第三十六話
アヴェスタ
15:世界へ!
「……何の音かしら」
魅夜が呟いた。それこそ、口も動かないような小声で。
「足音とちゃうか」
「あ、聞こえちゃった?」
「声の『波』が届くんや」
二人のやり取りの後、消え入りそうな声で、「ミトラ」が言った。
「お仲間が……来たようですね……」
全員が扉の方を見た。
それとほぼ同時に、強度を気に掛けないかのような勢いで扉が開いた。
「……ッ! ……あ、あれ? 行き止まり?」
皆の目に映ったのは、一度見るとその姿が焼き付いて離れない、妖精と見紛うような少女だった。
ノルム、ヘレン、大作は、時を忘れる思いで彼女に見入っていた。
「あ……杏ちゃん!?」
「み、皆さん! どうして此処に!?」
「お前を助けに来たんだろうが!」
霧玄が嬉しそうに杏の頭を乱暴に撫でる。
「きゃー!? ごめんなさーい!?」
わしゃわしゃと髪を乱されながら、杏が叫ぶように言う。
「嬢ちゃん、何でキミ一人だけ此処に来たんや? 黒人はどうした?」
「あ、くろさんなら心配ないです! もう戦いも終わってるんじゃ……」
杏の言葉が終わる直前、一瞬底が抜けたような感覚と共に、腹の中まで響くような地響きと、
遠近感をまるで感じさせず、それでいて彼方から届いたような爆音が耳を貫いた。
「な、なんや!?」
「耳がぐらぐらするー!」
「……決着……したようです」
未だに続く爆音の残響のため、「ミトラ」のかすれた声は誰にも聞こえなかった。
数分も経った頃には、音も止み、乱れた空気も静まり返っていた。
「ふー、何だったの、今の?」
静かになってから最初に口を開いたのは、麗だった。
「た、多分、くろさんが力を解放したんだと……って、れ、麗さん! 血が出てますよ!?」
「へ? あ、うわっ! いつの間に?」
地鳴りの振動が麗の波長と合ったのだろうか、傷口が開いてしまったようだった。
「た、大変、大変っ!」
先程まで自分が血だらけになっていたのに、麗の傷を見ておろおろと慌て始めた。
「落ち着きなよ、大丈夫だって、コレくらい」
傷口を押さえながら血を拭き取る。
しかし、思ったよりも出血が酷く、すぐに傷口を押さえる手の上に赤の線が流れた。
「駄目よ、麗ちゃん。額はすごく血が出るんだから」
魅夜が手当てをする。
「先生……これをお使いください」
「ミトラ」が伸ばしたその手には、包帯と何かの軟膏のようなものが握られていた。
「うん、ありがとう。ほら、麗ちゃん、傷見せて」
「ひゃっ、いきなり触らないでー! けっこー痛いんだからー!」
「我慢なさい」
「うー……」
やがて麗が大人しく傷の手当てを受け始めた頃、「ミトラ」が何かに気付いた表情をして、天井を見上げた。
「はて……誰が来るのか……」
老人の眠ったかのような瞬きが終わった頃には、その目に映る人影が1つ増えていた。
増えた人間は、辺りを見回し、小さく「ん?」と空気が漏れたような声を出した。
「何だ、この部屋? 埃っぽいな」
「く、黒人!?」
「くろさん!」
杏が特に驚いた様子も無く、むしろ嬉々とした表情で黒人に抱きついた。
「わ、はは、抱きつくなよ、恥ずかしい」
黒人は綿を触るように杏の頭を撫でた。
「えへへー、おかえりなさい!」
この上ない笑顔で、黒人に顔をすりよせる。
それはまるで子どもと変わりない純粋な笑顔だった。
「ま、これでやっと全員揃ったんやな」
「全員?」
麗が不思議そうに首を傾げた。
それに魅夜が付け加える。
「まだ、かー君がいないじゃない」
「馬鹿みたいな事ばっかり言ってるから脳味噌までボケたんだろ」
「ボケとらんわ。そもそもボケを考えるのは頭にええんやで」
「んな事どうでもいいだろ。そういや、あのカラスは頭数に数えられてなかったな」
「カラスだからじゃないんすか? 普段何処にいるのかとかもよく分かんないし」
どうやら、魅夜の言う「かー君」とは、烏の名前のようだった。
フィスキーナの力は、人間以外にも及んでいるらしい。
「まあ、餌が尽きたらひょっこり出てくるんじゃない?」
「つーか、今考えるのはそういう事じゃないな。じいさん! もうケリは着いただろ、帰らせてくれ」
「こらっ! あんたはまたそんな礼儀知らずな……!」
麗が霧玄を諌める。
「ほっほ、構いません。確かに、そこの彼が此処に来たという事は、我らの主は負けたのでしょう」
「ちょ、ちょっとすみません!」
蚊帳の外の状態だったノルムが会話に割って入った。
「皆普通に話してるけど、その……お兄さんはどうやって此処に来たんですか?
少なくとも、僕には入ってくる瞬間が見えなかった!」
「そ、そうだ。俺も見てない!」
大作も思い出したように話に加わった。
当の黒人は依然杏を抱いたまま頭を掻いた。
「んー、説明すんのが面倒っつーか。まあ、そんな能力もあるって事で」
「説明になってませんよ」
「や、ごめん。実はもう限界でさあ。眠くて眠くて……」
杏はだんだん黒人の体重が自分に圧し掛かってきているのを感じていた。
「簡単に言うと……『場』が出来て……その範囲内で一定の能力を……」
そのまま、杏に倒れ掛かるように眠りに落ちてしまった。
「あ……う……寝ちゃいましたね」
「なっ、なんで? どうしたんですか、この人?」
ノルムの疑問も当然だ。
「能力の反動です。何年かに一回、深く眠り込んじゃって。3日ぐらいは起きませんよ」
「えっ、でも、僕達はそんなこと一度も無かったですよ?」
ヘレンも不安げな表情になって行く。
「わ……私達も……眠っちゃうの……?」
杏がふるふると首を振って、黒人を抱きかかえる。
「普通はそんなことありませんよ。ただ、この人は能力があまりにも強過ぎましたから」
杏が黒人を労わるように言うと、大作が興味深そうに質問した。
「で? どんな能力なんだ?」
その様子に、杏が思わずくすりと笑った。
大作は顔を赤くして、照れ隠しか、頭を掻く。
「ふふ、秘密です。勝手に教えると、この人が怒っちゃいますから」
「あ、うん……まあ……いいや」
「ははは、その子に手ぇ出したらあかんで、大作君。人のモンや」
「う、うるせ……な……」
更に顔を赤らめる。
その様子には、全員が吹き出してしまった。
「さて、1名すっかり眠りこけてしまいましたが、全員揃ったようでございますな」
「ミトラ」が皆の顔を見回して言う。
「それでは、これからあなた達にはこの城を出てもらいます。
大作、ノルム、ヘレン、あなた達もです」
名を呼ばれた3人は息を飲む。
「そこの彼の攻撃で、この城の頂上部が崩壊しかけています。
もしもそのまま崩れると、そこからドミノを倒すように、順に押し潰されてしまいます。
急いだ方が良いかもしれません」
「だったら、悠長にこんな所で話してる暇無いだろ!」
「ふふ、それもそうですね。では、手短に言いましょう。
あなた達には『飛んで』もらいます。各々の能力を最大限活用してください」
「えっ、飛ぶって、こんな高いとこから!?」
そこに窓は無かったし、あっても曇ってよく外が見えないのだが、
もしも外を見る事が出来るのなら、誰かは卒倒していたかもしれない。
「大丈夫、もう1人、協力者がいますから。彼……いや、彼女は重力を上手く操る。
1度戦ったあなたなら分かるでしょう、先生」
「ええ、あの子ね」
答えた魅夜の声は、どこか嬉しそうであった。
「この城にいる人間を全て外に吐き出してしまいます。彼女の助け無しには全員無事からは程遠い」
「もしかして、最初からこの城が崩れるとか予測してたの?」
「いえ、どちらが勝とうとも、城を崩壊させるつもりでした。もう、私の寿命も持たない」
「寿命が尽きると、この城も……?」
「その通りです。術者が死ぬと城も死ぬ。術者の資格を受け継いだ私が死んでも同様です」
「って事は、どっちみちこの城はもう駄目なのか……」
「じゃあ……おじいちゃん……死んじゃうの……?」
ヘレンの問い掛けに、「ミトラ」は優しく微笑みかけるだけだった。
そして、大きく手を広げ、空に向かって掲げた。
その姿は、神に祈りを捧げるようでもあり、雨を喜ぶ砂漠の民のようでもあった。
「では、もう時間も無い。頼みましたよ、全員無事で大地を踏む事が出来ますよう……」
揺れるような音と共に、城の外壁が全て消え去った。
吹き込む風が、部屋に充満した埃を全て吹き飛ばしてしまった。
「さあ、これで内部の支柱以外にこの城を支える物はなくなった。お急ぎなさい」
再び横になりながら「ミトラ」が脱出を促す。
それを受け、各々が心を決めた。
「さようなら、『ミトラ』」
「いつか又、あの世でな」
「バイバイ……おじいちゃん……」
そして、三人は空中に飛び出した。
途中、ヘレンが自分とノルムのライオンに羽を生やし、その背にノルムが乗った。
大作は、予備の「蜘蛛の糸」を使うつもりらしい。
その後、杏は黒人を支え、霧玄、麗、椋池も外壁だった場所へと立った。
魅夜は、「ミトラ」と最期の会話をしていた。
「懐かしいわね」
「ええ、いつもあなたには迷惑ばかり掛けていました」
「でも、あの時1番優しかったのもあなただったわ」
「ふふ、突然あなたがいなくなった時は私も荒れたものです。
思えば、あなたに恋していたのですな」
「ごめんね、黙ってて。あの時、あたしは怖かったの。全て失うのが。
だから自分から手放した。本当に、子どもだったのはあたしの方」
「それでも、私には最高の先生だった。無論、今でも」
「ありがとう。そう言ってもらえると救われた気がするわ。
……そろそろ行かなくちゃね。もう此処も持たないみたいだし」
「ええ。もう城内には、此処の人間以外は最上階の『マズダ』を残すのみです。
……さようなら。先生、さようなら。
先生……お元気で―――」
そして、6人は、飛んだ。
「……全く、あの爺さんの頼みじゃなきゃ、こんな事はしなかったんだからな」
助かった者は、各々の家へと帰って行った。
外にいた信仰者達は、城が崩れるのを茫然と眺めているだけだった。
途中、大きな蔓が伸び、宙に放り出された者を絡め取ったり、
何故か地面がパウダーのように柔らかくなり、人が地面に落ちても無傷でいたりもした。
やがて、日が沈む頃、そこにいたのは魅夜達6人と、ノルム、ヘレン、大作、「スラオシャ」だけだった。
「ありがとう。本当に助かったわ」
魅夜が「スラオシャ」に駆け寄る。
同時に、大作も近寄った。
「随分強がってんじゃねーか。あの爺さんに毎日ベタベタ可愛い顔してくっついてたクセに」
「なっ……い、言うなあっ! どうでもいいだろ、そんな事!」
「まあ、そうだったの? なつかれ易い子だったものね」
「う、五月蝿いっ! 関係ないだろ!」
「スラオシャ」が顔を真っ赤にして言う。
怒っているのかそうなっているのか、恥ずかしいからなのか、説明できる者はいないだろう。
頬を伝う涙を見れば。
「……泣いてるの?」
「五月蝿い! うるさいぃ〜!」
涙を拭きながら喚き散らす。
「大好きな人が死んだんだもの。しょうがない事だわ」
「お前だって泣いてるじゃんか!」
叫ぶ「スラオシャ」をなだめるように、大作が言う。
「素直じゃねーなぁ、お前は昔っから」
「あら? 大作君、知り合いだったの?」
「ん〜、まあ友達っつーか、親友っつーか、そんな感じですかねぇ?」
大作が「スラオシャ」の頭に手を置くと、意外とすんなり大人しくなった。
そうして涙を拭きながら、尚も嗚咽を漏らすその姿は、普通の少女となんら変わりなかった。
「もう気張ることも無いだろ? 泣きたきゃ好きなだけ泣いてりゃ良いんだ」
「うるさい、ばか……」
「スラオシャ」は震える声で、精一杯の強がりを見せた。
「分かった分かった。好きにしな『スラオシャ』」
頭から手を離し、「スラオシャ」に背を向ける。
すると、顔を見ないまま大作の腕を掴み、ごにょごにょと呟く。
「……んと……を……べ……」
「あ? 何だって?」
大作が聞き返すと、うるうるとした目を潰れるかというぐらいに硬く閉じ、大声で叫んだ。
「ちゃんと私の名前を呼べぇっ!」
「……へいへい、言えば良いんだろ、沙耶菜」
「まあ、沙耶菜ちゃんて言うのね」
「何さ。いけないの?」
「ううん、可愛い名前だわ。大事にね」
魅夜が沙耶菜の目から溢れる涙をそっと指先に乗せる。
涙は魅夜の指を伝い、零れることなく掌に留まった。
「大作君、この子の事、任せてもいいかしら?」
「ああ、大丈夫でさ。俺が責任持って面倒見ますんで」
「……は? な、何言って……ん……の?」
きょとんとした沙耶菜の顔を見て、頭を掻きながら言い直した。
「だから、お互い暮らしてくアテも無いだろ? だったら協力して何とかやって行こうぜ」
「そんなのっ! ……そんな事、急に言われたって……!」
沙耶菜がいやに慌てたような、もじもじとしたような仕草で、俯いてしまった。
その様子を見て、魅夜をはじめ、他の者は皆、事情を察知した。
二人の子どもを除いて。
「じゃ、じゃあ、僕達も一緒に手伝うよ!」
暫しの静寂の後の第一声は、皆の視界の下の方から聞こえた。
「ふ、二人だけじゃ……大変だと……思うから……」
「勿論、お母さんがどうなってるのか分かってからね」
「ガキ共……」
二人の声は、まさしく沙耶菜にとっては渡りに船と言ったところだろうか。
「しょ、しょうがないな……子どもにばっかり負担を掛けるのもなんだし、
ぼ、僕も行ってあげるよ。全く、くだらない事ばっかり……」
顔はいかにも面倒臭い、と言いたげだったが、声はやけに高いトーンになっていた。
「でもいいの? 僕は君達を殺そうとしたし、何人も殺した。
そんな奴に安穏と暮らす資格があるの? それは僕だけに言える事じゃない」
「僕達を殺そうとしたのはこの際忘れてもいい。
それに、死んでいった人達の分まで、一生懸命生きれば……」
「よしなよ、奇麗事は。そんなに簡単な問題じゃないんだ。命を奪うって事は。
君が思うより、ずっと難しくて、大切な事さ」
「そう、だよな……。俺達の手はもう、真っ赤なんだよな……」
「でも……どうすれば……許してもらえるの……?」
この時ばかりはヘレンだけでなく、ノルムも涙ぐんでいた。
不安と、後悔と、整理のつかない気持ちとが混ざって絞られたような色だったかもしれない。
日が完全に沈み、暗い―――皆の心を映し出したような―――闇が訪れる頃、
聞こえてきたのは、意識の無い者の声だった。
「死を……償うなら………死を………見ればいい……」
「? そいつ……起きてるの?」
沙耶菜が黒人を指差して言う。
「いえ……たまに、寝言で……。意識が完全に無くなる訳じゃないんだと思います」
「ふーん、変な奴。それに何だって? 死を見ろ?」
「目を逸らすな………形を保った死体から………それが『罰』………」
「死体……?」
「知れ……1人の……死が………数多の……心を………殺す………」
「……まさか!?」
ノルムとヘレンは胸騒ぎがした。
それは幼子には耐え切れない程の不安だった。
「ぼ、僕達は、今からお母さんのいる病院に行ってきます!」
「あん? だったら、俺達もついて行こう」
「ぼ、僕も行くの?」
「好きにしな」
「あ、ま、待ってよ!」
そのまま、四人は病院が建っているであろう場所に向かって走って行ってしまった。
「行っちまった」
「もう少しお話したかったけど、仕方がないわね。残念」
「は〜、長い1日やったで、ホンマ。まあ、全員無事やったから良しとするか。
したら、帰るかな。行くで、魅夜」
「ええ。またね、杏ちゃん」
ひらひらと手を振り、長い髪をなびかせながら、魅夜が椋池の後を追って行った。
「んーっ、じゃ、私達も帰ろっか」
「そいつも運んで行こうか?」
「いえ……私が連れて帰ります。迎えに来てくれましたから」
杏はそう言って微笑んだ。
周囲を草原で囲まれた、見渡す限り緑以外の色が見当たらないその土地に、
不自然にぽつんと建つ、白の建物には赤の十字が刻まれていた。
「お母さん……?」
医者がいた。
言葉もなく、ただそこにいた。
突然入ってきたノルムとヘレンを見ると、静かに首を横に振った。
後から病室に入ってきた沙耶菜と大作は、背中に気持ちの悪い汗が流れた。
「お母さん……」
その痩せ具合から、一瞬老婆と見間違えるような女性が、ベッドの上に寝ていた。
腕を見ると、人間のそれとは思えないような色をしていて、
風が吹けば飛んで行きそうなほど、ぺらぺらになっている。
足も同様に、考えられないぐらい厚みが無かった。
沙耶菜と大作は、その姿を長く見ていると言いようの無い不気味さと吐き気を覚えた。
沙耶菜が思わず目を逸らしそうになった時、黒人の寝言が脳裏を過ぎった。
目を逸らすな。
その言葉に体が拘束されたように動けなかった。
目を逸らせなかった。
見れば見るほど厭な汗が流れる。
そんな事は今までなかった。
何人殺しても、何も感じなかった。
ただ人が、動かなくなるだけの筈だった。
なんとも思わなかった。
それなのに、今、目の前にいる―――ある、と言うべきかもしれない―――死体を見て、
酷く心臓が痛む理由は何なのか。
その答えは、すぐに分かった。
自分は死体を、こんなに凝視した事は、今まで無かった。
これが、死というものなのか。
今まで、何人もの死体を見たつもりだった。
今は、自分がとんでもない事をしたと、分かったつもりでいた。
しかし、自分は、その先にある「死」を欠片も見ていなかったのだと、その時に悟った。
気がつけば、涙が流れていた。
ノルム達の母の死が悲しいという訳ではなかった。確かに少しは同情の念もあったが。
とにかく怖かった。
死体は目を動かさない。
目だけではない。体中、何処も動く筈が無い。
それなのに、死体に見つめられているような気がして、無意識に体が震えた。
沙耶菜は、殺した人間の顔を覚えていない。
「一緒に暮らそう。あの子達とも一緒に」
「ああ」
廊下で、2人の声が響いた。
病室からは、子どもの泣き声がふたつ聞こえる。
「1人だと、怖いから」
空気が漏れるように、大作の声が吐き出される。
「それで、俺達はどうやって償う?」
「分からないよ、そんなの。余計分からない。あんなもの見たら」
「そーだな。とても背負えたもんじゃない」
「でも、僕達が死んでも、何の償いにもならない」
「……だったら、生きてりゃ良いんじゃないか?」
「うん……そうだね……そうして、どう償うのか、一生考えながら過ごす事になるだろうね」
病室から子どもが2人、泣き腫らした目で出てきた。
大作がノルムを、沙耶菜がヘレンを、優しく抱き上げる。
そして、誰が言うでもなく、「外」に向かって歩き始めた。
第三十六話
END
第三十七話に続く
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