第二十八話
アヴェスタ
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「俺の勝ちやな」
「ああ……残念なことに、な」
椋池が「アシャ」の顔を見下ろしている。
「アシャ」は「大」の字になって橋の上に倒れていた。
「一つ……教えちゃくれねぇか」
「なんや?」
「あの炎の目くらましの中、どうやって俺を見つけた?」
椋池は顎をしゃくって何か考えた後、答えた。
「あれか……。そうやな、お前、漁船がどないして魚や海底の位置が分かるか知っとるか?」
「……確か、ソナーとかいうやつで」
「そう、あれと同じようなもんや」
「は?」
「あれは超音波を海底にぶつけてその反射から魚やら何やらの位置を知るやろ?
俺の場合は『波』やな。空気に『波』を起こして周囲360度に放てば、その反射で……」
「俺の位置が分かるって事か……。ただ攻撃に使うだけじゃねぇとはな」
「さて、こっちも答えたんや。そっちにも答えてもらうで」
「……好きにしな」
「お前らの目的は何や?」
「簡単な事だ。お前ら五人を全滅させる事だ」
「あ〜、そういう事を言うとるんやない。俺が聞きたいんは、その先や。
俺らを倒した後、何がしたいんや?」
「……大掃除だ」
「ほー。ボランティア……とは違うよな」
「たりめーだ。掃除するのはゴミじゃねえ」
「言わんでも分かっとる」
「……二、三年前の話だ。能力を手に入れ、そのせいで自分の村にいられなくなった俺が行き着いたのが此処だ。
一人の婆さんが俺を出迎えた。そいつがこの……組織みたいなもん……の創設者だ」
「婆さんが『アフラ・マズダ』いう事か」
「……? 何でその名を……?」
「俺らは、自分らが思とるよりも色々知っとるんや。ええから話続けぇ」
「……婆さんは今まで俺が受けてきた扱いを全てチャラにするぐらいに労わってくれた。
その恩を返す為に俺は此処にいる。俺から見たら、お前らが何故俺達を敵視するのかが分からねぇ」
此処まで話して、一旦息を吐いた。
「俺らは取られた大事なもん取り返しに来ただけや」
「そうか。だが、こっちはそうもいかねえ。どうしてもお前らを消さなきゃならなかった」
「掃除の為に、か?」
「ああ。分かってるだろうが、掃除するのは人間だ。この世界は汚れ過ぎた。
一度、綺麗にしてやらないといけねぇ。それこそ、神話の世界のようにな」
「それで『アムシャ・スプンタ』を名乗っとる訳か」
「そうだ。そして、お前らは『狩る者』だった。それが、今回の戦いの理由だ」
「『狩る者』やて?」
「能力を持つ人間を片っ端から狩ってるって聞いた。そんな奴らは俺達の掃除の邪魔になるから……」
「待て。ちょぉ待てや? 俺らは別にそないな事しとった覚えはあらへん……?」
ここまで言って、椋池ははたと気が付いた。
(そや……。黒人……。あいつはあの女と因縁深いからな〜)
「どうした?」
「いや、何でもあらへん。続きを頼む」
「そうして、今までのようにお前らと戦う事になったって訳だ」
「その口ぶりやと、今までもそないな事、しとったんか」
「俺は……正直、乗り気じゃなかった。出来るだけ、この城に攻め込んできた侵入者を排除するだけにしていた」
「その割に、俺と戦う時はえらい楽しそうやったが?」
「そうだな……俺にも分からねぇ。だが、殺す気までは無かった。悪くても手足の一本貰うだけのつもりだった。
途中から、そんな余裕も無くなったが、な。
兎に角、殺しって選択肢だけは、俺には無かった」
「……お前はそのつもりでも、他の奴らはそうでもないみたいやな」
「あ?」
「少なくとも、お前の言う婆さんに正当性は無い。人質とって俺らと戦ろうなんてな」
「……待てよ……。何言ってんだ……?」
「言うたまんまや。そうでもなかったらこないな所まで来る訳あれへんやろ」
「聞いてねぇぞ、そんなもん……。ただ、婆さんがお前ら侵入者を排除しろと……」
「侵入者ぁ? 俺らはお前らに呼ばれたんやぞ?」
「待てまて待て。話が違う。婆さんは俺達の邪魔をする奴らが侵入したから迎え撃てとしか言ってねぇぞ?」
「……はっ、成程。そういう事か。お前も可哀相なやっちゃのぉ」
「ど、どういう……」
「その婆さん、お前を騙したんやな。まさか自分らが人質とってまで敵を排除するなんて、正義とは言い難いからなぁ」
「………!」
「そもそもお前、人殺しをするような組織がええもんやと思うか?」
「お、俺は殺してねぇし、それでも何も文句は無かった! 誤って殺しちまう奴もいるかもしれねぇが、
人殺しを前提に置いてる筈がねぇ!」
「ああ、そうか。なら聞くけどな、大掃除は何の為にやっとんのや?」
「大掃除……は……」
「さっき言うたな。『神話の世界へ』と。その婆さんの狙いは『回帰』やろう」
「回帰だと?」
「戻すんや。人間が文明を持つ以前へと。神話のような物語が当然の世界へと」
「そんなの、今の人間は誰も……」
「ああ、今の人間は誰もがそれを本当やとは信じとらん。宗教ですらや。
だったら、どうする?」
「……ま……さか……」
「最初からやり直せばええ。だったら、今を生きる奴らは邪魔なだけや。
ここまで言うたら分かるな。その婆さんは……」
「人間を……滅ぼす……」
「アシャ」の顔には、明らかな失望があった。
「嘘だろ……。俺は……てっきり、犯罪者とか……そういう奴らを裁くもんだと……。
お前らだって……それを邪魔するからには何かヤバイ事に手を出してると……」
「ヤバイ事はヤバイが、それが犯罪だった覚えはあらへん」
「だったら、何で賞金首になんか……」
「ホンマはな、正当防衛なんや。全部。
それでも、昔の俺は力が制御できへんかった。
まあ、あんまり深くまで話す気はあれへんけど、
言い訳なんかできへん状態やった。それだけや。
それに、俺のツレ以外は全員、普通に生活してきたんや」
「お前らを狙った理由は……」
「さあな。ただ一番強かったからと違うか?」
「……ぐ……」
「……長なってもうたな。これ以上は言わんでもええ事や。じゃあな」
立ち去ろうとした椋池を、慌てて「アシャ」が引き止めた。
「ま、待ってくれ!」
「何や? もうこれ以上話す事は……」
「俺も行く!」
「何や? 味方になってくれるんか?」
「そうじゃねぇ! 確かめるんだよ! お前の話が本当かどうか!
それまで一緒に行動するだけだ!
もしも本当だったら……俺があの婆さんを説得する!」
椋池は溜息を吐き、「アシャ」に言った。
「お前の名前は? 本名やぞ」
「それは……」
「自分の名前の一つも胸張って言われへん奴に何言われても説得力あれへんで。
そんなんやったら商人になっても繁盛せぇへんで」
「……分かった」
「それとな、いずれにせよ俺と一緒に行動するんなら、もう元には戻れへんで」
「それ位分かってる! それでも、確認しなきゃ何も解決しねぇ!
だったら、最後まで突き進んでやる!」
椋池はそこでようやく、笑った。
「今はダメージもでかいやろうけど、仲間に傷を治せる奴がおる。
それまでは、まあしゃあない。おぶされや。で、名前は?」
そして、「アシャ」に手を差し伸べた。
「アシャ」もその手を掴んだ。
「俺の名前は―――」
「行けぇっ!」
「ウォフ・マナフ」の命令と共に、巨大なライオンが、魅夜に襲い掛かる。
それをかわすと、「クシャスラ」が上空から、逃げた軌道に羽を飛ばす。
羽は途中に塞がる大木を、いとも簡単に貫き、魅夜へと正確に向かう。
「お願い……避けたりしないで……。苦しめたくない……」
「クシャスラ」が辛そうに言う。
「どうしても、大人しく死んではくれないのですか?」
「ごめんなさい。あたしは、まだ死ねないと思うわ」
「だったら、どうして戦おうとしないんですか!」
「……あたしには、あなた達と戦う理由が無いもの。
止めてって言っても、止めてくれそうにないし……」
「当たり前です。あなたを殺すしか、僕達に道は無い」
「……どうしてそこまで『殺す』事にこだわるのかしら?」
「あなたには関係無いでしょう!」
「あるわ。だって私が殺されかけてるんだもの」
「そうだ! あなたはこれから直ぐに死ぬ!
それなら、理由を知ったところで意味なんか無い筈だ!」
「それなら、あなたは突然襲われて、理由も聞かずに大人しく死んであげられる?」
「それ……は……」
「ウォフ・マナフ」が思わず俯いた。
それを見て、魅夜は彼に近付いた。
「教えてくれないの?」
屈み、まだ年端も行かぬ少年の顔を覗き込んだ。
優しい微笑みを崩すことなく。
「お兄ちゃん!」
慌てて「クシャスラ」が兄を助けようと魅夜に襲い掛かる。
「お兄ちゃん? 兄妹なのね」
「お兄ちゃんから、は、離れて!」
自らの羽を一枚、逆手で握り締めている。
しかし、羽には刀剣のように柄などは無く、その羽は刃そのものだった。
そのせいで、涙を流しながら向かってくる少女の手は、紅に染まっている。
そして、それを魅夜へと振り下ろした。
肉を裂く音と、金属のような何かの落ちる音が、広い空間に響いた。
羽の刃は魅夜の右肩から背中にかけて浅く切り裂き、そこから血が派手に噴出した。
その衝撃からか、「クシャスラ」は刃を落とし、怯えた目で魅夜を見ている。
と言うよりも、魅夜の傷口を見ている。目を離せなくなっている。自分がつけた傷を。
ほんの少しの間を置き、魅夜は、自らが傷つけられ、結構な量の血が出ているのに気付かないかのように、
変わらぬ微笑みで、少し困ったように手を血で染めた少女に近付いた。
「あ……ご……ごめんなさ……」
その姿から恐怖を感じ、後ずさるが、魅夜はそんな事はお構いなしに近付いて行く。
そして、魅夜が少女に手を伸ばした。
「ひっ……!」
「クシャスラ」は目を瞑り、頭を抱え込むように守った。
しかし、魅夜からの攻撃は、一切無かった。
魅夜は、「クシャスラ」を―――その刃のような翼もろとも―――そっと抱き寄せた。
当然、魅夜の腕は、羽の刃で傷つき、血が流れた。
「クシャスラ」同様の姿だった。
「う……え……?」
「今までも、何度もこんな事をしてきたの?」
その問いに、少女は何も答えなかった。
答えられなかった。
「そうですよ」
代わりに、「ウォフ・マナフ」が答える。
「そうしないと、お母さんの病気は治らないから」
「……あなたのお母さんが病気な事と、人を殺す事に何の関係が有ると言うの?」
「……そうしないと……」
今度は「クシャスラ」が答えた。
「そうしないと、お母さんの病気を治してもらえないの。
……お母さん、ただの病気じゃないの。よく、わからないんだけど……。
いろんな病気に一度にかかっちゃったって……。
生きてるのがふしぎって、お医者さん、言って……た……」
次第に「クシャスラ」の声が震えているのが、魅夜にはよく分かった。
「そんな時に出会ったのが『アフラ・マズダ』様だったんです」
再び、「ウォフ・マナフ」が返答を始める。
「あの方は、僕達が一人、敵を殺す度に、病気を一つ治してくれるって言ってくれました。
お母さんのかかった病気は並の数じゃなかった。
だから、それを全て治す為に、僕達の力で、色んな人を殺したんです。
あなたは、最後の敵なんです」
「私が最後なら、もうお母さんの病気は後一つなの?」
「クシャスラ」がそれに答える。
「……ううん。でも、マズダ様が、お姉ちゃんを殺せば、残りの病気、全部治してくれるって……」
「だから、僕達はなんとしてもあなたを殺さなければならない。許してくれとは言いません。
でも、分かって……。あなたが死ねば、お母さんが救われるんだ……」
「お母さん一人の為に、何人も殺したの……。もう私達、引き返せないから……」
「クシャスラ」が大きく羽ばたこうとする。
「ウォフ・マナフ」がライオンに命令を下そうとする。
二人が離れ次第、攻撃に移るのだろう。
しかし、二人の行動は、どちらも叶わなかった。
魅夜は、羽ばたこうとした少女の翼も一緒に抱きしめていた。
そのため、少女は羽ばたけなかった。
それでも、その翼は必死で羽ばたこうともがく。
何度も何度も暴れるその翼を抱きしめていたために、魅夜の両手は、より傷が深くなっていた。
「は、離して! お姉ちゃんの腕、ちぎれちゃうよ!」
「そうだね。すごく、痛いよね」
「クシャスラ」ははっとして、羽ばたくのを止めた。
魅夜の顔は相変わらずの微笑みだった。
しかし、その目には、涙が浮かんでいた。
「可哀相にね……。こんなに小さいのに、何人も殺して……。
自分の手を血で染めて……。それでもお母さんの為に頑張ったんだよね」
それまで以上に力強く少女を抱きしめた。
「こんなに……自分の手まで傷つけて……痛いよね。でも、もう止めよう?
人を殺してまで幸せになっても、それはきっと、幸せになんか感じられないよ?」
「………うっ……ぇえ……」
不意に魅夜の腕が空気を掴むような感覚になった。
「クシャスラ」の翼が、消えていた。
抜け落ちた羽の一枚も見当たらない。
「じゃあ……どうしたら……いいの……?」
消えてしまった翼の分、もう一度「クシャスラ」を優しく抱く。
「最後にお母さんに会ったのはいつ?」
その質問に、「ウォフ・マナフ」の従えるライオンの動きが止まった。
少年は、目を瞠って佇んでいる。
「このお城に……来る前……」
呆ける「ウォフ・マナフ」の代わりに、「クシャスラ」が答える。
「それは、どれ位前なの?」
「一年ぐらい……」
「………」
少し考えるようにして、魅夜が言った。
「お母さんの病気……本当に治ってるのかしら?」
「えっ……」
「治ってるさ!」
「ウォフ・マナフ」が叫ぶ。
「あの方が嘘なんか吐くもんか! 治っていると言ったら治ってるんだ!」
「……酷な事を言うようだけど、そんな証拠はあるの?」
「証拠なんて……無い……けど……」
「もしも、ね。あなた達が騙されているのなら、私は、あなた達を助けようと思うの」
「騙されてなんか……!」
「純粋な子ね……。でも、それだけに一度信じたら裏切られた時のショックも大きいもの。
疑いたくない気持ちもわかるわ……。でもね、今、真実を確かめないと、本当に大切なものを失うかもしれないのよ?」
「……お姉ちゃんは……」
魅夜の胸に顔をうずめながら、「クシャスラ」が言う。
「ほんとのこと……分かるの?」
「ううん、ごめんね。でもね、あなた達の言う、ええと……『アフラ・マズダ』って人はね、
私達の大切な仲間をさらって行っちゃったの。だから、私達はその人を敵だと思ってるの」
「え……?」
「さらって……?」
「あら? 聞いてなかったの?」
「そんな話……初めて……」
「今までだって、そんな事一度も……!」
「……だとしたら、あなた達が騙されている可能性は高いと思うの。二人とも、本当の事を確かめたいとは思わない?」
「………」
暫くの静寂の後、「ウォフ・マナフ」が口を開いた。
「僕は……」
「ん?」
「僕はノルム。ノルム・リトリア」
「え……?」
それを聞いて、「クシャスラ」も口を開いた。
「私……私はヘレン……。ヘレン・リトリア……」
「あ、あらら? どうしたの、急に二人とも」
「神を信じられなくなったのなら、『アムシャ・スプンタ』の名は名乗れない。
もしも、もう一度その名を名乗るとしたら、それは、あなたを殺す時だと思ってください」
そう言って、合図を出すと、ライオンは大人しくなって、其の場に座り込んだ。
目はあくまでも魅夜から離れる事は無かった。
「私達も……確かめたい……ほんとのこと……」
「そう……ありがとう。でも、あなた達の仲間とも戦う事になるかもしれないわよ?」
「……それも仕方ありません。でも、もしかしたらすんなり通してくれるかも……」
「有り得ないね」
突然、三人の体が、妙な浮遊感に襲われた。
そうかと思うと、まるで今まで足をつけていた場所が空の頂であったかのように、
眼下へと急激に離れて行った。
「な、何?」
そしてそのまま、三人は天井に向かって『落ちて』行った。
「こ、これは……!」
天井に激突するその刹那、ヘレンが再び翼を出し、二人の体を掴んだ。
「あうっ!」
しかし、子どもの力で二人の体重を支える事は出来ず、衝撃を幾分か緩和することしか出来なかった。
「……『スラオシャ』……!」
負傷したのだろうか、足を押さえながらノルムが言う。
「久しぶり。元気だった? 元気だったよね。これからそうでもなくなるけどさ」
「いつ……戻ってきた……」
「結構前かな。気付いてなかった?」
魅夜達は天井に立っている。しかし、現れた人影は、地面を歩いていた。
「……あなたは誰? 『アムシャ・スプンタ』の一人なの?」
魅夜の問いに、呆れたような顔をして、彼は言った。
「そいつの言った事、聞いてなかったの? まあいいや。
僕はそいつら『アムシャ・スプンタ』とは少し違う。
僕は『ヤザタ』の一人、『スラオシャ』
天と地を結ぶ者」
「気を付けて。あいつは敵の天と地を入れ替える」
「天と地を……」
「お喋りの途中で申し訳ないんだけど」
「スラオシャ」が二人の会話を遮る。
「夢見がちな子どもに、本当の事を教えてあげようと思ってね」
「本当の事……?」
「聞きたい? 聞きたいでしょ? 教えてあげようか」
苛立ったようにノルムが叫ぶ。
「何が言いたいんだ!」
「こういう所に来たガキは利用されて殺されるって事♪」
「え……? どういうこと……?」
呆けた顔をして、ヘレンが問う。
魅夜の服を掴む手に力がこもっている。
「理解できない? 『マズダ』様はお前達がもう使えないってんで、
僕にその女諸共君達を消すように言われたんだよ」
二人の体から力が抜けるのが、目に見えるようだった。
「そんな……」
「あはははは、今ここで知って良かったねー。
直接聞くとショック倍増だし」
二人の放心状態を見かねて、魅夜が会話に加わった。
「つまり、最初からこの子達は騙されていたのね?」
「やだなー、人聞きの悪い。利用してたんだってば」
「……この子達のお母さんの病気の話は?」
「ああ、あれ? そんなのあの方が本当に叶える訳ないじゃん。
そもそも、あの方の能力は病気を治したりは出来ないし」
「う……そ……」
ヘレンの頬を、絶望を凝縮したような涙がこぼれた。
ノルムは、其の場で天井に膝をついた。
「今頃はもう死んじゃってるんじゃないの?
見取ってくれる人もいないなんて、淋しいね。
ま、すぐに君達もお母さんに逢えるよ。
……って言いたいところだけど、僕、死後の世界とか信じてないんだ」
そして、「スラオシャ」は、再び三人の天地を、入れ替えた。
「へぇ……」
元の地面には、魅夜が二人を抱きかかえて何の衝撃も無かったように立っていた。
「酷い事をするのね」
二人を降ろし、「スラオシャ」を見据えた。
「君から来るの? どうせなら最後にしたかったな」
「……最後なんて無いわ」
一瞬、魅夜の腕が蜃気楼のように揺らいで見えた。
「あなたは、あたしが止めるから」
ほんの僅かに、魅夜の目が開いた。
右目は闇のように黒い瞳。
左目は血のように赤い瞳。
そして、真紅に染まった左の瞳には、「永久」を表す、黒人と同じ刻印が浮かんでいた。
第二十八話
END
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