第二十一話
GOD






暗闇を歩く。
見えるものは何も無い。
ただ、浮かび上がってくるとしたら、それは天国か地獄の入り口。

そうそう、もう一つだけ。

全く違う、同じ世界。





彼女は、家にいた。
能力を「与え」て回るのは止めた訳ではないようだが。


「久しぶりだな、『化物フリークス
いや……『異形(フリークアウト) 』」

「うるせーよ。そうしたのはお前だろーが」

「能力の成長には私は関与していないだろう。私とてお前がそこまでの飛躍を見せるとは思わなかったさ。
 ところで、今どれ位まで増えた?」

「……36だ。また増えやがったよ。妙な事件に出くわす事もあったからな」

「ははは、ここまで収拾がつかなくなると寧ろ不便だな」

「もういいだろ、俺の事は。それよりも、頼みがある」

「なんだ、珍しいな。まあ、他ならぬお前の頼みだ。可能な範囲でなら聞いてやっても良いぞ?」

「なら、今どれ位の人間に能力を『与え』た?」

「ん? ん〜、そうだな、なんせお前達にとっては気の遠くなる程の時間だからな。
 今生きてる奴なら、二、三百人程じゃないか?」

「途中で死んだ奴は?」

「千人はいるかもな」

「……もう十分だ。もうこれ以上『与え』るのは止めてくれ」

「何故だ? 張りのある相手がいないと人生つまらんぞ?」

「もうお前がいくら『遊び相手』を作っても意味はねェんだよ。必要も無い」

「ほう?」

「戦闘狂ならまだしも、理由も無しに無駄に戦うのは好きじゃない」

「それ程の能力を持ってもか?
 人間は他と隔絶した力を手に入れると、必ず試したくなるだろう。
 その圧倒的な力を実感するために。
 お前とて例外では無いはずだが」

その問い掛けに、黒人は少し考えてから、一言だけ答えた。

「もう、飽きた」

「……フ、クク、アハハハッ!」

フィスキーナは堪えきれなくなったように笑い出した。

「飽きた? 飽きただって!? それは面白いな!
 ……ハハ、良いだろう。私も、見届けさせてもらおう」

「じゃあ……」

「ああ、良いだろう。新たな能力者は増やさない。
 また必要になれば幾らでも作ってやるが、な」

「ああ、その時はその時だ。兎に角、今は俺達の世界に余計な手出しはしないでくれ。
 それだけだ。約束は守ってもらう」

「良いとも。誓約書とやらを作ってもいい」

「……なんかイマイチ信用できねーな」

「そうか? それならば、代わりにいい事でも教えてやろうか」

「いい事?」

「なに、大した事ではない。お前にとってはな」






「今頃フィスキーナさんとお茶でも飲んでるのかな……」

柔らかい日差しの昼下がり、杏は膝を抱え、何をするでもなく寝転がっていた。
今日は客も来ない。
特にする事も無い。
だから今、呆けた様に寝転がっている。
それでも、なんだか分からないが、ひどく落ち着くのだ。

―――こんな日も、たまには良いもんだなー。

すうっと瞼を閉じる。
ものの五分と経たない内に、杏はぐっすりと眠ってしまった。

「……むにゃ……」




家の中に静寂が訪れる。
外では子ども達が元気に遊ぶ声や、小鳥の囀り、飛行機が遥か上空を飛ぶ音。
それらは全て、心にゆとりを持たせてくれる。



「ごめんくださーい」

叫ぶような声で、杏は飛び起きた。

お客さんだ。

慌てて出る。
待たせてしまっていたのだろうか。

そうして、急いでドアに手を掛けた。



「音日 杏様でいらっしゃいますね?
 ……お迎えに上がりました」






「お前達は、数人で寄り集まって生活しているな」

「ああ、そうだけど?」

「お前達同様、なんらかの組織を作っている奴等がいる。
 それもかなりの規模だ。当然、能力者が幹部以上を占めている」

「大層なこったな。それで? そいつらが世界をひっくり返そうとでもしてるってか?」

「まあ、そのようなものだな。この間、そっちに行った時に何故か崇められたよ」

「だからどうだってんだよ。俺達にゃ関係無いだろ」

「ところがそうも言ってられないぞ。奴等はお前達の存在に気付いている」

「俺達の?」

「ああ、お前達が、能力を持っている事をな。
 お前達の存在は邪魔だと思っているようだった。自分達の計画の妨げになると、な」

「だから近々攻めて来るってか? 面倒臭ェな」

「ところがそうも言ってられなくなるんだな、これが」

「何でだよ」

「お前、あのお嬢ちゃんはどうした?」

「どうしたって、家に……」

「そうか、それは良くないな」

「……まさか、もう動き出してんのか!?」

「私が認めたお前を含めた六人の中で最も弱いあのお嬢ちゃんのことだ。
 一人になるとあっと言う間に……」

全て言い切る前に、既に黒人の姿は消えていた。

「人の話を最後まで聞けというんだ。
 ……私は人では無いが、な」






周囲に極力影響を与えない速度で走る為、やや家に戻るのに時間が掛かった。
急ぎドアを開け、中に呼びかける。

「杏ちゃん!」

静寂を裂くようにその声が響く。
しかし、返事が無い。
やはり、何かが起こったのか。

と、少し間を置いて、中から物音がした。

「あれ? どうしたんですか?」

杏の声だった。
いつもと変わらぬ優しげな笑顔。


「ああ、いや、ちょっとな」

杞憂だったのか。
そう思って玄関に足を踏み入れた。

「うふふ、変な黒人さん」



靴を脱ごうとした黒人の手が止まった。

「? どうしたんですか、黒人さん?」

「な る ほど」

「何がですか?」

「何がだと思う?」

黒人の「圧力」が、滲み出る。
それにより、杏が叩きつけられるように地面に伏す。

「な……何を……」

「苦しいか? 死にそうか?
 おかしいな。あの子には無理な負担を与えない為に、
 耐性を付けるよう鍛えてやった筈なんだけどな」

「……フフ」

杏がやや低い笑い声を発したかと思うと、その身体が溶ける様に崩れた。

「お見事。そういう判別法があるとは」

「あの子はな。俺の事を『くろさん』なんて呼ぶんだよ。
 何度言ってもちゃんと俺の名前を呼んだ事は無い」

「ほう! これは盲点でしたな。
 彼女の事をよく分かっていらっしゃる。愛の勝利と言う事ですな」

「あの子は何処にいる?」

「まあそう慌てずに。あなた方をちょっとしたゲームにお誘いしようと参りましたがゆえ」

「何処にいるのか、って聞いてんだ」

空気が一瞬にして凍り付いた様に思えた。
全ての物質が動く事を許されないかのようだった。

「……これは、なんという殺気! 素晴らしい! 身動き一つで命を躊躇いなく絶たんとするかのようだ!
 正直、戦慄していますよ。これ程とは」

「いいからさっさと言え」

短く言葉を発する黒人からは、明らかに怒りと見て取れる雰囲気が伝わって来た。

「よ、良いでしょう! 彼女は今、この地より五十里の南に構えております我らが拠点とする社に幽閉されております。
 彼女を助けたければ、そこまでご足労願います」

「行けば返してくれるのか?」

「いえいえ、そこで六人全員仲良く冥土への旅など如何かと」

「六人?」

「ええ、調べはついております。現在は離れて暮らすも、過去、共に戦われた方々」
「まさか……」

「ええ。
 『ムコク リョウチ』

 『キスイ ミヤ』

 『ショウグ ムゲン』

 『オリノ レイ』

 そして、

 『オトヒ アン』

 『アケナシ クロト』

 以上の六名でございます」

「纏めて片付けようってハラか」

「人数も実力も我々が圧倒している以上は、それが効率的かと。
 勿論全員の所へ我らの同士が招待に参っております」

「……ゲームっつったな。遊びのつもりか」

「いえいえ、遊びであろうとも我々は全力で挑みますゆえ」

そして礼をしたかと思うと、男は先程のように水のように溶けた。
外には何時の間にか雨が降っていた。

何処からか気味の悪い軟体のような声が聞こえてきた。

「ゲームの名は『アヴェスタ』!」

「『アヴェスタ』だと?」

「意味はじきに分かるでしょう。我々は神に愛された一団。
 そして私の冠す名は『アムシャ・スプンタ』……」

「『ハルワタート』、だろ?」

急激に男の水のようになった体が集まり始めた。
それは、男の意思とは無関係に行われているようだった。

「な……!? 何故……」

「水の守護神ハルワタートを名乗ってるんだから水に関わる能力だよな。
 見た感じ、自分が水になれんのか」

やがて、男が一点に集められた。

「それで自分の体まで変化させちまうとはな。だが……」

男の身体が再び黒人の目の前に現れた。

「ハルワタートの意味する『完全』からは程遠いな。
 どんなに水に身を隠そうとも、『水』である以上は……」

「ちっ!」

男は慌てて身体を水に変化させた。
しかし、その身体はその場を動く事は出来なかった。

「俺の掌の上だ」

黒人がその水に顔を近づけた。

「言いたい事言って逃げるつもりだったか?
 それとも水に紛れて俺を殺ろうとでも?」

「ぐッ……く……」

どんなにもがこうとも、男は身体を動かす事は出来ない。

「何故俺があの子と一緒にいるか知ってるか?
 俺達はちょっと頭に血が昇っただけで簡単に人を殺せる。
 それをお互いに抑制する必要があるんだよ。
 どちらかが常に冷静でいなくちゃならん。
 まあ、今はそれだけが目的って訳でも無いけどな。
 ……さて、問題だ。抑制を失った頭に血の昇った人殺しの馬鹿は、何をする?」

「や、やめ……!」

黒人の掌から異常な熱が放出された。
それはゆっくりと「水」を蒸発させて行った。

「やめてくれえぇぇぇ!」

「ああ、それとな。『アヴェスタ』なら俺も知ってるよ。まだあったんだな。
 ま、お陰でお前等の組織の構成も大体分かった。

 それじゃあな」

じゅっ、という音と共に水は完全に蒸発してしまった。





雨は何時の間にか上がっていた。

準備を済ませた黒人は南へ向かって歩を進める。

「……俺も甘くなったかなぁ」


水は蒸発しても完全には消滅しない。
自然に還ったのならば、やがて雲を作り、雨となり、再び地上に降りてくる。

勿論黒人はそれを知っている。


「『アヴェスタ』か。上等じゃねェか」

もしも見た人がいるのなら黒人の姿が一瞬揺らめき、消えたように見えただろう。


かつて「禁忌の神」と呼ばれた六人が集結するのは、このすぐ後の事である。








第二十一話
END


第二十二話に続く





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