第二十三話
アヴェスタ
2:目標、最上階






「特に城内に仕掛けがある訳でもなさそうね〜」

「何を呑気に言っとんねん、ミヤよ」

「慌てたってどうこうなる訳でもないじゃない?」

長い長い廊下を走りながら、二人が会話していた。
黒人と麗はその二人の後に続いている。

「………」

麗の顔には些か焦りが見える。

「心配なんすか?」

「……う〜、そうじゃないって言ったら嘘になるね。
 相手もなんか普通じゃ無い感じだったし。
 気付いてた? あの女の子、瞳が無かった」

「確かにあれはヤバそうだったっすね。けど……」

黒人は前を向き、言った。

「あの人がその程度で動揺して負けるとでも思ってんすか?」

「……そうよね、アイツの胆の太さは尋常じゃないしね」

麗も前を真っ直ぐと見据えた。


「……せやせや! 一つ大事な事言うん忘れとった!」

リョウチが突然足を止めた。

「うわっ! ……いきなり止まらんでください!」

「悪い悪い、すぐ話は終わる」

「なになに、また悪知恵?」

「そら無いやろ、麗ちゃん。『悪』は余計や。
 ……とにかく、や。今の所は何も起こっとらんけど、何時何が起こるかわからへん。
 ひょっとしたらバラバラに行動せなあかんかもしれへん。
 その時の行動やが……」

と、話そうとしたその時。

「いたぞー!」

「な、なんや!?」

「……! 奴等か!?」

「ヤバッ、凄い数! あれ全部、能力有り!?」

「今戦ってる時間は無いわよね〜。杏ちゃんが心配だし」

「ほなら逃げるで!」

四人は一斉に走り出した。


背後から怒声と共に、数十の人間が迫って来る。
四人はそう簡単には追いつかれないが、やがて、逃げ場を失くした。

「は、挟まれちゃったよぉ……どーすんの!?」

「そういえばリョウ君、さっき何て言おうとしたの?」

「あ!? こんな時にかいな! ……全員迷わずてっぺんまで行けっちゅうこっちゃ!
 恐らく嬢ちゃんは上にいる!」

「なんでそんな事分かるの?」

「こういうデカイ城を構える奴は人質を上に置たなるモンや!」

「あ、ホントだ」

黒人が何時の間にか「図」を発動させていた。

「うわっ……久しぶりね、この感覚!」

「杏ちゃんは頂上みたいっすね」

「そや! クロ助! お前、先にそれで向こうまで跳べ!」

「そっか! それがあれば……!」

「……無理っす」

「な、なんでや!」

「家に来た奴が言ってました。『間を飛ばせばゲームは成り立たない。
 そちらがゲームのルールを破れば、人質も生かす必要は無い』って」

「……くそっ! クロ助の能力を知っとったんか!」

「だから、こいつらの相手は俺がします。引き付け役って奴?」

「な……、この数をか!?」

「大丈夫なの?」

「って言うか、前も後ろも塞がってるのに、どうやって進めってのよ!」

「麗さん、それはあんたに頼む」

「えっ!?」

「あんたの能力なら、出来る筈だ」

「……! そっか、『スケルトン』なら……!」

「さあ! 行ってくれ!」

「心配はいらんと思うが、気ィつけぇよ!」

「言われなくても!」

「行くよ!」

麗が勢い良く前方の集団に突っ込んだ。
それも並大抵の勢いではない。
弾丸並の猛スピードで、だ。

すると、前方を塞いでいた集団が、真っ二つに分断されたように分かれてしまった。

「ハハッ、モーゼかいな! 海を割るっちゅう!
 さしづめ、人の海を割ったっつートコか!」

「さあ、二人も行ってくれ!」

「おうよ! 行くで、ミヤ!」

「うん、気を付けてね、黒人君」

そう言って、二人も消えたかの如きスピードで、行ってしまった。

「さて、諸君、いきなりで悪いけど、帰ってくれんか?
 大人しく退いてくれりゃ害は与えない」

「こいつ、馬鹿な事言ってやがるぜ! この数相手にどう戦うってんだよ!」

大きく伸びをして、息を吐き出し、黒人は不敵に微笑んだ。

「俺と戦う奴はいつもそう言う。最後には例外なく泣きながら命乞いするけどな!」

黒人が地面を蹴った。








「ちっ!」

土の塊が次から次へと迫ってくる。

「逃げてばかりでは、何も出来ないのでは? 先程の言葉は嘘だったのですか?」

「はッ! アールマティ、大地の守護神って言うだけはあるな! だが……」

降ってきた岩を見る事もなく撃ち落とし、身体を深く屈めると、一気に下半身の力を爆発させた。
足元の土を激しく跳ね上げ、一瞬で「アールマティ」の目前に迫った。

「お前自身がトロくちゃあ能力は生かし切れねェなァ!」

そして、頭部に五発、容赦なく撃ち込んだ。

「この距離なら威力も抜群だろ?」

倒れた「アールマティ」にさらに五発、撃ち込む。

一旦離れ、様子を伺う。

すると。


「ちっ、厄介だな……」

「あまり、驚かれないのですね」

「驚く要素が何処にある」

「頭部を撃たれ、生存している人間を見ると、普通は驚かれると思いますが」

「そりゃ、普通の胆の持ち主だ」

「そうですか。では、戦闘を再開いたします」

その言葉と共に、静寂が破れ、大地が咆哮した。

「ちっ!」

迫る大地を前に、霧玄は体勢を崩された。

「スキ有りです」

そこにすかさず、岩の雨が襲い掛かる。

「んなろォ!」

崩れた体勢で、それらを次々と撃ち落としていく。

「素晴らしい精度。侮れませんね」

「当たり前だ。皆に銃の撃ち方を教えたのは、俺なんだぜ」

数十メートル離れた所から、一発、発砲した。

弾丸は、障害物を全てすり抜け、「アールマティ」の眉間に命中した。

「その精度は、少々厄介かもしれませんね」

「……ちったァ驚けよ」

「驚く要素が何処にあるのでしょうか」

「ヘッ、言ってくれる」

「では」

突然、霧玄の足元が沈みだした。

「これは……」

それから逃れようと霧玄が地面を蹴ろうとしたが、泥のようになった地面に足を取られ、
上手く蹴る事が出来ない。

やがて、霧玄は足を完全に拘束されてしまった。

「やられたぜ。硬くなるだけが大地じゃねェってのを忘れてた」

「偉大なる大地は柔軟性も頑強さも併せ持ちます。
 これを失念された貴方の負けでございます。
 せいぜい、そのご自慢の銃捌きで足掻いてみては?」

今までで最多、最大の岩の雨が霧玄に襲い掛かった。

「おおおあああぁぁ!」

霧玄も負けじと、これまでで最速、最高精度で迎え撃った。

しかし、岩の数があまりにも多すぎる。
弾丸が切れると、カートリッジを入れ替える暇もなく、岩石が降り注いだ。

「全三十五弾、対象の埋没、死亡を確認致しました」


巨大な岩が幾つも重なり、霧玄のいた場所を埋め尽くしている。

まるで石舞台古墳のようだ、と言えば分かり易いだろうか。
それは粗末な墓石のように積み重なっていた。

「では、母なる大地よ、怒りを収め、静寂へとお戻り下さい」

「アールマティ」が言うと、大地がまるで何事も無かったかのように、元に戻ってしまった。

霧玄を埋めた岩石を残して。



「戦闘を終了、私は眠りに着きます……」

「アールマティ」が元いた所へ戻ろうとした。

大地が慟哭している。

「……?」

「アールマティ」は微かな違和感を感じた。

大地が慟哭している。

「母なる大地よ、どうか静寂をお保ち下さい」

「アールマティ」は言った。

大地が慟哭している。

「どうされました、母なる大地よ……」


大地が、慟哭、している。

「大地よ、どうかお静まりくださ……」


「アールマティ」は息を呑んだ。



「ようやく、胆を冷やしたみたいだな」

岩盤を反射しながら届いたその声と共に、大地が再び咆哮した。



幾つもの岩を跳ね上げ、その中心から弾丸が発射された。

銃声は一発。弾丸は五発。

全て同じ箇所。

五発全弾が「アールマティ」の首に。
頚動脈を狙った一線上に。
その中央の一箇所に、ピンポイントで。
同じ箇所に、命中した。


「勝手に殺すんじゃねェよ」

「対象の生存を確認……再び……戦闘を……開始……」

怒りと取れる表情をして、「アールマティ」は再び地に下りた。

「ホンッとにダメージねーのな。こりゃなんかカラクリ有りか?
 ……ん……?」


「アールマティ」の首から―――先刻霧玄が弾丸を命中させた箇所から―――何かが零れ落ちた。

それはどうやら土のようだった。
皮が剥がれたように、パラパラと落ちている。


「……ははぁ、成程な!」

再び、霧玄の足元が泥のようになった。

「同じ手を喰らうかよ!」

霧玄は足元に弾丸を撃ち込み、その弾丸を蹴って宙に跳んだ。

「……! 莫迦……な……」

「ああ、普通の奴にゃ無理だろうな! だが、俺には造作もねェこった!」

「だ、大地よ!」

四方から土の塊が霧玄を押し潰そうと迫ってくる。

「無駄に決まってんだろーが!」」

懐から何本ものカートリッジを取り出し、宙にばら撒いた。

「こいつら喰らって、踊りやがれェ!」



始めに、銃に込められていた弾丸を全て撃った。

撃ち終わったカートリッジを捨てるように射出し、

空中で、先刻投げたカートリッジを直接銃に接続した。

「まだまだァ!」


さらに撃ち込む。

弾が切れれば、カートリッジを入れ替える。

霧玄が銃を振り下ろすと、そこに当然のようにカートリッジが存在する。
そして、一切の操作無しに、いとも簡単に銃と一体化する。

正位置で五十。
天地逆転で五十。


「そん……な……」


弾丸で全てを退ける事は不可能だったが、塊は粒となり、砂となって、
殺傷力は皆無になった。

「ペッ、畜生、口まで砂だらけじゃねーか」

砂を払いながら、霧玄が「アールマティ」に歩み寄る。

「あ……」

一歩さがった「アールマティ」を見て、霧玄は笑った。
殺気をふんだんに込めた笑顔だった。

「今更恐怖を感じたか? だがもう遅い。
 俺の能力、見せてやろう。なあに、大したモノじゃない。
 仲間内では全然無力さ」

もはや、「アールマティ」は、霧玄の目を見ただけで動けなくなっていた。



そして、霧玄は能力を解放した。








第二十三話
END


第二十四話に続く





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