第三十二話
アヴェスタ
11:Saint for evil






「何や? 道が何本かあんで?」

「ん? いや、おかしいぞ。この先は殆ど一本道な筈だ。分かれ道はこれ以上……」

「あれ? うわっ!」

「おっわっ、あ? 麗ちゃん?」

「え? 何? 椋さん?」

「人をこち亀の駄目警官みたいに言うな。それより何でこんなトコにおんねん」

「そ、そっちこそ! 何で? 同じルートだったの?」

「それは無ぇ」

声のする方に二人が振り返ると、長髪で髭面の一見優男が現れた。

「霧玄!」

「同時に呼んでんじゃねぇよ! 言われなくても手前の名前ぐらい知ってんだよ!」

「や、それより、どういう事よ? 『それは無い』って」

「お? ああ、さっき調べてみたが、全員が違うルートを辿ってた」

「道は全部調べとらんのか?」

「あ? 必要あんのかよ。どの道だろうが俺達が死ぬとでも?」

「馬鹿っ! ちゃんと調べてれば役に立つ情報があったかもしれないのに!」

「誰が馬鹿だこのチビ! どこ調べても一緒だろうが! あのガキが天辺にいるってんならよ!」

「なっ、誰がチビよ! あんたが無駄にでかいだけなのよ〜!」

「こらこら、二人とも、仲がええのは分かったから。話ズレとんで」

「五月蝿い!」

「息ピッタリやないか」

「なんなのよ! 知らない人背負ってるし! あー、もー! ワケ分かんない〜!」

「おいおい、何をそんなに混乱してんだ」

「あんたのせいでしょー!」

「あらあら、落ち着いて、麗ちゃん」

何時の間にいたのか、突然魅夜が会話に割り込んできた。

「なっ、あっ! 魅夜!」

「あら? どうして皆揃ってるの?」

「……はぁ、落ち着いた。あれ? 魅夜さん?」

「んだよ、結局全員集まってんじゃねーか」

「……おかしい、さっきまでこんな通路は出来てなかったのに……!」

「わっ、子どもがいる」

「あんたの子か?」

「ううん、途中で会ったの」

「あ……う……初めまして……」

ノルムの背に隠れ、ヘレンが皆に挨拶する。

「……やだ、何この子ー! かーわいー!」

目にも止まらぬ速さで麗がヘレンを抱き上げ、撫でくり回す。

「ひゃ……」

突然で驚いたのか、ヘレンが能力を発現させた。

「わあっ!」

「なっ……羽!?」

「ああ、その子の能力なの。びっくりしちゃったのね」

魅夜が麗からそっとヘレンを抱き上げ、頭を撫でる。
それと共に、羽も消えていった。

その様子もよそに、男達はノルムの背後に座り込む巨大な獣に目を取られていた。

「……ってか、ライオンー!?」

「で、でけぇ!」

「あ、ぼ、僕のライオンです……」

「ほぉー! こんなん飼い馴らしたんかー!」

「あ、いえ、僕の能力で……」

「精神操作」

霧玄が短く言い放った。

「え?」

「知能が自分以下ぐらいでないと駄目なのか?
 まあ、動物相手なら丁度良いか」

「は……はい。どうしてそこまで……」

話を聞いていた椋池も口を開いた。

「ふ〜ん。で、そっちの嬢ちゃんは羽生やせるんか。自分にだけか?」

「あ、あの……一応……他の生物にも……」

「これも条件が自分よりも知能の低い子みたい」

魅夜が付け加える。

「あれ? じゃあこの子達が大人になってもっと頭が良くなったら……」

「なかなか使い道のある能力になるな」

「へ〜、すごーい」

麗が魅夜に抱きかかえられているヘレンを撫でる。

「あ……ありが……とう……」

「あはは、照れちゃってる〜。可愛い〜」

「ねえねえ、お話を遮るようで悪いんだけど……」

魅夜が言う。

「椋池、あなたの背負ってる人、誰?」

「ん? ああ、そやそや、紹介しとこ。こちら、藤村大作君」

「ど……どーも……」

「ア……『アシャ』!?」

「あ? 『ウォフ・マナフ』に『クシャスラ』じゃねーか」

そのやり取りに麗が割って入る。

「ちょ、ちょっと待って! あんたら、敵なの!?」

「元、や」

「元、よ。ああ、そういえば名前を言ってなかったわね」

「ノ、ノルム・リトリアです」

「……ヘレン・リトリア……」

「何で敵と一緒に行動してんだ!?」

「だから『元』やて。今はこいつらと戦う必要もあれへん、それだけや」

「もう一人、若い女の子がいたんだけど、一緒には来てくれなかったわ。
 あんなに動いちゃ駄目って言ったのに、勝手にスタスタ何処かへ行っちゃって……。
 心配だわ、もう」

「なあ」

大作が椋池に問う。

「何や」

「あれが、お前の言ってた奴、か?」

「ん、ああ。可愛いやろ? 盗ったらあかんで」

「いや、なんつーか……予想以上だな……」

「何がや」

「その……危機感の無さっつーか……呑気な奴だな」

「んー? こっちは和んでええけどな」

「ってか、もう俺は大丈夫だ。降ろしてくれていい。一人でも立てる」

「おお、そうか。いやー、これでやっと楽んなるわ」

椋池が大作を降ろした。

「で、あんたは何が出来るんだ?」

霧玄が聞く。
大作は、指先から炎を出して見せた。

「コレだ」

「火か」

「普通だね」

麗が思った事をそのまま口に出した。

「んなっ……! これを自由に出来るんだぞ?」

「んー、なんて言うか、ウチにも似たようなの使える奴、いるしねー」

「あー、そやな。『根源』やもんな、アイツの場合」

「黒人君ねー。ああ、杏ちゃんも使えるんだっけ」

魅夜が人差し指を立てて答える。

「……なあ、ホントにあんなのがお前より強いのか?」

大作が椋池に耳打ちする。

「あ、あの……」

ノルムが皆に問いかける。

「その……クロトさんって……何処にいるんですか?」

「……え?」

四人の声が綺麗に揃った。

「そういや、おらんな」

「いねぇな」

「いないね」

「いないわね〜」

「って、なんで皆そんなに落ち着いてるんですか!?」

「んー、だってあいつやし」

「アイツだからな」

「アイツだしねー」

「あの子だものね」

「ど……どういう人……?」

ヘレンは疑問を隠せなかった。

「案外、先に進んでるんとちゃうか?」

「ああ、そうかも」

「じゃ、みんなで行きましょうか」

「ああ、そうしよう」

四人がさっさと先へ進んでしまい、大作、ノルム、ヘレンは置いてけぼりを喰らった。

「ま、まま、待ってくださーい!」

「なんだっつーんだ、この集団は?」






「くろさん……!」

力なく自分に身の重さを感じさせるその男を一度、強く抱き締め、そっと地面に横たえた。
そして、涙を拭き、老婆の方へと目を向けた。

「おやおや、簡単に死んでしまったねぇ。姫を迎えに来た騎士様がこの様じゃあ仕様が無いねぇ」

「くろさんがそんな簡単に死ぬ筈ありません!」

「どうかね。そいつは、その坊やに触れていたお前さんが一番良く分かっているんじゃないのかい?」

その言葉に、一瞬、黒人の方へ振り返りそうになるが、それをぐっと堪え、老婆から目を離さない。

(揺さぶられちゃ駄目……! くろさんは、能力の反動で眠ってしまっただけ……! それだけの筈……!
 絶対……死んでなんかないですよね……! くろさん……!)

「くくく、言葉や頭では必死で否定してるようだが、心はどうかねぇ?」

その言葉に、杏の心臓の鼓動が激しくなる。

「本当は、死んでいると認めたくないだけなんじゃないのかい?
 ほら、見てみな、その坊やを。ぴくりとも動かないじゃないか」

(駄目……駄目! 迷っちゃ駄目! あんな言葉を信じちゃ駄目!)

必死に老婆の揺さぶりに耐えるが、それでも容赦なく言葉責めが続く。

「好きな人間が死ぬのは辛い事さ。でも現実ってのは残酷なものなんだよ。
 ほら、その坊やもすぐに腐って、虫に喰われて……」

「やめてっ!」

胸を押さえながら杏が叫ぶ。
杏には、既にかなり「流れ込んで」きていた。
老婆の悪意が。
邪なものが。

「それ以上言うのなら、私はもう、あなたを許せません……!」

「結構、好きにすればいいさ。だがコレは事実なのさ。今認めないと、後でもっと辛くなるよ?」

「……もう何も言う事はありません。……私が、あなたを倒します!
 『アムシャ・スプンタ』第一位『スプンタ・マンユ』
 そして、その同位体……『アフラ・マズダ』!」

「おや、よく知ってるじゃないか」

老婆の言葉を無視するかのように、杏が「邪」を炎へと変える。
「『紫火』!」

轟々と紫に燃えるその炎は杏の右腕を取り巻く。

「ほっほ、それがお嬢ちゃんの能力かい? 随分と貧相だねぇ」

老婆が杏に歩み寄ろうとする。

「『紫電』!」

その声と共に、今度は杏の左手から、電気のようなものが流れ出た。
それを確認できたのは一瞬の事だったが、老婆には、確かに紫色に見えた。
次第に、電気が蓄積し、目視出来るほどになった。

「……あなたの悪意が強い程、私の能力も強くなります……!」

「ほう……成程ねぇ……そういう事かい」

老婆の顔が醜く、邪悪に歪んだ。
笑っているように見える。


それと同時に、杏の炎と電気が威力を更に増した。








第三十二話
END


第三十三話に続く





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