第三十話
アヴェスタ
9:たちて刃を






「どこにそんな物、隠し持ってたの?」

「さあ。どう説明すればいいのかしら」

魅夜が困ったように刀に目を落とす。

「まあいいや。そんな物、僕の能力の前では役に立ちはしない」

「あら、そうかしら。少なくとも、今死ぬ事は免れたわ」

ふと、刀が一瞬膨らんだかと思うと、無数に切れ目が浮かんだ。

そして、刀は見る見るうちに分解され、細い糸のようなものの集まりへと姿を変えた。
無数の糸は、魅夜の体の至る所に巻き付く。
やがて、それらは魅夜の体に溶け込むように、消えていった。

その様子を見て、「スラオシャ」のみならず、ノルムも驚愕の色を隠せなかった。


「成程、それが君の『能力』!」

「使う気は無かったんだけど、仕方がないわね」

「み、魅夜さん、今のが……?」

「うん、言う暇も無かったけどね」

「面白い。おいでよ、刀で重力にどれだけ抵抗できると言うんだい?」

「スラオシャ」の能力で、魅夜だけが地面に降りた。

「さあ、見せてみなよ。無駄な足掻きってヤツを!」

地面に降り立った魅夜は、右腕を水平に上げた。

「―――おいで」

魅夜の肩の辺りから、先程の細い糸のようなものが大量に出てきた。
それらは魅夜の掌へと集まり、固まり、別のものへと変貌した。
その様子は、ほんの一瞬の出来事ではあったが、到底美しいものとは言えず、
寧ろおぞましくもあった。

「ふうん、薄気味悪いね」

やがて、全ての糸のようなものが集まり終わる。
魅夜の手には、柄から長い紐のついた、やや長めの刀が握られていた。





「藤村大作君よ、次はどっちや?」

「左だ。ってか、いちいち名前を呼ぶな!」

「なんでやねん、ええ名前やと思うで」

「……ったく、調子の良いこと言いやがって」

「まあまあ、気にすんなや。
 それよりも、心配な事がある……」

「な、何だ? 体力が持たないのか?」

「……野郎が野郎をおんぶしてる図なんて、怪しさ満点やないか?」

「そうそう、どうせなら可愛い女の子に……って馬鹿か手前は!」

「お、ノリツッコミもできんねんな。けどまだまだプロからは程遠いで〜」

「知るか! プロになる気もねぇよ!」

「え〜、中々イケる思うんやけどな〜」

「んーな事より、さっさと進めってんだよ!」

「へいへい、わーっとるがな。せやけど、ホンマに広いな、この城は」

「へっ、そりゃオメェ、入る道が悪かったな」

「何や、道によって長さも変わるんか?」

「そもそも、この城を造った奴も能力者だからな。
 たった一人で建てたと聞くぜ」

「ほぇ〜っ、こんなでかいのをか」

「その時に、何かの細工をして、通路によってばあさんの部屋までの距離が変化するように出来てんだ」

「で、俺の選んだ通路は……」

「一番長いな。一時間はかかる」

「か、とんでもない貧乏クジかいな」

「まあ、戦闘やら何やらは一番少ないぜ。
 俺との戦闘だけだからな」

「何や、そらラッキーやったな」

「やたらめったら罠が仕掛けられてる通路もあってな、
 折角抜けてもその直後に戦闘だったりする事もあるぐらいだ。
 まあ、その通路が一番近道なんだがな」

「は〜、厄介な城だこと。けどまあ、あいつらなら大丈夫やろ」

「えらく余裕だな。そんなに強い奴ばかりなのか?」

「まあな〜、一人はもう、俺らの中でも頭抜けとる。
 俺らでもそいつの力量は計り知れん。
 つーか、そいつ自身も正確には分からんらしいけどな」

「お前が一番じゃないのか?」

「俺は三番目くらいかな。俺より強い奴は、その頭抜けた奴と、もう一人おる。」

「お前より強い奴が……それは、誰なんだ?」

「聞いて驚くなや。……俺の、コレや」

椋池は小指を立てた。

「何っ、お前の小指が? 何だ、人間にでもなるのか?」

「阿呆なボケかますな。女や、女」

「女ぁ!? どんなゴリラ女だ!?」

「アホ、そんなんやあらへん。もっとこう、ニコニコ〜っとして皆のお姉さんー言う感じや」

「は〜、人は見かけによらねえって言うが、その通りだな。
 笑顔なのに凶暴なのか」

「そんなことあらへん。普段は大人しい、可愛らしい子や。普段はな」






「さっきとは少し形が違うね。良いよ、かかって来れば?」

「そう? じゃあ遠慮なく」

魅夜が地を蹴った。
真っ直ぐに「スラオシャ」へと向かう。

「真っ向勝負? 此処まで辿り着けたなら、受けてあげても良いよ」

と、天井で大きな音がしたかと思うと、天井に沈んでいた岩が、雨あられと降ってきた。

「危ない! 魅夜さん!」

その声を合図にするかのように、地面へと到達した岩が地響きを起こす。

「全部かわして此処まで来れる?」

魅夜の頭上にやや大きめの岩が落ちてくる。

「全部かわす必要は無いんじゃない?」

魅夜は刀を頭上に持ってきた。
そして、岩石に対して切っ先を当てた。

岩石は、ただそれだけで、軌道を変え、地面に落ち、砕けた。

「上手い! 無駄な力を使わずに……!」

「ちっ」

「スラオシャ」が魅夜だけの天地を逆転させる。
魅夜の体に妙な浮遊感が生じた。

(来る……!)

体が浮き始めるその刹那、咄嗟に刀を逆手に持ち替え、地面に突き刺した。
そして、柄から伸びる紐を掴み、天井に落ちて行くのを回避した。

地面に足を着けると、刀を引き抜き、落ちる前に自分よりも前方に投げつける。
刀が地面に刺さり、そこを中心にして、弧を描くようにして今度は自分が前に進む。

高速で迫るそれは、徐々に近付く回転する鋸の刃のように見えた。

「この女……なんて戦い方を!」

間合いに入り、刀を瞬時に掴み、「スラオシャ」に切りかかる刹那、
魅夜の天地が、通常のものに戻った。
それと同時に、目の前の男が、天井に向かって落ちるのが見えた。

「ふう、危なかった」

どうやらジャンプすると同時に能力を使ったらしい。
「スラオシャ」はそのまま天井まで落ちた。

「惜しい惜しい、もうちょっとだったね」

「『もうちょっと』ね。あと1センチ」


ふと、「スラオシャ」が自分の体に目を向けると、分かり難いが、服の右肩の部分が確かに切れていた。

「……やってくれるね」

「伊達に一番を名乗ってる訳じゃないもの」

「ふん、それならもう、加減なんかいらないね」

「スラオシャ」が天井の土砂を全て攻撃に使おうとした。


「やれえぇーっ!」

叫び声と重なるような咆哮。
そして、土を巻き上げる程の勢いでの突進。

魅夜に神経を回していた「スラオシャ」の不意を突くのには十分な、地中からの攻撃。
魅夜以外の生物は、全て天井にいた。


「しまっ……!」

その一瞬の怯みが、万物に秩序をもたらした。


能力が強制的に解かれ、全てのものは地面へと還った。


「くそっ、つまらない手に……!」

何度も激しく移動したためか、土は柔らかくなり、岩石は粉砕され、
もはやかつての原型は留めていなかった。

「お疲れ様、大丈夫?」

「な、何度もすみません……」

「ふふ、良いのよ、気にしないで」

魅夜がノルムとヘレンを抱きかかえている。

「ん……あれ?」

ようやくヘレンが目を覚ます。

「大丈夫?」

「あっわっ、お、お姉ちゃんっ」

「良かった、大した怪我は無いみたい。お兄さんと一緒に、下がってて」

そっと二人を降ろし、「スラオシャ」の方へ向き直る。


次の瞬間には、魅夜は地を蹴っていた。

音が全く無かった。


「この……貴様等……っ!?」



「油断大敵、よ」

「スラオシャ」が立った時には、既にその背後で魅夜が低く構えていた。

「させるか!」

自らの天地を逆転させる。

「もう遅いわ」

「スラオシャ」よりも速く、空中へと跳ぶ。



「―――ごめんなさいね」




魅夜の刃が、「スラオシャ」を完全に捉えた。








第三十話
END


第三十一話に続く





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