第三十七話
アヴェスタ
16:言葉と会話







 「ん………」

 「あ……! くろさん!」

 「………」

 「大丈夫ですか?」

 「あ、ああ、うん。大丈夫」

 「良かった……。いつもより長く眠ってるから……」

 「俺……どれ位寝てた?」

 「一週間ぐらいです。……お腹、空いてるでしょう? すぐご飯作りますからね」

 「あ、おい………」






 「出来ましたよ! いっぱい食べてくださいね」

 「うん……ありがとな」

 「ううん、お礼を言うのは私の方です。……本当に、ありがとうございました」

 「何言ってんだ、当たり前の事だろ?」

 「違います………私にとっては、全然。
  昔、私が無理矢理連れて行かれた『あの場所』には、くろさんしか来てくれませんでした」

 「あの時は俺も驚いたよ。『お仲間』がこんな女の子だったとはな」

 「ふふ、私だってびっくりしましたよ。いきなり見ず知らずの男の人に助けられるなんて」

 「はは、何か怪しい奴だな、俺は」

 「でも……すごく嬉しかった……。
  だから、また助けに来てくれた時は、あの時みたいだと思いました」

 「状況は全然違ったけどな。ま、今はキミも普通の女の子だ」

 「本当……嘘みたい……」

 「ん? どうした?」

 「お料理だって出来るようになったし、服だって、沢山買ってもらった。
  くろさんに助けられてから、楽しい事ばっかり……」

 「……そっか。でもな、まだまだ、これからキミにはもっと楽しい事があるんだ。
  もう昔みたいな生活に戻る事はないんだよ」

 「………はいっ!」

 「……うん、その顔は良い」

 「え、ええっ?」

 「―――どう言ったら良いのかな、なんだかキミが笑うと、俺も良い気分になるっつーか、
 他人まで幸せにしてくれるよな」

 「そ、そうですか?」

 「ん、キミのホントの力はそれなのかもな」

 「ホントの力がですか?」

 「人間の力ってのはそういうもんさ。俺みたいなのはどう考えても外道でしかない」

 「あはは、ずるいんですね、私達は」

 「ああ、過ぎた力を持つと、余計に自分の力の無さを実感するよ。
  星ひとつを左右できる力を持って、俺達は何人救えたね?」

 「そんな、数の問題じゃないですよ」

 「うん、確かにそういう問題でもない。でも、どうにも納得いかない。
  それが俺達の頭痛の種だな」

 「……そう、ですね」

 「っと、ごめんな、変な話になっちまって。さ、食おうや」

 「あ、は、はいっ」






 「あー、ごっそーさん。んで、皆は?」

 「皆、無事に帰って来れました。4人とも、くろさんが起きたらよろしくって言ってました」

 「そっか、誰も欠けなくて良かったよ」

 「はい……私なんかの為に誰かいなくなったりしなくて、本当に良かった」

 「はぁ……あのな、『私なんか』って何だよ。キミがいなきゃ、
 俺達は何の為にあんな所に行ったんだ?」

 「あ……ぅ………」

 「誰が欠けても一緒さ」






 「あー、その、あれだ。敵さんの……子どもとかはどうなった?」

 「心配ですか?」

 「んー、心配っつーか気に掛かるっつーか」

 「くす、大丈夫ですよ、確か、4人で同じ所に住んでるって聞きました」

 「4人……えーっと、子どもが2人と……」

 「男の人が1人と女の人が1人です」

 「……あれ? 確か、1人爺さんがいなかったか? 俺の見間違いかもしれんが」

 「あ……はい、いました………。でも、あのお爺さんは、お城と一緒に……」

 「………そっか。ごめん」

 「くろさんのせいじゃないですよ。それに、もう寿命が持たなかったそうです」

 「そう……か………」

 「………」

 「……ああ、すまん。今更考えたって無駄だよな。
  ………そうだ、その4人が住んでる所って、分かるか?」

 「え? あ、ああ、はい。魅夜さんから聞きました」

 「行ってみようや。頼みたい事もあるしな」






 「ところでさ、俺、寝てる時にまた変な事言ってなかったか?」

 「変な事じゃないですけど、言ってましたよ。『死』を見るとかなんとか」

 「んな事言ってたのか。参ったな、全然覚えてねーや」

 「ふふ、寝言なんてそんなものですよ」






 「確か、この辺りだったと思うんですけど………。
  あっ、ヘレンちゃん!」

 「おう、ちびっ子その1」

 「ち、ちびっ子って……」

 「どうしたの、ヘレン? お客さん?」

 「ん、来たかちびっ子その2」

 「え? あっ、あなた達は」

 「杏です。こんにちは」

 「えー、はじめまして? 俺の事、覚えてるかな」

 「こ、こんにちは! 来てくれたんですね!」

 「色々ありましたから、ね」

 「あの、その……本当にご迷惑を!」

 「あ、そんな、大丈夫ですよ! 私は全然!」

 「今度仕掛けてくるんなら、そっちから全員で来てくれよ」

 「そ、そんな事……しない……です……!」

 「はは、冗談だよ。それより、大人の2人は?」

 「大作さん達なら、隣町まで買い物に行ってますよ」

 「ふーん、デート中か。なら、邪魔する訳にもいかんよな」


 「誰がデート中だって?」

 「あ……お帰りなさい……2人とも……」

 「あはははは、コンチワ………聞いてた?」

 「全く、人のいない所で好き勝手言わないでよ。
  こいつと、デ、デートだなんて」

 「どもってる時点でもう……なあ」

 「あはは……そうですね」

 「な、何さ、2人して!」

 「まあまあ、落ち着けよ」

 「う、うるさいな……」


 「まあ、仲が良いのはよく分かったけどさ、こっちに来てから特に変わったことは無い?」

 「んー、まあ、これと言って何も起こってないな。何かあったのか?」

 「んにゃ、意外と人も多いみたいだし、変な目で見られたりしてはいないかと」

 「いや、此処の連中はやたら呑気でな、色んな奴が住んでるけど、それをとやかく言う奴もいない」

 「へえ、随分平和な所なんですね」

 「僕も驚いたよ。事件とかが全然起こらないらしい。
  そりゃ、交通事故みたいなのはたまにはあるみたいだけど、
 明らかに『敵意』が見える事は無いみたい」

 「そりゃ結構。大切にしなよ、こういう所。そう滅多にあるもんじゃない」

 「当然。今までいた世界に比べりゃ天国みたいな環境だからな」

 「ホントにそう思う?」

 「ライオン連れて騒がれなかったのは此処ぐらいです」

 「ふふ、良い子だ。じゃあ、これから言う約束、守れるな?」

 「約束? 何かしろって言うの?」

 「ああ、あんたらならそう難しい事じゃない」

 「散々迷惑かけたしな。出来る事なら引き受けるぜ」

 「ん、そう言ってくれるとありがたい。
  頼みたい事はこの町と、この近辺の街の警備みたいなもんかな。
  ここらは俺達が住む所からは結構遠いから、あんたらが厄介事を解決してくれると実に助かるんだが」

 「なんだ、そんな事? そんなの、僕1人でも十分だよ」

 「おーおー、言うじゃねーの。たまには俺も頼れよ」

 「たっ、頼れる訳ないだろ!」

 「んなっ、なんでだよ!?」

 「何でって……!」

 「良いじゃないですか、甘えちゃえば」

 「何だよ、杏ちゃんまで! もー、抱きつかなくてもいいだろ!?」

 「あ、そうそう、これも渡しとくよ」

 「あん? 何だこれ? ネックレスか?」

 「帽子とか、腕輪みたいなのもある……」

 「どうしても手に負えない『能力』を持った相手に使うと良いよ」

 「これを敵に付けるのか?」

 「うん」

 「で、そうしたらどうなるんだ?」

 「相手の『能力』を封じ込める。此処に来る前に作っといた」

 「作った? どんな機械が埋め込まれてるんだ?」

 「いや、俺の能力の1つだよ」

 「その言い方だと、幾つも『能力』があるみたいだな」

 「あるっちゃあるけど、根本にあるものは1つだよ」

 「ふ〜ん、その根本にあるものって、何なの?」

 「『イメージ』かな。俺の場合」

 「イメージねぇ……それだけでどうこうなるものなのか?」

 「ん〜、説明すると面倒臭いけど……まあ、いーや。
  皆の能力って、ちょっとした規則性があってね」

 「規則性?」

 「与えられた『能力』って、どれもさ、その根源を見ると結構単純なんだよ。
  例えば、あんたらの元リーダーのは、『掴む』だか『握る』だかが元になってる。
  たったそれだけの事なのに、どうしてあそこまで強いと思うね?」

 「遠距離………自分が触れる事無く『掴む』事が出来るから?」

 「ん。そんなモンだよ、俺達の『能力』は。
  ちょっと手の届かない所の物を掴めるだけで、あそこまでの脅威になる。
  簡単な事にちょっと条件を付け足すだけで、普段の何気無い行動が、世界を動かす」

 「そうか………そうか、俺達の能力も、言われてみれば……」

 「まぁ……多少特殊な例も無いわけじゃないみたいだけどな。
  そこの―――ヘレンちゃんだっけ? その子とか、杏ちゃんとか、な」

 「あはは、確かに日常的に人間が翼を生やすなんて有り得ないね」

 「俺が見てきた中で1番特殊だったのが杏ちゃんかな。さすがに驚いた」

 「とりあえずそれは置いとこうぜ、それより、お前がどういう力を持ってるのか、
 それを聞きそびれてたからな。部屋に突然現れた事といい、訳わかんねーよ」

 「俺のは簡単さ。『イメージ』をある条件下で『現実』のものとする。それだけ」

 「へぇ、僕らよりずっと便利そうじゃない。その『条件』次第だけど」

 「条件は『文字』だよ。育った環境のせいか、『漢字』でないと能力は発現しない。
  オマケに今使える『漢字』も限られてる。まあ限られてるっつっても、結構あるけどね」

 「漢字って何ですか?」

 「へ? ああ、ちびっ子達は言葉が違ったな。
  んー、今は国境とかが殆ど無いから説明しづらいな。
  とりあえず、書いてみるとこんなんだ」

 「……変な模様みたい……です……」

 「あはは、知らん奴にはそう見えるだろうなー。それにに君らはまだ小さいしな。
  いろんな組み合わせでいろんな意味を持つんだよ」

 「へー、面白いですね。これは何て読むんですか?」

 「これは『ひ』って読む。こっちの兄ちゃんの能力の方な。2つ縦に並べると『ほのお』になる」

 「な、何で俺の能力を知ってんだ?」

 「まあまあ、固い事言わないで。何なら教えてやんなよ、漢字。それじゃね」

 「あ、くろさん、待ってください! ……それじゃあ、私も失礼します。皆、元気でいてくださいね」

 「あ、オイ! ……あー、行っちまった」

 「ふん、生きてりゃまた会えるんだから、別にいいじゃない」

 「ったく、ドライな考え方だな」

 「ドライで結構。さ、そろそろ昼食でもとろうか」






 「元気そうで良かったですね。もっと落ち込んでるのかもって思ってました」

 「そだな。腹括ってたみたいだし、大丈夫だろ」

 「うふふ、そうですね」


 「っと……魅夜さん達にも礼を言いに行かなきゃな」

 「はいっ!」






 「あっれ〜? いねーな。何処行ってるんだ?」

 「麗さん達もいませんでしたね。何かあったんでしょうか?」

 「うーん、皆の怪我も治せなかったし、気になるな」

 「じゃあ、探してみたら良いんじゃないですか?」

 「あ、そか。どれ………」

 「あれ? 此処って、私達の家じゃないですか?」

 「本当だ、全員いるみたいだな。
  帰ってみるか」






 「あ〜、おかえりー! 遅かったね」

 「れ、麗さん、これは?」

 「ん〜? 準備だよ」

 「準備って、人ん家に勝手に………」

 「固いこと言わないの! ほら、あんたも手伝え〜!」

 「おわっ! 何だこれ、鉄板?」

 「バーベキューでもするんですか?」

 「ふっふっふ、甘いにゃキミ達。それをよく見てごらんよ」

 「ん? あ、なんか窪み? が幾つも……」

 「あら、黒人君、杏ちゃん、お帰りなさい。台所、借りてるわよ」

 「魅夜さん、それは? クリーム……にしては粘り気が少ないし」

 「ふふ、すぐに分かるわ」

 「ネギとか、紅しょうがもありますよ」

 「それも必要なものよ。もうすぐ男2人も戻ってくると思うんだけど……」


 「おう、今帰っ………」

 「タコ焼きパーティーやでーっ!」

 「うるっせーな! いちいち騒ぐな!」

 「あー、帰ってきたね、犬と猿」

 「誰が犬だ、誰が。ほら、蛸だ」

 「わー、随分おっきいの買ってきたねー」


 「あのー、つかぬ事をお伺いしますが」

 「何? くろちゃん、改まって」

 「無断で家に入り込んだ上に、決して広くない室内で、
 挙句家の食材使ってタコ焼きパーティーなるものをしようって魂胆?」

 「何を言うとんのやー、見たら分かるやろ。寝過ぎて頭ボーっとしとるんか?
  美味いの作ろーでー、蛸は俺らの自腹やし」

 「はぁ、もうここまで準備出来てるとあっちゃ、何言っても無駄っすわね。
  しゃーない、やりますか」

 「お、物分り良いねー。心配かけた分、そのお駄賃って事で!」

 「まーったく、今度からはちゃんと連絡入れてくださいよ」

 「うふふ、これからはそうするわ」

 「わっ、魅夜さん、いつの間に」

 「ほらほら、皆も手伝って」

 「は〜い。んじゃ、そろそろ始めよっか」

 「今日はどんどん焼くで〜」

 「てめーは鉄板に油でも敷いてろ」

 「たくさん食べましょうね」




 「元気な人達だよ、全く」

 「あはは、そうですね。でも、凄く楽しいですね」

 「んー、そだな。さ、俺達も手伝おうや」

 「はいっ」









第三十七話
END








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