第八話
Treasurehunt
act1:Beginning
「海外?」
杏と黒人は口を揃えた。
依頼人は女の子だった。
杏と同じぐらいの年頃だろうか。
見た目の話だが。
しかし外国人には見えない。
「何でまた海外?」
「理由は向こうで詳しく話します。誰かに聞きつけられるとまずいので……」
「そんなヤバいことなのか?」
「犯罪ではありません! それは誓います! ただ、命の危険もあるので……」
「うーん……。俺は別に大丈夫だけど……」
黒人は杏の方を見た。
「私なら大丈夫です。一緒に行きますよ」
「じゃ、決まりな。何時から行くんだ?」
「引き受けていただけるんですね?」
「まあ、な」
「それでは早速出発しましょう。何時奴らが嗅ぎ付けてくるか……」
「奴ら?」
「それも後で話します。今は一刻も早くうちへ」
「わかったわかった。慌てんなって」
「さあ、乗ってください」
依頼人の家は豪邸とも言える程の大きな家だった。
しかも、玄関を入ってすぐにある巨大な駐車場には自家用機まであるときた。
「御嬢さんだったって訳か」
「すごい……」
「急いでください! 発進しますよ!」
黒人と杏はほとんど荷物も持たずに飛行機に乗り込んだ。
「しばらくは安心です。では、これから依頼について話しますね」
「その前にさあ、何であんなに急いでたんだ?」
「その事についてもこれから話します。
……私は水橋 茜。中学生です。今回お二人に依頼したいのは宝探しです」
「宝探し?」
黒人が明らかに不満そうな顔をした。
「な、何か?」
「おまえさん、随分金持ちみたいじゃねえか。これ以上宝探しなんかしてどーすんだよ」
「その宝は、お祖父さんの遺産なんです」
「遺産……ですか」
「お祖父さんは探検家でした。その旅先で見つけた珍しいものなんかをよく私にくれたりもしました。
それに、家にいる時には私に冒険の話を沢山聞かせてくれました。
未開のジャングル、険しい山、すごく楽しいお話ばかりでした」
「随分元気な爺さんだな。いくつだったんだ?」
「さあ……。私が小さかった頃なら、見た感じでは六十歳ぐらいでした」
「ほー、よくやるなあ」
「いつも心配でした。次に出掛けた時、本当にちゃんと戻ってきてくれるのか。
もしかして、旅先で死んでしまうんじゃないかって。それでも、お祖父さんは必ず帰ってきました。
いつもドロドロに汚れて、子どもみたいに無邪気な笑顔で。
……でも、お祖父さんはやっぱり年には勝てませんでした。
一昨年、静かに息を引き取りました。その時も、笑顔でした」
「人生に悔いが無かったんだろうな。笑って死ねるってこたぁ」
「それで、お祖父さんの遺品を整理していたら、こんなものが……」
茜はボロボロになった一枚の地図のようなものを取り出した。
「ここに印が付いているでしょう? ここに宝物があるらしいんです。
でも、日本じゃないんです」
「印は付いてるけどさ、なんで宝の地図だと思ったのさ?」
「その地図と一緒にこんな手紙が入ってたんです」
茜はさらにもう一枚、紙切れを取り出した。杏がそれを読んだ。
「えっと……黒ずんでてちょっと読みにくいけど……。
この……地図を……孫の茜に……譲る……。
印の位置に……宝物を……隠しておいた……。
確かに宝物って書いてありますね」
「その宝物が何なのか、確かめたいんです」
「ふーん、祖父さんとの思いで探しみたいなもんか。
で、さっきから言ってた『奴ら』ってのは何なんだ?」
「お祖父さんは、結構有名な人らしいんです。色々な所で名前を聞きました。
勿論、良からぬ人達もお祖父さんを知っていました。
その人達が何処からかこの地図のことを耳に入れたんでしょう。
自分で言うのもなんですが、うちは結構お金持ちでしょう?
それも相まって、この宝物は莫大な財宝か何かだと思ったんでしょう。
この地図を狙って、家を襲い出したんです」
「たかが子どもの地図一つでそこまでやるか。そいつら随分小物狙いだな」
「いえ、そんな事は無いと思います。先にも言った通り、お祖父さんは有名な冒険家です。
地図一枚でも、冒険家の残した物なら、とんでもないものがあると睨むのも当然かもしれません」
「でもその地図はおまえさんに遺すものを隠してあるんだろ? ならそれを説明すれば……」
「そう言ったらそう言ったで今度は今までに見つけた貴重なものがあると考え出すと思います。
どっちにしろ、狙われるのは仕方のないことかもしれないです」
「難儀な話だな。なまじ名が知れ渡ったせいで悪人共が沸いて来やがる」
「それで、地図を遺された私がこの宝物を探しに行くんです。
でも、私一人じゃ力不足です。だからどうか、力を貸して欲しいんです!」
「力をって、親はどうしたんだよ」
「悪人達に襲われて……そのまま……」
「……」
「ひどい……」
「あいつらは、平気で人殺しをするような人なんです」
「何かの組織なんですか?」
「詳しくは分かりませんが……。マフィアとかだと思います」
しばらくすると黙り込んでいた黒人が口を開いた。
「うざってぇ……」
「え?」
「そいつらの特徴は?」
「あ、えと、藍色のスーツを着てます。ごめんなさい、今はこれだけしか……」
「十分だ。その特徴の奴にだけ注意してれば問題ない」
「でも、銃を持ってるから、むやみに立ち向かって行ったら殺されちゃいますよ。
なるべく見つからないように……」
「関係ねぇよ。襲って来たら即殺す」
黒人は妙に殺気立っている。
「ど、どうしたんですか? 彼……。急に恐くなって……」
「きっとさっきの話のせいでしょうね」
「さっきの話?」
「あなたのご両親が……その……殺されたって話……」
「その話がどうかしたんですか?」
杏は声を潜めて茜に言った。
「実は……私も彼も、両親を目の前で殺されたんです」
「え……?」
「理由はそれぞれ違いますけどね。それで、共感を持ったんだと思います」
「あなた達も……。それで、こんな仕事に?」
「え、と……。そんな感じです」
「そんな奴らに情けを掛ける気は無いからな」
「殺しちゃ駄目ですよ……」
「う……。わかったよ。ブチのめすだけだ」
「あなた達は、そんなに強いんですか?」
「……はい。ただの人間相手なら負けません」
「俺は相手がただの人間であろうと無かろうと負けん」
「それなら少し安心しました。でもなるべく銃相手に闘うなんて無茶はしないでくださいね」
そうして飛行機は目的地に向かって飛んで行った。
「あの小娘、護衛を雇ったみたいですね」
女が言った。
「もう知っている。無駄な抵抗だな。すでに我らの掌にいるとも知らずに……」
二十代前半程の男が椅子に座っている。
と、男が一人、部屋に入って来た。
「鐘雪さん、飛行機の手配が済みました」
「ご苦労。では我々も向かうとするか」
鐘雪が外に出た。
外には部下達が待機していた。
その数、約千五百。
「さあ、奴らはどう足掻くかな……?」
鐘雪は不気味に笑った。
「……なあ、なんかおかしくないか?」
「何がですか?」
飛行機内だった。依然目的地には着いていない。
「あそこに島が見えるだろ?」
「はい、見えますけど……それが何か?」
「さっきからさぁ、ずっとあの島の周りを旋回してるんだが」
「え、嘘!? 機長さん、ここじゃないですよ!」
茜が呼びかけたが、機長は反応しない。
「それによぉ。今一番奥の座席でなんか動いたような気がするんだが」
「え……!?」
おもむろに奥の座席で何かが立ち上がった。
「はっは! よく気付いたな!」
藍色のスーツを着た男だった。
「あいつは!」
「例の組織!?」
「杏ちゃん! 茜嬢の護衛を!」
「おっとぉ! 動いちゃいけねーよ! これが何かわかるだろう?」
男の手には銃が一丁握られていた。
「さあ! これが騒ぎ立てる前に、例の地図を渡してもらおうか!」
「嫌です! お祖父さんの遺産をお前達になんか絶対に渡さない!」
「いいのかな〜? 子ども三人集まった所でコイツ一丁に勝てるとでも思ってるのかい?」
「言っただろ。問題ないって」
黒人が言った。
右手を握り、男に向かって構えている。
「おいおい、そんな所から俺を殴ろうってのかい!? 馬鹿な考えはやめときな!」
「別に直接殴るわけじゃねーよ」
「はぁ!? じゃあ何を……」
男が言い終わる前に男の顎に衝撃が襲った。
黒人は構えた拳を何時の間にか撃ち出していた。
「な……に……!?」
「もう一発だ」
ぱんっ
さらに正体不明の衝撃が男を襲った。
訳も分からぬまま男は意識を失った。
「『圧拳』 判ったところでお前如きのガキに捉える事はできんだろう」
「機長も仲間だったんですね」
杏が機長に近づいて言う。
「く……来るな! 近づくんじゃない!」
「往生際が悪いですよ」
杏と機長がもめていると、黒人がやって来た。
「めんどくせぇな。コイツで言う事聞かすか」
黒人が手に持っているのは、先程まで男が持っていた銃だった。
「さ、どうする?」
「う……」
すると、突然無線機に通信が入った。
「機長、もういいよ。安全は確保してある。今すぐ脱出すればいい」
若い男の声のようだった。
「なんだ、コイツは?」
「君が雇われた護衛かい? 悪い事は言わない。今すぐ帰りなさい。
今機長と一緒に脱出すれば安全を確保してあげよう」
その無線には、杏が応えた。
「お断りします」
「おやおや、可愛らしい声だね。いいのかい? 今関わりをやめないと
……死ぬよ?」
「やめません。死にませんから」
「なかなか気丈な娘さんだね。いいだろう。そこまで死にたいのならこちらからはもう何も言わない」
そう言って男は通信を切った。
「あれ、機長は?」
黒人が言った時には機長はすでに脱出していた。
パラシュートが開いている。
「逃げやがったか」
「た、大変ですよ! 誰も飛行機を操縦できないじゃないですか!」
「ほ、本当だ! 大変! どうしましょう!」
「どうすっか」
などと言っている内に飛行機はすでに相当な高度を飛んでいた。
脱出した機長などすでにいない。
「そうだ、方角わかるか? その島の」
「え、ここから西の方角みたいですけど……。でも、私達だけじゃ操縦が……」
「しゃーねぇ、この飛行機を捨てるしかねぇな」
「そ、それは仕方が無いかもしれませんが、でも、このままじゃ墜落で私達も死んじゃいますよ!?」
「限界ギリギリまで高度を下げる。そっから先は任せとけ」
黒人は操縦桿を持った。
「これを前に倒せばいいのか……?」
飛行機ががくんと前のめりになった。
「きゃああ!? く、くろさん、もっとゆっくり!」
「ああ、すまん。初めてだからな」
「くろさんってなんですか?」
「こんな時になんだよ?」
「黒人さんだからくろさんですー! それより、もう海が見えてきましたよ〜!」
「ふーん、くろさんか……。私もそう呼んでいいですか?」
「断る」
「まあまあ、そう言わずに、くろさん♪」
「許可してねーだろ」
「もう限界ですよ!」
「わかった。二人とも、しっかり掴まってろよ!」
「え?」
二人の「え?」が綺麗に重なった。
と、いきなり黒人が杏と茜を掴み、飛行機から飛び出した。
「わああああ!」
相当な速度である。風が三人の体に激しくぶつかる。
「こ、これでどうするんですかー!?」
「任せろって言ったろ!」
「落ちるー!」
「行くぞォ! 『水跳』!」
海に落ちるその瞬間、黒人の足が海を蹴った。
そのまま三人の体は再び空を飛んだ。
「ひゃぁぁー!」
再び海に落ちそうになると黒人が再び海を蹴る。
相当なスピードで進んでいる。
「茜嬢ちゃんの体にはこれぐらいが限界だな」
「す、すごい! でも、こんなの何時までも続かないんじゃ……」
「その気になれば三日ぶっ続けでも問題ねぇよ!」
「ど、どんな体力なの!?」
「こっからどれくらい掛かる?」
「結構近づいてたはずだから、このスピードなら六時間もあれば!」
「わかった。二人にはキツイだろうから途中どっかの島で休憩しながら行こう。
振り落とされんなよ!」
「茜ちゃん、大丈夫ですか?」
「な、なんとか〜」
三人は今度こそ真っ直ぐに地図にある島に向かって進んで行った。
機長は海に落ちた。
「ふう、ここにいれば助けが来るだろう」
その予想通り、船が一艘やって来た。
「おーい、こっちだ!」
やがて機長は船に助け上げられた。
「助かったよ」
そう言った機長に一人の男が近寄って来た。
そして、拳銃を機長に突きつけた。
「え、な、何を!? 莫迦な真似は……」
どんっ
どんっ
どんっ
三発の銃声の後、重りを付けられた機長は再び海に落ちた。
おそらくもう二度と浮き上がってはこないだろう。
第八話
END
第九話に続く
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