[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。







最終話

プロローグ






 「能力」を与えられてから、何千年たったのだろう。黒人は考えた。

 今、目の前には、雄大な自然が広がっている。
 小鳥は囀り、木々の葉が擦れ合う音が雨の音のようにも聞こえる。
 川の流れは、絶えず緩やかに。身を任せて流れる木の葉や、流れとは無関係に泳ぎ回る魚の群。
 黒人は、木々に塞がれた空を見上げ、木漏れ日に目を細めた。



 今、世界は存在しない。
 人間の世界は。

 唐突に戦争が起こった訳でもない。
 隕石が激突した訳でも、宇宙人が侵略した訳でもない。

 考えられない程ゆっくりと、終わりがやって来た。
 それまでの人々の仕打ちを、全て許すかのように。
 もしかすると、初めから意に介してなかったのかもしれない。


 「いつ頃からだったかな」

 独り言なのか、話し掛けたのか、杏には分からなかった。

 「何がですか?」

 「人が減り始めたのは」






 始まりはほんの些細なニュースだった。
不老長寿の薬が開発された出生率が低下している、という、それだけの。





 「気が付けば、周りからも人が減っててさ」

 杏の頭を撫でながら、心は何処にも無いような風だった。

 「昨日に見た赤ん坊が、今日になって杖をついてるような感覚だった」




 ある日、杏が依頼を受け、隣町まで行った時の事だった。
 お気に入りのレストランが無くなっていた。
 店主の死亡が原因らしい。跡目を継ぐ者もいなかったようだ。杏は残念に感じながら、商店街を歩いた。
 その時、気が付いた。
 無くなっていたのは、そのレストランだけではなかった。





 暫しの静寂の後に、大きく扇ぐような風が木の葉を揺らした。
 ふと手を退けてみると、杏が気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 「可愛らしい寝顔でまあ……」

 黒人は、どんな相手でも警戒心を解くであろうその寝顔を撫で、
やがて腕に杏を抱きながら立ち上がった。

 「さて、そろそろアイツの寿命だ。行くか」






 長寿の薬には、副作用があった。
 服用した者は、生涯に1人しか子どもが産めなくなる、という。

 死の危険が少ない程、産む子どもは減っていく。
 その生物の習性に、薬が影響したのだろうか。

 そして、不老長寿の薬は、決して「不死」の薬ではなかった。


 気が付くと、人口は以前の半分にも及ばなくなっていた。
 1世代で半分に、2世代でさらに半分に。
 そうして、静かに、それでも確実に、人は地球から消えていった。
 それと同時に、大地は移動を続け、やがて完全に1つになった。
 そして、国境などという概念は無くなったが、
かつて「国境」という言葉を作った人類が、その言葉の消失と共に消えて行った。

 現在、地球上に生きている人間は7人。
 その内、6人は死ぬ事は無い。永遠に。
 そして、残った1人の寿命が、今、尽きようとしていた。





 「や」

 短い挨拶をして、その老人の隣に座り込む。
 杏も目を覚まし、寝惚け眼を擦っている。
 周りには、魅夜も、椋地も、霧玄も、麗もいた。

 その森で最も高い木には、1羽の烏がとまっていた。

 老人は、目を彼らに向け、ゆっくりと微笑んだ。
 6人も、老人に微笑み返した。

 「もう、時間だ。ゆっくりおやすみ」

 その声が聞こえたのか否かは分からないが、
ほっとしたような表情になると、老人は目を閉じ、大きく息をついた。
 そして、小さな声で呟いた。

 「おやすみ」






 「さ、これからどうしようか」

 老人の埋葬を済ませ、黒人が立ち上がった。

 「どうもしなくて良いんじゃない?」

 「どうせ、又いずれは始まる事だしな」

 「それまでは、のんびりしてましょう」

 「暇やったら、俺んとこに来い。おもろい話でも聞かしたるわ」


 「行きましょう、くろさん」

 目の前で、杏が微笑む。


 数年前、杏が突然、黒人に自分の思いを告げた。
 丁度、地球上の人類が10人以下になった時だった。

 何故、今更?
 そう問うと、杏は、

 「だって、もう誰にも聞かれる心配も無いですから……」

 と、顔を真っ赤にしながら答えた。

 黒人はそれ以上は何も言わず、正面からじっと杏を見つめた。
 黒人が少し照れ臭そうな顔をすると、杏が目を閉じた。

 やがて、2人の唇が触れ合った。
 永遠と一瞬という、相反する2つが、一緒になったような感覚だった。

 そんな不思議な時間の後、放心状態の杏に背を向け、黒人が呟いた。

 「ありがとう」


 杏に告白された時、黒人は救われた気分になった。
 かつての罪を、その時だけは忘れる事ができた。

 そして、すぐに告白の意味を思い出し、脳と心臓が沸騰したようになった。




 杏の手を握り、仲間達と暫しの別れを告げ、何処へとも無く歩き始めた。

 道など何処にもなく、自分の歩いた跡が道になる。

 やがて来る胎動までの、休息。
 愛す者との、新しい生活が始まる。
 世界は終わっても、2人の心は離れない。

 永遠に。







 薄暗い森林で、猿が争っている。
 少ない食料を求めて。
 片方が攻め、片方がそれを防ぐ。
 そして、バランスを崩し、倒れこんだ所を、片方が攻撃する。
 もう駄目かと思ったその瞬間、倒れた猿の掌に、


 叢に転がる石が握られた。








第三十八話
END


Clock Lock

The story had not started yet.





←第三十七話へ







ClockLockに戻る
自作小説小屋に戻る
トップへ戻る