第二十七話
アヴェスタ
6:Fight with me





「殺しはしないわ。その代わり、誓いなさい。二度と能力を使わないと」

「アムルタート」の胸倉を掴み、麗が命令する。

「わ、わかったね〜。もう、能力は使わないね〜」

顔をぼろぼろにして答える。

「もし今度その力を使って人に迷惑かけるんなら、息の根止めるからね」

じとっ……と睨みつけられ、「アムルタート」は完全に逆らう気すら失くしてしまっている。

「こんなに凶暴な女の子とは思わなかったね〜。能力もだけど、あの体術には驚いたね〜。
 一体どんな猛獣と生活してきたのかね〜」

「何? 知りたいの?」

「いやいや! 滅相もございません……ね〜」

「別にそれ位教えてあげるわよ。私が一緒に暮らしてるのはね……」

「暮らしてるのは……?」

「世界で一番恐くて可愛い奴よ」






「ぶえっくしっ!」

霧玄が大きなくしゃみを一つした。

「あ〜、風邪……じゃねェよな。
 埃っぽいっつーんだよ、この城は」

黒人達が通った道を同じく、駆け抜ける。
途中、知らない者達が通路に転がっているのが邪魔だった。
そして、例の分かれ道に辿り着いた。

「げっ! 道が分かれてやがる! んなろー……!」

「追知八方」で仲間達の居場所を知る。

「なっ……全員バラけたのか!? ……しかし、成程。
 その方が効率が良いかもしれん……それなら、こっちだ!」



そして、霧玄は全員と違う道を選んだ。





「だー! うっとおしいってんだ!」

グチグチと言いながらも、蜂の大群をかわしていく。
やがて、イライラが頂点に達したのか、能力を発動させた。

「てめーらにゃ、これだけで十分だろぉ!」

発生する圧力に、押し潰されるように地面にへばりつく。

「ったく、うざってぇ」

次から次へと、蜂を押し潰しながら、先へと進む。



やがて、黒人がいなくなると、蜂達は、再び動き始めた。





「喰らいやがれぇ!」

「アシャ」が火球を五、六発放つ。

「こんなもん食うたら、舌が火傷するどころか溶けてまうわ!」

椋池は悉くそれらをかわす。

「ちっ、なかなかしぶといな。だが、何時まで持つかな!?」

「アシャ」はさらに数十の火球を構える。

「勿論、おどれがくたばるまでや!」

一方、椋池は拳を構えた。正拳突きの構えだった。

「へっ、そんなもん、ここまで届く筈がねぇ! ロケットパンチでもなけりゃな!」

「なら、ロケットパンチを撃ったろやないかい!」

咆哮し、椋池が拳を撃ち出した。

「んな……っ……ぐっ!?」

拳は飛び出しはしなかった。
飛んで来たのは、空気の塊だった。

「どや! 圧拳言うねんで!」

「ちっ!」

体勢を崩し、糸から落ちかけるが、慌てて体勢を戻し、糸の上に落ち着く。

「……へっ、射程のハンデは無いようなモンか」

「俺らと射程で戦うんは後五百年は早いで」

「おもしれぇ! だったら能力で圧倒するまでよ!」

そして、炎の池が、「アシャ」の周りに集まりだした。

「なんや……?」

「いきなりで悪いが、全力で行かせてもらうぜ!
 油断してちゃ、足を取られちまうからな!」

「はっ、やってみぃ!」

「言われなくてもな! この、炎の体の恐ろしさ、身を持って知るがいい!」

やがて、全ての炎が「アシャ」に集まった。
かと思うと、それらはふっと消えてしまった。
そして、「アシャ」を見ると、その体は真っ赤に発光していた。

「成程、炎の塊言う訳やな……」

「アシャ」の足元から、真っ赤な光が次第に広がって行った。
まるで、蜘蛛の巣のような形になっていった。

「それが、お前の立ってた糸か」

「いかにも。だがもうコイツは必要ねぇ。直接、俺が手前を殴るんだからな!」

そして、熱された糸は、溶けて地へと落ちて行った。
それは、まるで花火が散ったようでもあり、赤い雪が降っているようでもあった。

「やっとその気になりおったか! ええぞ、いつでも来い!」

「後悔するなよ!」

足音が聞こえる前に、「アシャ」が目の前に辿り着く。
そして、右拳を椋池の顔目掛けて放つ。

椋池はその動きを見切り、紙一重でかわす。

それを見計らったように「アシャ」の左膝が椋池を捉えようとする。

椋池は咄嗟に体を仰け反らせまたも紙一重でかわす。

「こらあっついなー! 一発もろぉたら終わりやな!」

「言っただろ! 後悔するな、ってな!」

間髪入れずに、椋池に体をぶつけにかかる。

「!! そうか!」

椋池は仰け反ったままの体制で地を蹴り、吹き飛ぶように「アシャ」から離れた。
勢い余って、そのまま倒れこんでしまった。

「まだまだぁ!」

即座に間合いを詰め、倒れた椋池に追い討ちを掛ける。

「どわっ! たっ! こらっ! 倒れた相手をっ! 襲うんはっ! 反則やぞっ!」

「五月蝿ぇ! 手前が勝手に倒れたんだろーが!」

そのまま、転がるように「アシャ」の攻撃から逃れる。
転がる、と言っても、時速四十キロで走る自動車のタイヤ以上のスピードで。

そして即座に立ち上がる為に跳ね上がる。

その瞬間を「アシャ」は逃さなかった。


「体が浮いちゃあ、攻撃はかわしようがねえよなぁ!」

宙に浮かぶのは一瞬だった。
それでも彼らにとっては数十秒の価値があった。
そして「アシャ」が手刀を振り下ろした。


「動けへんのは、普通の奴や!」

手刀は椋池の体をかすめることすら出来ずに空を切った。

「なッにっ!?」

「こんなことかて出来るんやで!」

椋池は何も無い所を蹴って、攻撃をかわしていた。
そして、橋から落ちそうになるも、再び、全く足場の無い所を蹴って舞い戻ってきた。

「手前、一体……!」

「何や? 知らんかったんか? 俺らは『虚蹴(うつろげり) 』言うとる。
 簡単な話や、空気を蹴った。それだけや」

「簡単……ね。口で言うだけならな……」

「さて。今度は俺の番やな」

「……へっ、体術がスゲェのは分かった。だがな、それだけじゃ俺には勝てねぇ! 絶対にな!」

「それぐらいわかっとる。そのまま殴ったところで、こっちが痛い目見るだけや。
 そんなら……」

椋池が橋に手を付いた。

「こういうんは、どうや!?」

ズシッという音と共に、橋が大きく揺れた。
と思ったのは気のせいで、実際には、もっと怖ろしい事が起こっていた。


「な……これは……」

「喰ろォてみぃ、『ウェイブ』!」



橋が、椋池を中心に、まるで池に石を投げ入れたように波立っていた。
その「波」が、次第に大きなものとなって、「アシャ」に激突した。

「ぐあぁっ!」

「石の質感はそのままや! 波に乗れん奴は沈んでまうで!」

「波」は「アシャ」を壁まで運んで行った。

「どや。これが俺の能力や」

「……っのやろォ……」

「一発で形勢逆転やな。ダメージもでかい筈や。大人しく、進ませてもらおか」

「そう易々と負けを認める訳がねぇだろ!」

「アシャ」の体から炎が漏れだした。

「そこを認めな、死んでまうで。もう炎を己の内に閉じ込められてへんやんけ」

「……ちっ、あれだけでここまで喰らっちまうとはな……
 だが、あくまでもどっちかが倒れるまでは、戦ってもらうぜ!」

「無駄や。今ならそう深刻な傷にはならんのやから、さっさと諦めぇ」

「それじゃ駄目なんだよ……。俺が認められない。納得出来ない」

「……しょーもないやっちゃなぁ。ええわ、やったる。おどれの本気で来い」

「とっくに出してたさ。言ったろ、手を抜けねぇって」

「せやから、本気の本気で来い言うとんねん」

「……! ははっ、感謝するぜ!」

そして、「アシャ」の体から炎が放出され、それが掌に凝縮されて集まった。
「アシャ」はその炎を椋池目掛けて放った。
それは、あまりにも鈍く、空中を進んで行った。

「なんや? 最初に使ってたヤツか?」

「そんな訳ねぇだろ!」

小さな炎の塊が椋池と「アシャ」の中間まで進むと、突然、轟音をあげて爆発した。

「!! こりゃあ……!」

ただの爆発ではなく、爆風ですら炎で出来ていた。
その炎塵は辺りを包み込み、視界を燈色で覆い尽くした。

「この熱気と視界の悪さで、俺を捉えられるかぁ!?」

炎の煙の中に、「アシャ」が飛び込んだ。
(反撃の機も与えねぇ! 一撃で決めてやる!)

「……阿呆が……」


「アシャ」に、妙な感覚があった。
微弱な電気を受けたような。
痒みにもならないような弱々しい衝撃のような。


「見つけたで! 後方、仰角60度!」

「な……に……」

椋池は拳を構えた。

「『圧拳』+『ウエイブ』の衝撃波―――」

「くそっ!」

迷いなく自分の方を見た椋池を前に、「アシャ」は防御の体勢をとった。



空気が歪んだ。
それと同時に「アシャ」の全身は、異常な衝撃に襲われた。

炎が大口を開け、そこから吐き出されるように「アシャ」が飛び出した。
そのまま天井近くの壁に叩き付けられる。
その衝撃は、壁をも貫いていた。
「アシャ」と共に、大量の壁の破片も崩れ落ちた。



「―――『空塊拡砲』 ……強烈やろ。ドツキ漫才とは訳が違うで」









第二十七話
END


第二十八話に続く





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