番外編シリーズ3




GHOST(3)
〜屋上から〜






 学校の屋上に来たのは初めてだ。
 用もなかったし、何より、今までは噂の不良の根城として先生だって近付きたがらなかった。
 そんな所に、その不良に誘われて来る事になるとは夢にも思わなかった。

 しかし、恐怖心はまるでなかった。彼を知ったから。

 風が体全体を通り抜けていく。
 それは言いようもなく心地良かった。





 突然私の目の前に現れたのには面食らった。まさか昨日の今日で再会するなんて、思いもしなかった。
 何の用かと思えば、私と一緒に昼食を食べようというお誘いであった。

 当然だが、男の子に誘われたのは初めてだ。少し気恥ずかしくもあった。

「織野さん、大丈夫なの? どっか人気のない所に連れて行かれてあんなことやこんなこと……」

「大丈夫、大丈夫。結構面白いよ? あの人」

 心配するクラスメートをよそに、私は彼にさっさとついて行った。


 廊下を歩いている間も皆の視線が痛かったが、彼はそれほど気にしている様子は無かった。





「お前、普段も購買なのか?」

 彼が自分の弁当を頬張りながら言う。

「いえ、今日はちょっと寝坊しちゃって……」

「寝坊? 自分で作ってんのか」

「はあ、まあ」

 ビニールの袋からパンを取り出して一口かじる。この水分を吸い取られるような感じが少し苦手だ。
 どこの学校にもあると思われるこの焼きそばパンには、必ずと言っていいほど紅生姜が乗せられている。 まぶすように混ざっているのならまだ良いのだが、こう一塊にされると少々味がキツい。

「あなたは、作ってもらってるんですか?」

 彼の弁当箱の中身を見てみると、結構綺麗な色どりだった。半分ぐらいはもう食べられているが。

「いや、俺も自分で作ってる」

「え? どうして……」

 そこまで出てしまったが、後は何とか言葉を飲み込んだ。しかし、その意味はあまり無かった。


「一人暮らしだよ、一人暮らし。結構大変なんだよ、生活費とか」



 彼が言うには、どうも親とはそりが合わず、家を出たとの事だ。 しかし、続きを聞かされると、気楽な問題ではないようだった。

 なんでも、親には毎日のように怒鳴られるわ、殴られ、蹴られて過ごしていたらしい。 彼の体のどこかには、まだ痣が残っているという。
 彼の話は、私が幼い頃に想像していた「虐待」そのものだった。
 食事を抜かれる、家を閉め出される、暴力は日常茶飯事。両親から虐待されていた上、近所からも助けてもらえない。
 聞いているだけで心の中がどす黒く浸されるような話ばかりだった。

 そんな話を、何故易々と口にできるのだろうか。



「そんな事があって、どうしてそんな風に笑えるの?」

 私はもう泣きそうで堪らないのに、彼はまるで「昔やらかした恥ずかしい話」のようにけらけらと話す。 彼の事が、違う意味で怖くもなった。
 虐待なんて、そう簡単に立ち直れるようなトラウマじゃない。墓の中まで傷を持って行く人だっている。 私だって、勘違いとはいえ、その恐怖は味わっている。あれを何万倍にもしたら、それこそ発狂してしまうかもしれない。


 それなのに、彼は戸惑ったような顔をして「泣くようなことか」と言う。

「おかしいよ……そんなに平気でいられるなんて」

「おかしくねえよ。俺がそうなんだから」

 いつの間にか彼は自分の弁当を食べ終わっている。

「あー、何て言うかだな。俺は今が楽しくてしょうがねーんだ」

 何を言い出すのかと思った。私は顔に感情が出易いから、彼にもそれは読み取れただろう。
 今の会話のどこから「今の楽しさ」が出てきたのだろうか。

 その答は彼が教えてくれた。

「そりゃ、あの頃はとても笑えやしなかったけどよ。今の俺はそれから解放されてるんだと思うと、 何かこう、嬉しくてなあ。この話をする度にそれを実感するから、勝手に笑っちまうんだよ」

 なんだ、そりゃ? つまりは、昔を思い出して笑ってると言うより、今笑いたくて仕方が無い、だけ?

「それに、今の生活になってから体も鍛えたしな! もし今あいつらが連れ戻しに来てもぶっ飛ばしてやる」

 彼が自慢げに力瘤を見せる。確かに、そこらのチンピラも裸足で逃げ出しそうだ。



「馬鹿みたい……」

「なんだと? 人に馬鹿って言える程頭良いのかよ、お前は」

 彼の言う通りだ。私が馬鹿みたいじゃないか、これじゃ。
 本人も立ち直ってる過去に勝手に同情してるなんて、あつかましいにも程がある。


 どちらからともなく、笑い声が出る。次第にそれが大きくなって、止まらなくなる。

 あーあ、なんて薄っぺらいんだろう、私って。きっと、死人の出る恋愛小説とかでボロボロ泣くのだろう。

 そして、インチキ霊能者の戯言に惑わされて妙なグッズとか買ったり……

「あれ、こんなとこにもいるんだ……」

 ……は、しないか。
 そう言えば私には見えてるんだった。インチキはすぐに見破れるだろう。


「なんだ? 何がいるって?」

 彼が不思議そうに私の目線の先を見る。当然彼には見えていないだろう。 目を細めたり、逆に大きく見開いたりしてる動作から、見えていないのはほぼ確実だった。

「いえ、別にそれほど騒ぎたてるようなものじゃ…………ん?」




 いつ以来か、久々に教えてくれた。
 できれば教えてもらわない時の方が幸せではあるのだろうが、 他の人は知ることもできないのだ。少しはマシな方だろう。


 それにしても、あんなにはっきり見えるものだったっけ。







番外3−3 END








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