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第四話
封印





黒人が雑木林の中に一人立っている。
周りには草木が生い茂っている。

黒人は拳を上げると、軽く木に向かって撃ち出した。

ゴッ


「……そろそろやばいかな」

黒人の目の前には木はおろか、草の一本も残っていなかった。

「……『戒』のレベルを上げるか」


帰ろうとした黒人だったが、足を止めて振り返った。

「折れた木とかの修理しとかなきゃな」





「あ、おかえりなさい。どうでしたか?」

割れたコップの欠片を片付けながら杏が言った。

「思った通りだったよ。やっぱりまだ止まってねぇ」

「そうですか……」

部屋は多少荒れてしまっている。

「ごめんな、片付けてもらって」

「いえ、いいですよ。それよりも、どれ位進行してましたか?」

「かなり進んでた。30m先まで木っ端微塵だよ。ちゃんと直しといたけどな」

「大変ですね……」

「大丈夫だよ。封印を強めれば良いだけだから」



二人が片付けを終えた頃、玄関のチャイムが鳴った。


「……で、御用件は?」

依頼人は物静かな男だった。

「この男を捜している」

依頼人は写真を差し出した。

「この人、どこかで見たことがあります。確か……」

「指名手配犯か」

黒人が言うと依頼人は静かに頷いた。

「なるほど。確か連続殺人犯だったっけ? ここ一年だけで何人殺してた?」

「わかっているだけで二十人だ。これ以上被害を増やす訳にはいかない」

「でも俺達みたいなのに警察が頼みに来るなんて、メンツがどうとかあるんじゃないの?」

「そんなものはどうでもいい。人の命が優先だ」

「へえ……。どうやらあんたは本物の警察みたいだな。OK、引き受けよう」

「民間の者を巻き込んで、すまない」

「ま、職業が職業だからな。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「俺達にまで協力を求めるって事は、この犯人、相当な奴なんだろうな」

「ああ、相当残酷な殺し方のくせに全く尻尾を掴ませない。
 いつも殺人が終わった後に俺達が駆け付ける形になる」

「ふーん、それじゃあそう簡単に見つかってくれそうにもないな」

「そうですね……。でも時間を掛けていたらまた何時人が殺されるか……」

「だよなぁ。こりゃ急いだ方が良さそうだ」

「だが、どうやって捜せばいいのか……。わかっているのは名前とこの顔写真だけだ」

「その名前ってのはなんて言うんだ?」

「空土 天。だが、住所などわからない上に、奴は移動しながら殺人を犯している。
 場所を特定しようともすぐに逃げられる。居場所を特定している事を何故か事前に知っているようだ」

「そりゃ普通に捜してても見つからねぇな」

「それに見つけてもすぐに逃げられたらどうしようもないですね」

「やはり君達でも無理なことか……」

「普通にやってたら、だけどな」

「……? どういうことだ? 普通とは違う方法だとでも?」

「……。ここから先の話はちょっと人には言えないんだなぁ」

黒人は顔をしかめて言った。

「なんだ? そんなに危険な方法なのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。
 ……そうだな。ひとつ、約束を守ってくれるんなら話すよ」

「約束? 報酬の額か?」

「そんなんじゃないよ。ただ、これから起こる事を一切口外しないこと。それだけだ」

「くろさん、まさか……」

「うん、アレを使おう。それなら場所も特定できるし、特定したらすぐにその場所に行ける」

「アレとはなんだ?」

「約束は? 守ってくれるの?」

「あ、ああ。わかった。絶対に口外しない」

「そう、ありがとさん。じゃ、早速始めるよ。見てればわかる」

そう言って黒人は笑った。


「気を付けてよ。結構負担だから」

「負担? 私達にも何か起こるのか?」

「その、上手く言えないんですけど、体と心に強い『圧力』のようなものがかかるんです。
 あまり幼かったり、精神的、肉体的に弱っていると危険です。下手すると死んでしまいますよ」

「でもあんたはまあ大丈夫そうだからな。体も心もそれなりに強そうだ」

「ふ、伊達に鍛えちゃいないからな」

そう言って警官は笑った。

「初めて笑ったな」

「人前で感情を出すのは苦手だからな」

「はは、俺と同じだ。俺も昔はそうだった」

「そんな事より、まだ始めないのか」

「おっと、そうだったな。じゃ、くれぐれも気を付けてな。きつかったら外に出てなよ」

「そのお嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

「ええ。ご心配なく」

「さ、始めるぜ」


黒人の目つきが鋭くなった。
その瞳の色は闇に近い程の黒さだったが、その目に反射した光は紅く染まっている。
警官はその瞳に戦慄を覚えた。
だが、そんなものは序の口に過ぎなかった。
突然、周囲が薄暗くなったような気がした。
だがそれはただそうなったように思えただけだ。
しかし、それが気のせいだと思えないほどに空気が重くなっていた。
そして、「それ」が警官の体を襲った。


なんという圧力。心臓を無理矢理掴まれているかのような気分だ。
それに精神が何かに蝕まれていくような感覚。今にも飲み込まれてしまいそうだ。
だが、警官はその精神力でなんとか気を保っていた。
その目の前に信じられない光景があった。



「『闇形絶歌』」

不思議な音色が聞こえてきたかと思うと黒人の周りに文字が浮かび上がってきた。
全て漢字のようだ。一文字一文字、浮かび上がってくる。
全て出た時にはその数は三十を超えていた。

「掌上索迷 『図』の調」

黒人が手をかざすと「図」の文字がそこに吸い寄せられた。
かと思うと突然、目の前に立体的な地図のようなものが現れた。
まるでミニチュアの街だ。

「空土 天の名を持つ者の捕捉」

そう黒人が言うと、その地図上に真っ赤な×印がひとつ浮かび上がった。

「ふん、ここか」

「な、もうわかったのか!?」

「ああ。じゃ、行ってくる」

「行くって、何処へだ!?」

「決まってんじゃん。ここ」

黒人は地図に浮かび上がった印を指差した。

「わかった! すぐに向かおう!」

「いや、いいよ」

「!?」

「『図上転送 追』」

刹那、黒人が消えた。
同時に、先程まで生じていた「圧力」も消えた。
警官はその場にへたりこんでしまった。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。なんとか。あなたは何ともないのか?」

「言ったでしょう。ご心配なくって」

「しかし、なるほど。こんなことを人に話せるわけがない。
 彼は、何をしたんだ?」

「あの人の、『能力』です。目の前で見たら疑いようがないでしょう?
 あの人はその文字からイメージできるものを自在に操る事ができるんです」

「イメージできるものだと?」

「はい。例えばさっきのように『図』という文字から地図に関する能力が現れたように」

「なるほど。自在に、か。だが最後に彼が消えてしまったのはどういうことだ?」

「『地図』の示す場所に移動したみたいです。ワープって言った方がいいでしょうか」

「ワー……プ……」

「あの地図は、この街そのものだって言ってました。
 彼だけが地図に『入る』ことができるとも」

「つまり、その地図に入ると、この街のどこかに辿り着くってことか」

「はい。もっと言えば、その地図に映し出された街の形を変えることだってできるらしいですよ」

「目の前で見たのに信じられん気分だ……。
 他にも文字が浮かんでいたな。あれ全部にそんな能力が宿っていると言うのか」

「彼自身も、能力を完全には把握しきれていないって言ってました」


「だが、直接犯人のいる場所へ向かったと言うのなら危険だ。すぐに応援に行かねば」

そう言って立ち上がろうとした警官を杏が制した。

「彼なら大丈夫です。きっと、すぐに犯人を捕まえて帰ってきてくれます」

「しかし……」

「どちらにしろ、あなたは今ろくに動けない状態でしょう?」

それを認めるかのように警官の体は上手く動かなかった。
やはり先程の得体の知れぬ何かが堪えたようだ。

「だが、奴も普通の殺人犯ではないのだ! 一人ではどうしようもない!」

「普通でない……? どういうことですか?」

「奴は相当残酷な殺し方をしていた事は言ったな。
 問題はその凶器だ。何を使っていたと思う?」

答えかねている杏に警官は言った。

「答は実にシンプルなものだ。
 奴は凶器なんか一切使っていない。自らの腕のみで人間を五十もの破片にちぎりやがったんだ!
 それも生半可な力じゃない。調べてみると、異常な腕力、異常なスピードで捻り切っていた。
 おそらく殺害を終えるのに三秒とかかっていないだろう。
 これでもあの男が無事でいられると思うのか!?」

話を聞き終わった杏が口を開いた。
「……なあんだ、それぐらいなら何の問題もありませんよ」

警官は杏の言った言葉がしばらく理解できなかった。

「問題ない!? 何故だ!?」

「くろさんだからです」

その台詞からは一片の不安も感じられなかった。

完全に黒人を信じているようでもあった。

「あの人なら、そんな殺人鬼なんかに負けません!」

「な、何故そんな事が言えるんだ? 奴は何者だ!?」

「うふふ、それは秘密です。そんなことより、少し休んでください。さっきのは堪えたでしょう。
 今、お茶いれて来ますね」

そう言って杏は台所に行ってしまった。
警官はもはや抵抗する気力も無くなってしまった。




とある廃墟―――。
男が一人、女が一人。

「そう恐がらなくてもいい。君は何も考える暇もなくただの肉片になるのだから」

「いやああ! 来ないでえ!」

女は必死に逃げている。
男は悠々と歩きながら追いかける。
その目はうっすらと笑みを浮かべている。

やがて男が立ち止まった。

「あまり追いかけっこは得意じゃないんだ よ」

そう言った時にはすでに男は動き出していた。
が、すぐに再び止まった。
それ以上動く必要がないから。


「きゃああぁぁ!」

あの男からは何メートルも離れていたはずだ。
いくら足が速くともありえない。

すでに自分の目の前で待ち受けているなんて―――。

「はい、ゲームオーバー」

そう言ってゆっくりと女に歩み寄る。

こつ、こつ、

静かな廃墟では靴の音がよく響いた。
女はもはやその場から動けなかった。

「ふふ、いい子だ」

男が恐怖に震える女の腕を掴んだ。

他の人間もそうやって殺した。
ちょっと捻るだけ。
それだけで皆粉々になっていた。

男が手に力を入れようとした瞬間、

ざっ

何かの音がした。
その音に男の動きが止まった。

「何か……紛れ込んじゃったのかな?」

そう言って音の方を見た。

「あ、見っけ」

「なんだい? 君は」

「さあ、なんだろうな」

「ふざけないでよ。僕を見つけたのは褒めてあげるけどさ、君から先に始末しちゃうよ?」

「好きなようにすればいいさ」

黒人は顔を上げた。

「できるんならな」

その声からは殺気がぴりぴりと伝わった。

「生意気なガキだね。しょうがない、君は少し待ってなよ。あいつを殺してからだ」

そう言って男は女から手を離した。
女は気を失ってしまった。

「僕は空土 天って言うんだ。すぐ何もわからなくなっちゃうから教えても意味ないと思うけど」

「もう知ってるからどーでもいーや」

黒人はぶっきらぼうに答えた。

「君の名前を聞かせてよ。どうやったかわからないけど僕を見つけたんだ。名前ぐらい覚えててあげるよ」

「明無 黒人。覚えてても無駄だがな」

「ふふふ、黒人って言うのか」

「さ、無駄な抵抗はやめて大人しく捕まれ。痛い目見るのは嫌だろう?」

「面白い事を言うね。僕を捕まえられるとでも思ってる の ?」


そう言ったかと思うと天はすでに黒人の背後に回っていた。


「どう? 見えた? このスピードについてこれる?」


ひゅん

ひゅん

ひゅん


奇妙な音がする度に天は刹那で移動している。
およそ常人の動きとは思えない。

「ふふふ、ほらほら、もっとスピードを上げるよ!
 いつまでも突っ立ってたら気が付いた時には死んでるよ?」

ひゅっ

さらに天の速度が上がった。
目の前に来たかと思うと頭上に。
背後に回ったかと思うと足元に。

「君、僕がその気になったらもうとっくに肉片だよ?
 僕を見つけたのは良かったけどこれじゃあ話にならないね。
 反応できないんじゃ仕方ないや。そろそろ飛び散 っ て」


天は猛スピードで黒人の喉元に手を掛けた。


はずだった。


が。


天の手は何も掴んでいなかった。
目の前には誰もいなかった。

「なにさっきからノロノロ動いてんだ。その気になってたらお前、今まで何回死んでたかわかんねーぜ?」

天の背後の壁に黒人がもたれ掛かっていた。
大きなあくびをしている。


音はなかった。
気配もなかった。
動く瞬間さえ、筋肉の動き一つも見えなかった。

馬鹿な

馬鹿な

この僕が、全く見えなかった?

有り得ない

こいつは一体


「馬鹿なああぁぁ!」

天は地面を蹴った。
壁や天井など関係ない。
重力すらも無視した高速移動。
その力のため、天が蹴った場所は音を立てて破壊された。

その速度は音速さえ超えていた。


だが、黒人には関係なかった。
天が地面に足をついた瞬間、
黒人が天の背後にいた。

まただ。
音も無い。


それだけではなかった。


振り返った天の目には黒人が映るはずだったが、その姿は見られない。

なぜなら、すでに黒人は天の足元に屈んでいたから。

黒人は天の水月に手をかざした。

あの圧力が生じた。
「『闇形絶歌』」

黒人の右手に「水」の文字が浮かんだ。

「流々瀑布 『水』の旋律」

黒人のかざした手にどこからともなく水が現れた。
それは次第に量を増していった。

「安心しな。死にゃあしねーよ。
 ただし、死ぬほど痛ぇぜ」

現れた水が黒人の手の一点に凝縮された。


天は逃れようと地面を蹴った。
それまでで最大の力だった。
最大だったはずなのに。


どっ


天のスピードなど止まっているのも同然だった。

天の足が地面から離れた瞬間。

すでに天の体には拳大の大きさに集中した津波と同等の威力の水流が叩き込まれていた。


「がっ……は……」

その威力はそれだけでは衰えず、天を壁に叩きつけた。

「死んだ連中に『生きて』詫びろ。永遠にな」

地にうずくまり吐血している天に黒人はそう言った。






「ただいま」

黒人が玄関から入ってきた。
その手は天の襟首を掴んでいる。

「ほ、本当に空土なのか!?」

「ん。なんか一人でダラダラ動いてたよ」

奥から杏が出てきた。

「お帰りなさい」

黒人に優しく微笑みかけた。

「ただいま」

黒人も笑顔で答えた。
まるで少し出掛けてきただけのようなやり取りに、警官は唖然としていた。

「ああ、そうだ。あい、犯人。
 ある程度動けないようにしといたからそのまま連れて行っても大丈夫だよ」

「あ、ああ。協力、感謝する。しかし、どうやって……」

「俺の力は生命の道から外れてるからね」

奥の部屋に入って、黒人が言った。

「杏ちゃん、飯にしようぜ。警官さんも一緒に食おう」





「それでは、私はこれで失礼する。犯人逮捕の協力、本当に感謝する」

「ご飯食べていかないんですか?」

「いや、私はコイツが目を覚ます前に署に戻る」

「食ってけばいいのにー」

黒人が箸を咥えたまま言った。

「……本当に、ありがとう」

警官は深々と頭を下げた。

「また、お困りの時にはいらしてくださいね」

「秘密厳守でな」

「ああ。そうさせてもらおう。しかし、コイツの逮捕はどう説明すればいい?」

「あんたの手柄にでもすれば?」

「いや、私は何もしていない。そう易々と手柄を受け取るわけには……」

「うちに来たじゃんか。うちに来る決心をしたあんたの手柄。
 そういうことにしとけばいいんじゃない?」

「なんだ、そりゃ? 無理矢理だな」

「いーの。どうせ誰も信じやしないんだからさ。
 それにこれがバレたら俺達も困るかもしれんからね」

「そうだな。この件は私がなんとか誤魔化しておこう。
 報酬は、後日支払わせてもらうとするよ」

「ん、よろしくっ。額はそっちで適当に決めといて」

「いいのか?」

「いいよ。別に困らないし」

「よくもまあそんな調子で生活できるもんだ。まあいい、それなりの額は支払わせてもらう」

「くれるんなら拒まないよ」

「ふ、それじゃあな。
 ……最後に教えてくれないか。君が何者なのか」

「……そうだねぇ。……不老不死の『悪魔』かな」

「悪魔か……。面白い、また何かあったら悪魔の力を借りるとしよう」

「いい度胸だね」

そう言って二人とも笑った。






「お疲れ様でした」

飯を食う黒人に杏は言った。

「美味いな、これ」

黒人は炒飯を頬張りながら言った。
料理を褒められた杏はご機嫌だった。





第四話
END

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