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第二十九話
アヴェスタ
8:我慢の限界






「それで? 君は何をするつもり?」

「あなたを動けなくするだけ」

「出来ると思ってるの?」

「思ってなければ口にはしないわ」

「強気だね」

「スラオシャ」が不敵に笑う。
一方、魅夜は些か真剣な表情になっている。

「一分でも持てば大したものだけどね」

そう言って、魅夜の天地を逆転させた。

「お姉ちゃん!」

地面に取り残され、ヘレンが叫ぶ。

「同じような手は……」

魅夜が受身を取る。
そして、音も無く、静かに、「スラオシャ」のいる「地面」まで跳んだ。
全く無駄の無い跳躍だった。

「ふうん、身体能力は高いみたいだね。でも、そんな勢いで跳んじゃ……」

地面まで到達するかと思われた。
後はそのまま「スラオシャ」に攻撃を加えるだけ。
その筈だった。

しかし、魅夜は、攻撃することが出来なかった。
代わりに、地面に激しい勢いで激突してしまった。

「あうっ!」

「忘れたの? 君の立つ大地を決めるのは僕だよ?」

「魅夜さん!」

魅夜を助けようとノルムが立ち上がるが、「スラオシャ」が再び魅夜の天地を入れ替える。
ぴくりとも動かないまま、魅夜は天井へと落ちて行った。

「意外とあっさり終わったね。さあ、次はどっち?」






「………」

未だ杏を見つけることが出来ず、黒人のストレスは限界に達していた。

「イライラするなー……。いっそ城ごと吹き飛ばすか? いや、でも皆いるしな……」

複写されたように同じような罠ばかりの相手をしている内に、その力を抑えきれなくなったのか、
黒人の通った跡は災害にでも遭ったかのように損壊されていた。


城内とさえ思えない程の長い通路を抜けた頃には、黒人は独り言すら言わなくなっていた。

他の三人のように庭と勘違いするような広々とした空間で、人影が二人分、並んで立っていた。


「来たよ、来たよ、お馬鹿さん」

「ようこそ、ようこそ、おろかもの」

男女のペアは踊るように、歌うように言う。
それが黒人にはたまらなく癇に障った。

「俺は『ラシュヌ』。『ヤザタ』の『ラシュヌ』
 死者を裁く、正義の人格」

「私は『アシ』。『ヤザタ』の『アシ』
 『福徳』『貞節』守護してる」

「いきなりだけど、死んでくれ。
 その後ゆっくり、裁いてやるから」

「まずは私が殺してあげよう。
 その後コイツに譲り渡そう」

歌のような口上が終わると同時に、「アシ」が黒人に襲い掛かった。

「私の力、見せてあげよう。
 あなたの『運』を糧にする。
 それが幸でも不幸でも」

黒人の通ってきた通路にあった大量の罠は、この為だった。
罠が簡単な物と感じていたら、いつまでも続くつまらない遊びに付き合うはめになり、ストレスが溜まる。
命からがら逃れたならば、この部屋に辿り着いた時に訪れる安堵感は並のものではない。

「来た来た、力。
 これは不幸だ。
 相当イライラしているね」

「アシ」のスピードが一瞬で格段に上がった。
そのまま一気に黒人の背後に回り、捻じ伏せた。

「さあ捕まえた、捕まえた。
 後は私が嬲るだけ。
 死ぬまでずっと、嬲るだけ」

挨拶と言わんばかりに、黒人の後頭部を殴った。

「死んだら今度は俺の番。
 死んでも安らぎ訪れぬ。
 それがこの俺『ラシュヌ』の力」



耳に響く声で歌うようにリズムを取るその話し方の前に、イライラした。そして、


黒人の中で、何かが切れたような気がした。


「キンキンと……」

黒人の能力の片鱗である、えもいわれぬ奇妙な威圧感と言うべきか、圧力のようなものが現れた。

「なんだい、これは? 君の、力?
 この程度じゃあ、なんとも無いね」


「黙れ三下」


「アシ」が戦慄を覚えた。

今、自分が捻じ伏せている男から。
自分が絶対的有利にあるにもかかわらず。


「今すぐ道を開けるか? それとも……」

黒人が下から「アシ」を睨む。

「壊れるか?」

その目が一瞬黒光りしたかと思うと、
「アシ」の周囲が暗闇に覆われた。

「なんだ、これは? 何をした?」

暗闇の中から、空間を裂いたような白い腕が伸びてきて、「アシ」の頭を掴む。

「やめろ、やめろ! 何をする!」

腕は頭だけでなく、両手足にも同じく伸びてきた。
その全てが「アシ」の体を掴むと、それぞれ思う方へと体を引っ張った。

「や、や、やめろおぉぉ!」




虚ろな目をした「アシ」が膝をついて絶叫する傍らで、黒人が立ち上がった。

「想成百夜 『夢』の調―――」

黒人の表情は、ひどく冷静で、ひどく冷酷だった。

「お前、『アシ』に、何をした!」

「黙れと言った」

静かに言った黒人は、既に「ラシュヌ」の頭を掴んでいた。

(馬鹿な……こんな、一瞬で……俺達二人が……)

黒人は、容赦なく、「ラシュヌ」を地面に叩き付けた。


轟音の後、クレーターのように地面が円形に沈み、その中心に「ラシュヌ」が倒れていた。
白目を剥き、ぴくぴくと痙攣している。

「イライラしてんだ。本気でなかっただけありがたいと思え」

そう言い残して、黒人はその場を後にした。





「魅夜さんっ!」

「お姉ちゃん!」

天井に叩きつけられた魅夜を見て、兄妹が叫ぶ。

「早くかかってきなよ。遅かれ早かれああなるんだ」

「……スラオシャぁぁあ!」

ノルムと同時にライオンが吼える。

「動物に何が出来るって言うのさ」

飛び掛るライオンの天地を逆転させる。
なす術もなく、天井へと落ちていく。

「させない!」

と、そのライオンに大きな翼が生える。
咄嗟に体勢を立て直し、再び「スラオシャ」へと襲い掛かる。

「ああ、そっちの能力があったか。どうしてあの子には使わなかったんだい?
 ……はは、無理だよね。自分以外の『人間』には使えないんだっけ」

ヘレンも自らの背に翼を揃える。
しかし、ヘレンの背中に生えたそれは、先程までとは異なっていた。

「ヘレン、それは……?」

背に生えた翼は六枚。ヘレンを包み込むように大きく一度、羽ばたいた。

「『セラフィム』―――」

「セラフィム? セラフィムだって?」

「スラオシャ」の表情が僅かに強張った。

「分かってるの、クシャスラ? 自分が何をしてるのか」

地響きが起こった。
そして、地響きは地震へと変わった。

「邪神に囚われた憐れな子ども―――」

地震が収まったかと思うと、地面一帯に亀裂が走り、やがてそれぞれの塊が宙に浮き出した。

「せめて神に近い場所で潰れて」

「この部屋……全体を……!」

「駄目! お姉ちゃんが!」

一瞬の浮揚感の後、二人の体は、部屋の土は、自然は、一斉に天井への崩落を始めた。

「異教徒は見たくないんでね。せめて深く、深くまで埋もれておくれよ」

わずかばかりの砂を残し、部屋の中の全てのものは、天井へと大移動した。
ヘレンと、ノルムのライオンだけでは次から次へと迫る土砂をかわすのにも限界があった。

(守らなきゃ……!)



岩盤が擦れ合い、ぶつかり合い、潰れ合って、天井には全ての土砂が収まった。
地鳴りも止み、静寂が訪れている。

「あんなものを見せなければ―――。
 いや、言った所で無駄か」




「……大丈夫?」

ノルムが目を覚ますと、魅夜が下敷きになる形で自分を抱きかかえていたのに気が付いた。
しかし、暗いために姿をはっきりとは確認できない。

「み、魅夜さん!? 大丈夫だったんですか?」

「ええ。あの人の気があなた達に向いてたから、こっそり動くのは楽だったわ」

暗闇の中でも、魅夜が微笑んだであろう事はなんとはなしに分かった。

「あ、あれ? ヘレン……ヘレンは!?」

「上よ」

「上って……」

「私達の上で、必死に守ろうとしてくれたのよ。今は、私達より少し上の方に埋まっているけど」

「た、大変だ! 助けなきゃ!」

「ええ、その通りね。……ごめんなさい、少し、我慢してね」

「えっ? うわっ!」

魅夜はノルムの顔を自分の胸に押さえつけた。
ノルムは息ができない状態になった。


斬れる音。
ずれる音。

新鮮な空気が流れ込んでくる感覚。



「ごめんなさいね。もう大丈夫よ」

「……っぷはっ! ……っあれ? 此処は……?」

「ヘレンちゃんも無事よ。背中の翼が助けてくれたのね」

魅夜はヘレンを天井に寝かせていた。
隣にはライオンも申し訳なさ気に座り込んでいる。
その頭を魅夜が優しく撫でてあげている。

そして、ノルムは、魅夜が持つものに気が付いた。

「み、魅夜さん、それは………?」




「嫌だなあ。また君達の顔を見なきゃならないなんて」

天井を見上げて「スラオシャ」が言う。

「まあいいや。今度は完璧に潰してあげるから」

そう言って、三人と一頭を睨みつける。
先程とは違い、険しい表情になっている。


「そう簡単には死なないようになってるの。それと……」

土砂の中にぽっかりと開いた穴から、魅夜が出てきた。
その姿を見て、「スラオシャ」が一瞬、驚愕の表情になった。

「あれだけの衝撃で……?」



魅夜の体には、傷一つとして付いていなかった。

二人の子どもはおろか、ライオンでさえもなんらかの傷を負っているにもかかわらず。
土の汚れで分かりにくいが、血の色は一切見受けられなかった。
どこかが折れた様子もない。


再び天井に立ち、魅夜が言葉を続けた。

「あなたの攻撃は、もう大体分かったわ」


魅夜の右手には、一本の刀が握られていた。
普通の物とは特に変わった所は無い。

先刻は確かに何も持っている様子はなかった筈なのに。


魅夜が刀を持ち直した。

刀は、鋭く光を反射した。








第二十九話
END


第三十話に続く





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