第二十二話
アヴェスタ
1:Invincibility
既に廃墟と化したその街の中央に、巨大な窪みがある。
その中心部に聳える、城。
窪んだその土地にありながら、周囲の山々も越えるような巨大な城。
「あれか……」
黒人は城を眼前に見下ろしていた。
「こんなでけェ城の何処にいるってんだ?」
じっと城を見下ろしている黒人の周囲を幾千人もの人間が取り囲んでいた。
しかし、黒人は気に止める様子を見せない。
やがて、その集団の中から一人が、黒人に歩み寄った。
恰幅のいい初老の男性だ。
「貴方も入信者ですかな?」
その声に、ようやく気が付いたとでも言うかのように黒人が振り向いた。
「入信者? なんかの宗教なのか、ここは?」
「おやおや、何も知らずに来られたのですか?
これも神の思し召しなのでしょうなぁ。
このお城は、我々のような下の者では入る事すら叶わぬ神聖な社。
憧れるのは無理もありませんな」
「……なあ、おっさん」
「はい?」
「ここにさ、女の子が連れて来られなかった?」
「はて? そのような覚えはありませんがね」
「あ、そう。じゃあいいや」
黒人は後ろに一歩、踏み出した。
そのまま後ろに倒れこむが、背後には城の聳える巨大な窪み。
「あ、危な……!」
そのまま黒人の姿は見えなくなった。
「た、大変だ! 人が落ちたぞ!」
慌てて下を覗きこむ。
しかし、眼下に広がるのは、広大な土地と、聳える城の最下層。
人影は見当たらない。
「お……や……?」
先程まで言葉を交わしていた青年は何処へ消えたのか。
不可思議に思い、辺りを見回してみるも、青年の姿は見つからなかった。
「今のは、いったい……? まさか、神の使いでは……!」
震えを押さえきれない男は好き勝手な事を皆に言う。
「私は、神の使いと対話した! これで私も、彼の方々の仲間になれる!」
やがて、我慢できないように、一人の男が笑い出した。
歳は二十前後だろうか。
「ぶっ……っははははは! おいおいおいおい!
聞いたかよ『レイ』! あいつが神だってよ!」
「コラッ、あんまり笑っちゃ駄目だよ、『ムゲン』!
この辺の人達は騙されてるだけみたいなものなんだから」
大声で笑う男を制止したのは、見た目男と同じぐらいの歳の女だった。
「だ……誰だ! この、神の一員に認められた私に向かって!
そ、そうか、私を妬んでいるのだな!」
「あ?」
男の顔つきが急に変わった。
目にはたっぷりと殺気が込められている。
「勘違いも甚だしいぜ〜。おっさん、馬鹿か? 重症なら治す手伝いでもしてやろうか?」
と、懐から拳銃を取り出し、銃口を真っ直ぐ突き付けた。
自動式拳銃で、口径はさほど大きくない。
「え、あ? ひ、ひぃっ!」
「来世からはせいぜい変な宗教には入らないようにするこったな」
男は引き金を引いた。
「止めなって、そーゆーの」
銃口の先に一本、指が置かれていた。
傍らにいた、女性の指だった。
どういう訳か、弾丸は誰にも当たらずに何処かへ飛んだらしい。
「もういいから私達も行くよっ! 杏ちゃんも心配だし!」
そう言って女は男の耳を掴んで引きずって行った。
「だーっ! 耳を引っ張るな、耳を!」
「あ、そう。じゃあ……」
「髪も駄目に決まってんだろ!」
あれやこれやと言っている内に、二人とも城の方へ行ってしまった。
人々は、唖然とそれを見ているだけだった。
老齢も近い男性は、何故かより一層老けて見えた。
「何だ? いきなり広い。……っつーか、外と同じような状態じゃねーか」
黒人は入り口に立ち、中を見回した。
草木は伸び放題。
殆ど手入れはされていないのだろうか。
周囲を見回すと、人影が二つ、黒人のすぐ隣に立っていた。
若い男女だった。
男は長身で、短めの黒い髪をしている。
女は腰の辺りまである黒い髪をしていて、常に笑顔で佇んでいる。
「……おわっ! ミヤさん! リョウチさん!」
「おう! 久しぶりやな」
「うふふ、久しぶり」
「……気配消して近付くこと無いじゃないすか」
「すまんなァ、キミの驚く顔が見たかった〜っちゅうやつや」
「……ったく、相変わらずなんすから」
すると、黒人が二人の方に向き直り、頭を下げた。
「……お久しぶりです。お二人とも」
「ふふ、良いのよ、そんなにかしこまらなくて。
元気みたいで良かった」
「来んのはえらい遅かったけどな」
「あれ、そういや、何で此処で待ってたんすか?」
「……あれや」
「あれ?」
黒人が指の指された方向に目をやると、一人の女がいた。
しかし、大地に足が着いていない。
いや、足そのものが黒人の視界に入っていない。
彼女は、蔓が絡むその壁に埋まっていた。
しかし、よく見ると、埋まっていると言うより、壁と同化しているように見える。
「あれが、どうかしたんすか?」
と、壁の女が目を開き、黒人に向かって話しかけた。
「ようこそ、『アヴェスタ』へ」
「おわっ、喋った」
「お名前を伺います」
「あ?」
「教えたれ」
「はあ……。
黒人。
明無 黒人」
「『アケナシ クロト』様。承認いたします。
では、残る『オリノ レイ』様、『ショウグ ムゲン』様、
以上の両名が御来場されるまで、今しばらくお待ちください」
「はぁ!? 何でだ?」
「これは『総力戦』でございます。
全ての戦力が揃うまで、戦闘は開始いたしません」
「総力戦だってんなら、杏ちゃんを返せよ。
あの子も戦力だろ?」
「彼女はあなた方六人の内、最も戦闘能力が低い。
それも、あなた方にとっては戦力と数えられぬ程に。
したがって、彼女は我々の大切な『カード』として扱わせていただきます」
「『カード』だと?」
「あなた方は、このような手段を取らなければ決して応じぬと存じておりますので」
「そうだな」
扉の向こうから声がしたかと思うと、続いて銃声が一発、広々とした空間に響いた。
銃弾は、女の額に命中した。
「これは……!」
「ムゲンか!?」
扉の向こうから、銃をしまいながら男が歩いて来た。
少し遅れて、女が一人、男に飛びついた。
「ちょっと、あんた! いくらなんでも外道過ぎよ!
いきなり撃っちゃうなんて!」
そう言って男の首を絞める。
「し……、しょうがねえ……だろ……。ありゃ敵なんだか……ら……」
「あ、死によった」
「死ん……で……ねェぞコラァ!」
いきなり元気良く叫びだした。
「冗談やがな〜。いっつも機嫌悪いのぉ、お前は」
「うるせェ! 鼻の穴を一つ増やしてやろうか!?」
「なんや〜、久しぶりに会うたのにえげつない事言いおってからに」
二人の間では険悪なのかただじゃれているのか分からない不思議な空気になっていた。
「あらら、仲が良いのね」
「おう、ええで〜」
「良くねェよ!」
「いやいやいや、早く杏ちゃん助けに行かなきゃ」
「あ、ああ、悪ぃ……」
「それに、何てことしてんのよ! あんな女の子殺しちゃうなんて!」
「馬鹿言うなよ! ありゃ敵だぜ! それに……」
さらに銃を構える。
「あんなモンで死ぬタマにゃ見えねェしな!」
さらに弾丸を撃ち込む。
銃声が止むと、静かに、穏やかに、事務的な声が聞こえてきた。
「お名前を伺います」
「……照倶 霧玄」
銃のカートリッジを入れ替え、名を名乗る。
「死んで、ない……」
「『ショウグ ムゲン』様、承認いたしました。
……そちらの御方は?」
「……織野 麗よ」
「『オリノ レイ』様、承認いたしました。
これで全員の来場を確認」
「で、これで通っていいんだな?」
「ええ。しかし……」
突然、霧玄の周囲の地面が隆起し、包み込んでしまった。
「霧玄!」
「霧玄さん!」
「『ショウグ ムゲン』様は、私への発砲行為より、私への敵意有りとみなし、
削除の対象となります。他の方々はお進み頂いても、構いません。
勿論、私と戦っても構いません。五人相手でも私に問題はありません」
「ちょっと! 霧玄を放してよ!」
「そうされたいのならば、私と戦って頂く事になります」
そう言うと、女は壁から離れ始めた。
四人が戦闘体制になったが、霧玄を包んだ岩壁から、声が聞こえてきた。
「お前らは先に行け! こいつは俺一人で殺る!」
「で、でも霧玄……」
不安気に麗が言うが、まるで聞き入れないかの様にさらに声が続く。
「さっさとあの嬢ちゃんを連れて来い!」
その声に気おされ、麗が少したじろいだ。
「……わ、分かったわよ。でも、負けちゃ駄目だからね!」
「ったりめーだ! 俺がこんな奴に負けるか!」
「行くよ、麗ちゃん!」
ミヤに手を引かれて、麗も城の奥へ向かった。
「ホントに、ホントに負けたら承知しないんだからね!」
そう言い残して、最初の扉を抜けて行った。
「行かせてしまって良かったのですか?」
土がまるで生きているかのように元の状態に戻った。
「お前一人殺すのに、何人も必要ねェよ」
そう言って、霧玄は懐からもう一丁の銃を取り出した。
女は礼をして、名を名乗った。
「冠する名は『アールマティ』。本名は、もし貴方が私を倒せたなら、教えて差し上げましょう」
「いちいち礼儀正しいこったな。そういう奴が一番ムカつくぜ。
まあいい、先刻も言ったが、名乗っとくぜ。
照倶 霧玄。お前が次にこの名を聞くのは、無間地獄で焼かれてからだ!」
二挺の銃を構え、霧玄は凶暴な顔つきで笑った。
第二十二話
END
第二十三話に続く
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