番外編シリーズ4




邂逅(2)
〜クロ〜






 失ったものは親と家。
 あとはそれを失った時の一瞬の記憶。これはできれば思い出したくない。

 残ったのはこの体と、友達が一匹。
 大きな犬。名前はクロ。見た目がそうだから。

 あてもなく壊れた町を歩いていると、声をかけられた。
 それが今のお父さんとお母さん。
 自分達の事で手一杯の筈なのに、私を拾ってくれた。その恩は忘れられない。

 次第に心と体の傷が癒されていく中で、不思議な人に出会った。
 長い髪の綺麗な人だった。でも、どこか怖かった。
 その人が、私の運命を大きく歪ませた。


「まだ意識があるのか。しぶとさはあいつ以上だな」

 訳の分からない事を言う彼女に、その意味を訊くような体力は残っていなかった。







 木々の葉が黄色や赤に染まり、いよいよ秋の色が濃くなった。
 外に出ると、頬に当たる風が冷たくなっていることに気付く。
 空は高く、沈んでしまいそうな深い青が頭の上を覆い尽くしている。


 惨たらしい破壊の後で、私はクロと一緒に過ごす時間が長くなった。

 初めて会った時は随分小さかったのに、私が成長するよりも早くクロは大きくなった。
 まるで、私を守ってくれるために大きくなったのだと言わんばかりだった。

 クロは、普段はとても大人しくて可愛い。
 けれど、家族に及ぶ危険に対しては容赦しない。
 そんな時、クロは他の犬のようにひたすら大声で吠えたてたりはせず、 それなのに普通の犬には無い迫力で相手を震え上がらせる。
 クロがいれば、大抵の事は恐れるに足りなかった。
 流石に今回の事はどうにもならなかったのだけれど。

 何度も助けてくれるクロに、私はいくら感謝してもし足りないぐらいだ。
 せめてクロが一生を元気に過ごせるようにと、毎日世話は欠かさなかった。
 ブラシをかけてあげると、とても気持ち良さそうにしてくれる。
 ご飯はいつも残さず平らげてしまうし、散歩に誘うと嬉しそうに尻尾を振る。
 そんなクロの仕草がたまらなく愛しかった。クロが大好きだった。





「いってきまーす!」

 玄関から叫ぶ。すると、クロが「わん!」とだけ吠える。 まるで「いってらっしゃい」と言うように。
 新しい学校に通い始めてから、友達も何人かできた。一緒に話していてとても楽しい。
 だけど、クロが一番の友達だと言う事に変わりはなかった。他の友達には悪いけれど。





 午前の授業が終わり、昼休みになると、仲の良い友達数人と机をくっつけて一緒にお弁当を食べる。


「音日さんっていつも敬語だよね」

 不意に友達の一人が言った。普段意識はしていないが、そうらしい。他の皆も同意した。

「駄目……ですか?」

 ごくごく自然にそうなっていたものだから、今更変えるのは難しい。
 というより、いきなり話し方を変えるのはなんだか恥ずかしい。
 別に皆と心の壁があるなんてことは無いのだが、こればかりはどうしようもない。

「んーん、可愛いから許す」

 私の何が可愛いのかは良く分らなかったが、そう言って貰えるのは嬉しかった。


 友達は皆、私と会話することを好んでくれている。
 特に、悩みなどを相談すると、ふっと心が軽くなるそうだ。
 大した取り柄も無い私が、そんな風に役に立てるのも嬉しかった。
 そう言うと、友達は口を揃えて、本当に苦しいのから解放される、 心の中のもやもやっとしたものを吸い取ってもらってるような感じがすると言う。
 良く分らないが、気分の問題ではなく、本当に体や心に何か変化があるらしい。

 私は別に医者でもカウンセラーでもないし、どこかで修業を積んだ高名な尼さんでもない。
 それなのに、そういう力があるのだとも言われた。



 それが顕著になるのに、そう時間はかからなかった。
 ある日、友達に訊ねたことがきっかけとなった。

 何の気無しに、どうかしたのか、と訊ねた。すると、友達は驚いた顔をして言った。

「私、顔に出てた?」

 彼女の父親が浮気していたらしい。
 自分にはどうすることも出来ず、かと言って他の人に相談したところで何にもならない。
 そう思って、黙っていたのだと言う。

 彼女が話している間、それは疑いようもなく起こった。

 彼女の体中からなんだかもやもやした黒っぽいものが出てきて、私に流れ込んできた。
 逃げ出したかったが、私を信頼して辛い事を話してくれている彼女を前にそんな真似は出来なかった。
 そのもやもやが私の中に吸い込まれていくと、ほんの少しだけれど苦しくなったような気がした。
 けれどすぐにそれは無くなり、やがてもやもやもなくなってしまっていた。

 その直後、彼女の顔が話す前より随分安らいだ表情になっていた。
 彼女自身も不思議だったようだ。





「そんな事があったんですよ、クロ」

 学校から帰ってすぐに出た散歩で、落ち葉の増えた並木道をのんびりと歩きながら事の顛末をクロに話した。
 傍から見るとただの独り言に見えるだろう。 でもクロは理解してくれているようで、私の話に頷くように「きゅうん」と鳴いた。
 流石に話が通じていると言うのは考え過ぎかもしれないが、私の声に反応はしてくれていた。


 その日の夜は、いつもと同じようにクロと一緒に寝た。
 いつもは蒲団の中までは入ってこないクロが、この日は何故か甘えん坊だった。
 私はクロをぎゅっと抱きしめて眠りに就いた。
 クロの体は温かかった。







 ある日、学校で身体測定があった。
 結果を見て、妙な事に気が付いた。

 ここ数年、身長が全く変化していない。







番外4−2 END








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