第二十六話
アヴェスタ
5:金の成る身






「ふぅ〜、今どこら辺やろか。
 結構上って来たと思うんやが」

リョウチが階段を上りながら、一人呟く。

「こないにデカい城のクセして全然敵とも会わへん。
 罠とかもあらへんみたいやし、どうなっとるんや?
 ……っと!?」

城内に、池があった。
それも尋常な大きさではなかった。
たった一本、今まで来た道と繋がって、向こう岸まで続いている橋が架かっている。
どうやら、それしか道は無いらしい。
橋を慎重に歩いていく。その時、ある事に気が付いた。

「……ん? この臭い……油みたいやな。
 灯油か何かでも使っとんのかいな、この池は」

「その通り!」

唐突に声が聞こえたかと思うと、斜め上方から、小さな火球がいくつか降ってきた。

「な、何や!?」

火球が池に落ちる。
その瞬間、池の表面を炎が走り始めた。

火炎の疾走は、あっと言う間に巨大な池を一周し、
先程まで池だったのが、文字通り火の海と化した。

「だァーちゃちゃちゃ! 何さらしとんねん、おお!?」

「なあに、火葬の手間を省くだけさ!」

リョウチが声のした方を向くと、空中に人が立っていた。

「それがお前の能力なんか?」

「いいや、これは簡単なトリックさ。
 ありがちなモンだが、糸を使ってる」

「手の内バラしてもーてええんか?」

「………あっ! しまった! 汚ねェぞ、誘導尋問か!」

「いやいやいやいや。何も誘導しとらん。
 それよか、お前の能力は何なんや?
 さっきの火の玉か?」

「その通り! あれだけじゃないぜ。その気になりゃ今、この火の海だって操れるんだからなぁ!」

「ほー、そら凄い。けどそこまで出来るって隠しといた方がよかったんちゃうか?」

「………おのれ……また誘導尋問……」

「言う思ォたわ! おどれが勝手に喋っとるだけやないか!」

「黙りやがれ! 質問したのは手前だろーが!」

「あ、それもそやな。質問にはちゃんと答えなー言うて死んだ母方のお祖母ちゃんが……、
 ってアホか。敵に自分の秘密ほいほい喋くってどないすんねん」

「う……それもそうか……」

「ったく、おもろいやっちゃな〜。コンビ組めば売れるんとちゃうか?
 まあええわ。とりあえず、ここ通らしてもらうで」

「なっ、馬鹿野郎! 誰が通すか! 変な言葉遣いしやがって!」

「関係あれへんやろ、言葉遣いは!」

「ええい、どうだっていい! 兎に角、ここは通さねェからな!」

叫び、先程より大きな火炎球をリョウチ目掛けて放った。

「やかましい! 俺が通る言うたら通るんや!」

そう言って、リョウチは跳んでくる火炎球を足一本で蹴り飛ばした。

「うおっ! 何て奴だ! あれを避けるでもなく、蹴っ飛ばすなんて!」

「お〜、あっつ〜。中々の火力やな、こりゃ」

足に少しだけ点いた火を叩き消しながら呟く。

「……へっ、久しぶりに骨のある奴と出会えたぜ。
 名前を聞かせちゃあくれねえか?」

「人に名乗る時は……」

「おっと、まずは自分から名乗らなきゃな! 俺はアムシャ・スプンタ第三位『アシャ』!
 真実、正義を意味する!」

「正義の燃える血が〜、言う事で火の能力か?」

「ちゃうっ! じゃねえ、違う! アシャは『聖なる火』の守護神なんだよ!」

「ほ〜、そうかそうか。で、本名は?」

「そ、それだけは死んでも言わねえ!」

「おや、珍しいなぁ。答えへんとは」

「あんなダッセェ名前なんか、アシャの名を貰った時に捨てちまったよ!
 そんな事より、手前の名前も聞かせろ!」

「俺か? 俺は椋池言うねん。ほなな」

「っ待てぇ! 勝手に通り過ぎようとしてんじゃねぇ!」

「え〜、ちゃんと名乗ったやん」

「そうじゃなくて、ちゃんと名乗って、しかも俺と戦え!」

「え〜、メンドいな〜。……しゃーないな〜……」

頭を掻き、上を見上げ、悪意の無い笑顔で言った。

「『時間亡失(ロスト・エイジ) ・Bloody 2nd』
 そいで、元懸賞金890万、
 付いたあだ名が『大津波』
 武石 椋池や。よろしゅうな」

「賞金首だと……? しかも、900万の……!」

「『元』や『元』」

「付いたあだ名が『大津波』……。
 まさかっ、手前、水使いか!?」

「それやったら楽やねんけどな。残念ながら違うんや」

「なら、どういう……」

椋池も首を捻って言った。

「俺もよお分からんねんけどな。多分、俺が戦った後の状態が、津波の時と一緒やったんとちゃうか?」

「……へっへっへ……コイツは、骨があるどころじゃなさそうだな……」

「ほなら、やろか。火遊びなんかしとったら寝小便たれる言う事、教えたる」

「……上等ォ!」








「う〜ん……困ったわねぇ……」

特に困った様子もなく、笑顔のままミヤが言った。

「出口は何処にあるのかしら」

ミヤのいる大広間には、出口がなかった。

ドーム状に広がるその部屋には、自然が広がっていた。
小動物や虫が戯れ、花が咲き乱れ、草木が生い茂っている。

「お城の中なのに、随分綺麗な所ね〜」

「……そうでしょうね」

「あら? 誰かいるの?」

スッ……と木の陰から小さな人間が二人、出てきた。
子どもだった。十歳前後だろうか。

「ようこそ、僕達の空間へ」

「あらあら、あなた達のお部屋だったのね。お邪魔します」

にこりと微笑んで、二人の子どもに挨拶をした。

「ふあっ? え、あ、い、いらっしゃい……」

男の子の影に隠れて、彼より少し年下であろう女の子が挨拶を返した。

「うふふ、可愛い子ね。何でこんな所にいるの?」

「え、えと……それは……」

女の子が答えようとすると、男の子がそれを遮り、言葉を発した。
「そんなに気軽に話さないでください……やりにくくなります」

「やるって、何を?」

相変わらずの、のほほんとした調子でミヤが言う。

「分からないんですか!? 何故、僕達がこの城にいるのかが!」

「あらら? 何か怒らせる事、言っちゃったかしら」

「だから、違うんです! 僕達は、あなたを殺さなくちゃならない!」

「殺す? どうして?」

いつまでも優しく話しかけるミヤに、男の子は耐え切れなくなって、涙を流した。
つられて、女の子まで泣き出してしまった。

「そんなに優しく話さないでください! あなたを殺せなくなってしまう!」

「どうして、私を殺さないといけないの? 教えて?」

「そんなことは、あなたに話す必要は無いって言ってるんだ!
 お願いです……」

部屋の空気が止まった。
男の子は、涙を流しながら、笑って言った

「お母さんの為に、死んでください」

先程まで活発に動き回っていた動物達が、ぴたりと動きを止めた。

「僕はアムシャ・スプンタ第二位『ウォフ・マナフ』。動物の守護神です」

女の子も、泣きながら、震える声で名乗った。
「うっ、えっく、わ、私は……ひっく、アムシャ・スプンタ第五位……ひっく、
 『クシャスラ・ワルヤ』……天の王権の……うっ、えっ、象徴……」

そう言うと、女の子の両腕から、それぞれ一本ずつ、骨のようなものが生え、
それが背中まで達すると、たちまち羽毛のようなものがそれを包み、大きな翼へと変貌した。
女の子は、涙を拭って言った。

「お姉さんの名前も、教えて? 死んじゃった人の名前、ずっと覚えてなくちゃいけないの」

ミヤは、少し寂しそうな表情を一瞬だけ見せ、すぐに笑顔に戻って、質問に答えた。

「『時間亡失(ロスト・エイジ) ・darkness 1st』そして……」

一度口篭り、息を吐き出してから、続きを言った。

「そして……元懸賞金1600万。『首切姫』って言われたわ。
 樹水 魅夜って言うの」

「1600万っ……!」

「くび……きり……ひめ……!」

「驚いた? ごめんなさい。殺人鬼だったの、私。
 でも、言い訳になっちゃうけどね、全部、正当防衛なの。
 でも、あの頃は、怖くて、加減が出来なかったの。
 信じてくれる?」

「……信じます」

「本当?」

「はい……僕、人より嘘を見抜くのが上手いから……」

「良かった。ありがとう、信じてくれて」

魅夜は、そう言ってまた、優しく微笑んだ。

「そんな風に言わないで下さい! お願いだから!」

「ウォフ・マナフ」がそう言うと、一つの咆哮が聞こえた。
そして、地面を踏みしめ、猛獣が現れた。

百獣の王。

ライオンが。
魅夜の倍ほども大きさがある、ライオンが。


「もう何も話さないで! あなたはただ、この子に引き裂かれて死んでいくだけなんだから!
 抵抗しなければ、楽に殺してあげるから……」

涙を零し、声を震わせながら「ウォフ・マナフ」が叫ぶ。
「クシャスラ」も、流れる涙をそのままに、翼を使って宙へと羽ばたいた。


「最後に、言わせてください……」

微笑んだまま、魅夜が問う。

「なあに?」

その問いに「ウォフ・マナフ」がポツリと答えた。



「ご め ん な さ い」









第二十六話
END


第二十七話に続く





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