第三十一話
アヴェスタ
10:能力のリスク






「くく……はははははっ! やってくれたね、くそっ!」

「スラオシャ」の笑い声がこだまする。
その右肩からは血が流れている。
派手に吹き出てはいるが、出血自体はそれほど酷くはない。

「命の心配は要らないわ。ちゃんと急所は外しといたから」

「情けを掛けるなんて、馬鹿じゃないの? そんな事で僕が寝返るとでも……」

「そんな事はどうでもいいわ」

魅夜が言葉を遮る。

「動かないで、止血するから。急所は外したとはいえ、あまり血を出すのは危険よ」

「スラオシャ」にそっと近付く。

「はっ、いいの? 迂闊に近付くと、僕が何をするかも分からないの?」

「だったら、迂闊に近付かなければ良いのね」

頭をふらつかせながら座り込む「スラオシャ」の背後に魅夜が立っていた。

「……っ!?」

「はい、終わり」

「スラオシャ」が振り向いた時には、既に魅夜は離れていた。
その手には、依然刀が握られていた。

「っ……何時の間に……」

「あまり動いちゃ駄目よ? 傷が塞がるまでは」

「その刀の帯を千切って……?」

「ええ。丁度良い長さだったから」

「余計な事をしてくれるね」

「スラオシャ」が些か悔しそうに言う。

「魅夜さん! 何でそんな奴を!」

ノルムが憤慨して言う。

「あんなに酷い事をしたのに! そんな奴、助ける必要……」

「あるわ。生きてるんだから。殺しちゃ駄目」

「でも……!」

「殺しちゃったら、今までしてきた事を反省することもできないでしょう?」

ノルムの頭を優しく撫で、「スラオシャ」に向き直る。

「……ごめんなさいね。傷つけちゃって」

「何を言ってるんだ。殺し合いなんだ、コレぐらい当然だろ?」

「そうじゃないわ。いくら戦いだからって、女の子を……」

その言葉で、「スラオシャ」の顔に動揺が走った。
それを慌てて隠すかのように振舞う。

「は? 何言ってんだ、僕は……」

「どうしてわざわざ性別を偽る必要があるの?」

「だから、僕は……!」

言おうとした「スラオシャ」の服に魅夜が手を掛ける。
やはりその瞬間までその動きは誰にも見えなかった。

「わっ……あっ!」

咄嗟に服を脱がされないように身を庇う。

「ほら、女の子の反応」

「や、止めろ!」

「うふふ、可愛い。ほら、あんまり動かないで」

「スラオシャ」の肩を抱き、そっと寝かせる。

「大人しくしてて」

「う……く……」

やはり傷が痛むのか、抵抗できずにそのまま寝かされる。
何故か、顔が少し赤らんでいる。

「あ、痛い? ごめんね。仲間にどんな傷でも治せる子がいるから、連れてきてあげる。
 だから、ちょっと待っててね」

「よ、余計なお世話だ!」

「ほらほら、そんな乱暴な言葉遣いもやめて? 女の子なんだから、ね?」

魅夜が指で「スラオシャ」の額を突く。

「それから、ちゃんと今までの罪を償わなくちゃ。その事もしっかり考えててね」

そして、魅夜が能力を解く。
刀が魅夜の体に巻きつくように消えていく。
しかし、先程とは、少し様子が違った。

「スラオシャ」の頬に紅い雫が落ちる。

「……う……?」

見てみると、魅夜の口元から血が流れていた。
ノルムとヘレンが慌てて駆け寄る。

「み、魅夜さん、その血は!?」

「ん……っ……ケホッ……」

咳き込むように魅夜が血を吐く。

「お姉ちゃ……死なないで……」

魅夜にすがるヘレンを撫で、呼吸を整えながら魅夜が話す。

「……大丈夫、大丈夫よ。むしろ、コレぐらいで済んで良かったわ」

「一体どうしたんですか?」

「うん……あたしの能力で出てきた刃はね、あたしの体の一部と同じなの。
 それが傷付けば、あたしにもダメージが返ってくるの」

「じゃ、じゃあ、さっき『スラオシャ』の止血に刀の帯を使ったから……?」

「そんなところね」

魅夜がくすりと笑って答えた。

「何でわざわざ自分が傷付くと分かってて、僕を助けた……?
 おかしいよ、お前は! 狂ってるとしか思えない!」

「そんなの簡単よ」

相変わらずのニコニコとした表情でおっとりと言う。

「自分がほんの少し苦しむのと、人が死ぬのを天秤に掛ければ、
 どっちに傾くかなんてすぐ判るじゃない?」






黒人が、自分の身長の三倍はあろうかという程の大きさの扉を前に佇んでいた。

「……ここか」

目標を目の前にした黒人の息は、何故か荒い。

(……くそっ、こんな時に……!)

足元をふらつかせながら、扉に手を掛ける。

「ぬ……」

巨大な扉の重量もものともせずに、鈍い音を響かせながら足を進める。
そして、扉の先の景色が開けた。
黒人の目に、よく知った人間の顔が写った。



「―――杏ちゃん」

黒人に安堵の表情が浮かんだ。

「くろ……さ……ん……?」

杏は頂上の部屋の中心にある椅子に座っていた。
動けないように背後で手を鎖で縛られている。
抵抗したのだろうか、そこから血が流れた跡がある。

「……生きてるか?」

黒人がからかうように言う。

「くろさんだって……!」

涙を堪えながら、杏が答える。

「……ったく、苦労したよ」

「……ごめんなさい、私が……弱いから……」

「キミから目を離した俺が悪かったんだ。……っ」

「ど……どうかしたんですか?」

「や……何でも……ない……ちょっと……眠いだけだ……」

「それって……また、能力の反動が……!」

「いいから待ってろ……すぐ……助け……て……」

「助けられるのかねぇ? そんな状態で」

声に気付き、黒人が振り返る。
杏の表情もこわばっていた。

「何だ……婆さん……」

「いやいや、随分とフラフラしているからねぇ。
 なんなら私がその子を放してあげようか?」

「あん……たが……何者かって……聞いてん……だ……」

老婆はゆっくりと二人に歩み寄る。

「なぁに、私も捕まっていてね。何とか自力で逃げてこられたのさ」

老婆は、隠し持っていたナイフを見せた。

「コイツでちょちょいとね」

「そう……か……いや……いい……あんたは……勝手に……逃げててくれ……」

「そうもいかないさ」

「あ……? 何……言って……」

黒人が杏の方へ向き直った。
すると、杏の表情が、依然こわばったままな事に気付いた。

「だ、駄目っ! その人は……!」

言い終わる前に、杏の顔に血しぶきがかかった。

「やはりこの姿だと、皆油断するねぇ」




黒人の肩に一本、腹部に一本ずつ、老婆の持っていたナイフが深々と刺さっていた。


黒人は、杏に力無く倒れこんだ。

「くろ……さん……?」

杏は、自分の手が自由になっていることに気が付いた。

「わり……コレぐらいしか………」

「ほう、その体でよくそんな力が残っていたもんだね」

「あ……あ……くろさ……」

ナイフを黒人の体から抜く。
それと同時に、血が吹き出す。
最初は赤黒く、飛び散ると鮮やかな赤に。
そして、それが乾くと、黒く染まっていった。


杏の頬を撫で、虫の息で黒人が言う。
「ああ……ごめん……な……すげ……眠い―――」

「駄目、喋らないでください、くろさん……!」

傷口を押さえ、黒人を強く抱きしめる。
それでも、血は止まらない。

「大丈夫……だ……ちょっと……寝る……だ……け……」

黒人が笑う。

「目が……覚めたら……あいつ……ぶっ飛ばし……て……や……」




杏の頬を撫でていた黒人の手が、糸を失った人形のように、地へと着いた。








第三十一話
END


第三十二話に続く





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