第二話
今何処





一人の子どもが座っている。
テーブルを挟んで黒人と杏が座っている。
部屋には「今月の目標」と書かれた額。
テーブル一つにテレビが一つ。
天井にはシャンデリア。

「ナレータァァ! 勝手に妙なもん付け足してんじゃねえぇぇ!」

「誰に怒鳴ってるんですか?」

「ああ、こっちの話。気にしないで」

「あ、あの。僕もう話してもいいですか……?」

「ああ、わりぃわりぃ。で、依頼は何?」

「その……こんな依頼で悪いんですけど、うちの猫を探して欲しいんです」

「猫さんですか?」

「はい。生まれたての猫だったんです。うちで飼ってた猫が子どもを産んで。
 三匹ほど生まれたんですけど、次の朝、その内の一匹がいなくなってたんです」

「うーん、子猫が一匹で出るわけがない、と?」

「はい」

「もしかしたら誰かに盗まれたのかも、と?」

「もしかしたらそうかもしれません」

子どもは今にも泣きそうな声で言った。

「でも、子猫を一匹盗むなんて、何が目的なんでしょう」

「わかりません……」

「うーん、聞くけど、キミの家ってどんなとこ?」

「マンションです。別にお金持ちな訳でもなくて」

「そりゃ難儀だな。盗まれた理由もわからんとは」

「でも、なるべく急いだ方がいいですね。目的がわからない以上、その子がどうなるかわかりませんから」

「そだな。こういうときは動き回った方が答えが見つかりやすいかもしれん」

「お、お願いします!」

「じゃあその猫の特徴とか聞いとこうか」

「はい。耳に黒い斑があって、全体的に茶色い猫です。
 あと、鳴き方が少し他の猫とは違った感じでした」

「違うって、どんな風に?」

「聞けばすぐにわかると思います」

「それじゃあとりあえずこの手がかりで探していくか」

「すみません。猫一匹のためにこんな……」

「何言ってるんですか。あなたの大切なお友達でしょう?
 それなら何をしても見つけたいのは当たり前ですよ」

「お姉さん……」

杏は子どもに笑顔を向けた。

「それじゃあキミの家の周りから探していこうか。
 怪しい人物を洗っていこう」

黒人は立ち上がった。




一時間後、まだ子猫は見つかっていない。

「見つかりませんね……。誰に尋ねても何の手がかりも無いなんて」

「この付近には住んでねぇのかもしれんな」

「でもそれじゃあいよいよ目的がわかりませんよ。何でこの子の家が?」

「うーん……」

黒人は考え込んでしまった。

「うー、面倒くさいな。アレ、やるか?」

「だ、駄目ですよ! この子は一般人なんですよ!? 死んじゃいます!」

「そうだよな……」

「アレってなんですか?」

「きゃああ! なんでもないですー!」

杏が半ばパニックになりながら言った。

「それじゃあ、どんどん範囲を拡げて調べていこう。それぐらいしかねぇし」

「そ、そうしましょう! 今は地道に聞き込んでいくべきです!」

「お姉さん、なんか急に慌てだしてませんか?」

「そんなことないですー!」

杏はどうみても慌てていた。




それからどれだけ経ったろうか。すでに日が沈もうとしている。
子どもは疲れきってしまっている。

「大丈夫ですか?」

「な、なんとか……。ていうか、なんで二人とも一日中歩き回って平然としてるんですか……」

「にしても全然見つかんねーな。こりゃどうしようもねぇ」

「そんな……、諦めずに探せばきっと……」

「諦めずに探しても見つかんねぇからどうしようもねぇっつってんだよ」

「でも……」

「だからキミはもう帰れ。親も心配するだろ」

「でも子猫が……」

「いいから帰れ。見つからんもんは仕方ないだろう」

「うう……」

子どもは泣き出してしまった。
杏はそれをみておろおろしだした。
「だ、大丈夫です! 私達がちゃんと見つけますから!
 だからもうお家に帰りましょう? ね?」

「杏ちゃんはその子を家まで送ってやってくれ。その後は帰っててくれていい」

「くろさんはどうするんですか?」

「いつまでもこんな事してても無意味だからな」

「そんな……諦めろって言うんですか!?」

子どもが食い下がったが、杏がそれを止めた。

「もうへとへとでしょう? 今は休んでください。あなたを倒れさせるわけには……」

言ったそばから子どもは足をふらつかせ、杏に倒れこんでしまった。

「寝ちゃってる……」

「じゃあ杏ちゃん、頼んだ。事情はなんとか説明しといてくれな」

「はい。……誰にも見られないところで使ってくださいよ」

「はは、ばれてたか」

「当たり前ですよ。どれだけ一緒にいたと思ってるんですか」

「それもそーだ。じゃ、な」





「う……ん」

子どもが起きると自分の家だった。
家には誰もいなかった。

子どもには母親はいなかった。
そのため父親も働き詰めで毎日夜遅くまでいなかった。
なので家事は子どもがやっていた。
強制されたわけではない。
父の力になりたかった。
それだけだった。

リビングに行くとテーブルにいくらかの料理が置いてあった。
それと一枚の置手紙も。
それにはこう書いてあった。


「勝手に料理なんか作ってごめんなさい。
 お腹空いてるだろうと思って。
 親御さんが帰ってきたら一緒に食べてください。
 子猫さんの事なら心配しないで。必ず見つけますからね。
 杏より」


「お姉さん……」


がたっ

外で音がした。
子どもは玄関に向かった。
誰かいるのだろうか。


ドアを開けると、誰もいなかった。
だが、人ではないものがいた。
子どもはその小さなその生命を抱き上げた。

「子猫さん!」

いくら探しても見つからない子猫がそこにちょこんと座っていた。
何故ここに?
そう思って周りを見てみたが誰もいない。
しかしその子猫が戻ってきて良かった。
そう思った子どもが抱きかかえた子猫に一枚の紙が貼り付けてあった。
不思議に思ってその紙を見てみると、こう書いてあった。


「他所の猫がその子猫を盗んでたらしい。
 目的はよくわからん。子どもが欲しかったんじゃないか?
 報酬はキミが金を稼げる年になったら飯でもおごってくれればいい」


名前は書いてなかったが、子どもには誰が見つけてくれたのかすぐにわかった。
あの人、一人で探しててくれたんだ……。

時計が夜の十時を指していた。






一週間後、子どもは再び杏と黒人の下に訪れた。
「どーした、またなんかいなくなったか?」
「いえ、お礼を言いに来たんです。この子を見つけてくれて、ありがとうございました」

「なんかしたっけか?」

黒人がそう言うと、杏が返した。

「ふふ。照れ屋さんですね、くろさん」

「いいだろ、別に」

「僕が大人になったら、美味しいものご馳走させてください。
 お姉さんの作ってくれたご飯も美味しかったですから、そのお返しも兼ねて」

「ふーん?」

黒人が杏をじっと見ている。
「な、なんですか?」

「いや、優しいなーって」

「い、いいじゃないですか、別に」

杏も赤面した。
「それにしても、どうやって見つけたんですか? この子」

「それはな……」

「きゃーっ! 言っちゃ駄目ですよぉ!」

「っと、危ない。そりゃ秘密だ」

「なんで秘密なんですか?」

「そ、その、それは……」

杏が再び慌てだした。


「まぁ言いたくないんならいいです。この子を見つけてくれただけでも。
 それで、この子に名前も付けたんですよ。その名前、二人にも教えようと思って」

「そ、そうなんですか。……なんて付けたんですか?」

「友達には似合わないって言われたんですけどね……」



子どもは黒人の方を見た。





第二話
END

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