医の治療を大人しく受けた。
 本当ならば、すぐにでも駆け出して行きたかったが、体の方が言う事を聞かなかった。

 こうしている間にも、杏はどんな目に遭っているか分からない。
 直接そう考える訳ではなかったが、クロは本能的に焦りと苛つきが収まらなかった。


 何故か獣医はその気持ちを汲み取ることができたらしく、それでも回復するまでクロの出発を認めなかった。

 ようやく獣医が退院を認めてくれたのは、一月も経った頃だった。

 獣医は驚いていた。
 動物の回復力は人間以上であるとは言うが、それにしても驚異的な回復力だった。







 かなり長い間、この地で生活をしているが、この日の出来事は黒人には初めての経験だった。
 朝――と言っても、黒人は寝起きが悪いので既に昼近くになっていたが――起きて玄関を開けると、 大きな黒い犬が座り込んでいたのだ。
 黒人の寝惚けた頭では、その事態を理解するのに時間がかかった。

「何だ、何か用でもあるのか、犬っこ。この包帯は何だ?」

 黒人が犬の頭を撫でながら、語りかける。しかし、犬は動かない。
 何かを伝えたいらしく、ただ黙って黒人を見続けている。

 首輪を付けているので、どこかの飼い犬だろうか。
 だとすると、飼い主はこの犬の事を探しているのではないだろうか。

「ん……名前が書いてあるな。ク……? ちょっ、じっとしてくれ、えーと……クロ……か。見た目か?」

 首輪に書いてあった名前を呼ぶと、クロは小さく唸った。
 そうだ、と言ったつもりなのかもしれない。

「そんで? 何の用なんだ、クロとやら。手紙でも預かって来たのか?」

 もう一度訊ねてみるが、やはりこれといった反応は見せず、黒人からは目を離そうとしない。

「うーん、よく分らんが、とりあえず中に入れ。な?」

 流石にいつまでも道端で犬と会話をしているのも妙な事だと、黒人はクロを家の中に招き入れた。
 最初は動かそうとしてみるも、クロは頑として動こうとしなかったが、黒人が諦めて家に入ろうとすると、 すんなりとついて来た。


 黒人にとって、人間以外の客と対面するのはこれで二度目だった。
 とはいえ、どう対応すれば良いのか分からない。
 肝心のクロは、依然黙ったままである。

 しかし、家の中に入ってからは、少しだけ様子が違う。
 先程まではじっと黒人を見ているだけだったが、今はあらぬ方向へと鼻先を向けている。
 黒人がクロの目の前に割り込んでみても、視線の方向は変わらなかった。

「やれやれ、こんな厄介な客は初めてだな。
 そもそも、何で包帯なんかしてるんだ? 俺の事を知ってるのか? 飼い主はどうしたんだ? つーか、犬相手に答を求める俺は馬鹿か?」

 さっぱりこの犬の目的が分からない。黒人にはお手上げだった。


 クロの視線の先には冷蔵庫があった。
 もしかすると、腹が減っているのかもしれない。そう思って、黒人が冷蔵庫を覗きこむ。
 犬の体に障る物を食べさせるのもまずいので、普段テレビなどで犬が食べているような物を探す。

「ネギとかは駄目なんだっけ。えーと……」

 隅に転がっていたニンジンを手に取る。
 ふと思い出した。今日は買い出しに行こうと考えて外に出た。そこにこの犬が現れたのだった。

「悪いな、クロ。これぐらいしか君が食えそうな物はないよ」

 食べやすいように細かく切り、皿に盛ってクロの前に置く。
 しかし、クロは目もくれずに同じ方向を睨みつけていた。

 いよいよ黒人は困ってしまった。
 この犬は何をしに来たのだろうか。何か手掛かりになるものを身に着けてはいないのだろうか。
 クロの体を撫でて見るが、これと言って何も出てこない。時々包帯が引っ掛かるだけだ。

「勘弁してくれよ、ホントに。せめてコミュニケーションをとってくれないかな…………ん?」

 と、さっき弄っていた首輪に触れる。
 名前を書いているだけの首輪だったが、それとクロの首の間に何かが挟まっていた。
 初めは包帯の一部かとも思ったが、よく見るとそれは布ではなかった。
 不審に思った黒人は、クロの首輪を少し緩め、それを取り出した。
 その瞬間だけ、クロが黒人の方を向いた。

「手紙って……マジか?」


 折りたたまれていたその紙を広げると、そこにはガタガタに歪んだ大きな文字で、誰にともつかぬメッセージが書かれていた。





 「助けて」と。








番外4−7 END








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