第一話
お出迎え




「可能な限りなんでもやります 料金 依頼次第」


一見普通の家にその看板はかかっていた。
何でも屋と言ったところだろうか。
その店は割と目立つ所に建っていたのだが、
その外見からあまり店舗として見られていないようだった。
店名もなく、看板しかないというのも理由の一つだろうか。

その家のベルを一人の男が鳴らした。


「いらっしゃいませ」

可愛い女の子がひょこっと顔を出した。
男は驚いた。自分よりも十歳は年下だろうか。
店を構えるにはあまりにも若く見える。
14〜15歳ぐらいだろうか。
その可愛らしい笑顔には幼さが残っている。

「あ、あの……。このお店、なんでもやってくれるって聞きやして……」

「ええ、できることならなんでもしますよ。依頼なら中に入りませんか?」

女の子は子どもをその家の中に招き入れた。

「お、お邪魔しやす……」

「うふふ、遠慮しないでくださいね。
 くろさーん! お客さんですよー!」

そう言って女の子は家の奥に入って行った。
すると中から一人の男が出てきた。

「その呼び方やめてくれんか、杏ちゃん。恥ずかしい。」

黒い服に黒いズボン。そして左手に真っ黒な手袋をつけている。
その男も見た感じ16〜17歳程度に見えた。
本当にこの男がこの仕事をしているのか?
教養が少なかった男にもそう思えた。

「やぁ、お客さん? まあこっち入って」

手招きでその男は広い部屋に男を迎え入れた。
テーブルが一つにテレビが一つ。
掛け軸が飾ってあり、それには「今月の目標」とだけ書いてあった。
他にはパソコンや本棚などありふれた物が置いてあった。
ソファに座ると女の子が話し始めた。

「えっと、自己紹介がまだでしたね。
 私は音日 杏って言います。
 それで、こっちの男の人が明無 黒人さん。
 依頼は私達二人でやってます。よろしくお願いします」

「よろしくっ」

黒人も一礼をした。

「お嬢ちゃん達二人だけ? 大人の人達はいないんですかい?」

「私達の仲間は他にもいますけど、皆他の街でお店を開いてますよ」

「それで大丈夫なのか? ちゃんと何でもできるのかい?」

すると黒人が口を開いた。

「ああ、割と何でもできますよ。見た目で人を判断しちゃいかんですな。
 俺達、結構すごいっすから。とにかく用件を聞かせてくれません?」

「あ、へい。あの……女将の旅館を守ってやってくだせぇ!」

男は言った。

「女将さんの旅館? 詳しく聞かせてくれますか?」

杏が尋ねた。

「へい……。ここから南の街に一軒旅館がありやす。あっしはそこで板前をやってます。
 その旅館は小さな所でお世辞にも儲かってるとは言えねぇ。
 女将の子どもだって働いてるぐらいなんす。それでもあっしらは楽しくやってました。」

「ふ……ん。なるほど。あんたもその旅館が大好きだ、と」

「へい。あそこで働いてる奴らの中にあの旅館が嫌いだなんて奴はいやせん。
 ……ある日、旅館に一人の人が来たんです。その人はどこか大きな旅館の人らしくて、
 女将に話があるって……。そしたら、」

「ああ、なるほど。そういうことか」

突然黒人が話を遮った。

「な、なんですかぃ?」

「でかい旅館の奴らがその土地に立地条件がどうとかで目ぇつけて、
 その旅館の辺り一帯潰して新しい店舗造ろうとしてて、
 そのために従業員はその旅館やめてでかい旅館の従業員になれっつって、
 でもそこで働いてる人は全員断って、それからその旅館からの嫌がらせが続いて、みたいな。
 ……違います?」

「は、はい! その通りです! 何でわかったんですかい!?」

「そりゃぁよくあるパターンっすから。新喜劇とか」

「新喜劇? 何ですかい、そりゃあ?」

「あー、いい、いい。こっちの話。

 大抵そういう時どっかのヤクザとか出てくるんだよな。

 ま、要するに用心棒してくれってことか」

「はい、嫌がらせをしてくる奴らを追い返して欲しいんでやす。
 どいつもやたら強い奴らで、あっしらじゃ大人しく耐えるしかないんでやす。
 それでここの噂を聞いて。何でもやってくれるって。
 そんな人なら相当なやり手だと思いやして。
 でも君らみたいな若い子に任せる訳にはいかねぇ。邪魔してすまんかったです」

 男が立ち上がろうとすると黒人がそれを止めて言った。
「……金は?」

「え?」

「いや、金は?」

「い、いや、だから君らみたいな若い子には……」

「引き受けるかどうかはこっちが決める事っすよ。それぐらいの依頼今までいくらでもあった。
 こういう仕事、やるからにはそれなりに色々できるんすよ」

「し、しかし……」

「あーもう、いいからさっさと金持ってるかどうかだけ言ってくれりゃぁいいんすよ!」

男は観念したかのように封筒を取り出した。

「あっしら旅館で働く奴ら全員でなんとかやりくりして貯めた金です。
 少しですが納めてくだせぇ。こいつで……やってくれるんですかぃ?」
「……」

黒人はその封筒を男に返した。

「あ、あの、やっぱりこんなはした金じゃ駄目だとか……?」

男は不安になった。
「いや、この場で払われても困りますな。うち、後払いだし。
 額の方はまぁ、こっちで考えときますよ」

「え?」

「ちゃんと依頼が達成できてから貰いますよ。金だけとって逃げられても困るっしょ?」

きょとんとしている男をよそに、杏が立ち上がって部屋を出た。
「私、用意してきますね」

「ひ、引き受けてくれるんですか!」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「あ、ありがとうごぜぇます!」

「いーっすよ。仕事だし。お客さん、お名前は?」

「あ、真一って言いやす! 宜しくお願いします!」

そう言って真一は笑った。

「なるほど、嘘とか吐けなさそうな名前ですな」

黒人はそう言って立ち上がった。




「ここが言ってた旅館ですか?」
杏が尋ねた。
「へい、ここです。あの、女将に説明してきますね」

そう言って真一は先に旅館に入って行った。

「ここかぁ……。言っちゃ悪いがボロボロだな。年季が入ってると言うか……」

「でも素敵な所じゃないですか。なんだか懐かしい気がします」

「そういう見方もあるかな」



しばらくすると中から真一と女の人が出てきた。

「まあ、あなた方が真一さんの言ってた何でも屋さん? 随分お若いんですのね。
 うちなんかのためにわざわざこんな所まで来ていただいてありがとうございます」

その人は由里と名乗った。
黒人と杏は軽く挨拶を交わした。

「この人がここまでこの旅館のことを考えていてくれてたなんて、
 涙が出そうです」

「い、いえ、この旅館はあっしら皆の家でしょう! その家を潰したいなんて思えるわけねえでやしょう!
 家族の一員として、この家を守りたいのは当然でやす!」

「家族?」

杏は疑問に思った。

「ここの人達は皆家族なんですか?」

「血の繋がりとかそういうのはありやせん。でもここで働く皆は一心同体!
 住み込みで働いてる奴がほとんどなんすよ」
「へぇ……。皆さん仲が良いんですね」

そんな話をしていると旅館から数人出て来て杏と黒人に話しかけてきた。
「キミが真一さんの連れてきた何でも屋? もっとゴツい大人の人とかだと思ってたわ」

「その若さで働いてるなんてたいしたもんだねぇ! しかも仕事が仕事だ。さぞ苦労してたんだろうねぇ!」

「うわー、かわいー! キミみたいな女の子が用心棒なんて危ないよ?」

「どうだい、嬢ちゃん。後で俺の部屋にこねぇか?」

「爺さん、その年でナンパは似合わねぇよ! はっはっは!」

気さくな旅館の人々の質問攻め、杏に至ってはナンパ攻めにしどろもどろしながらも、
二人は皆と仲良くなった。二人とも悪い気はしなかった。

「皆結構元気っすね。嫌がらせとかでもっと気落ちしてるかと思ったけど」

「あんなチンピラどもに気力まで削がれちゃぁおしまいだよ。
 こういう時こそ皆が皆を支えあって元気出してるんだ!」

「人という字は人と人が支えあってるってやつ?」

「そうそう、そんな感じ!」

「君達にもそんな家族がいるだろう? いいもんさ、家族ってのは!」

「……」

杏と黒人は黙って微笑んだ。


少し寂しそうだった。


「大丈夫です! この旅館、絶対私達が守りますから!」

「俺達はチンピラを追い返せばいいんですな?」

「はい。でも、あんまり無茶はしないでくださいね。お怪我などなされたら申し訳ありませんので」

「はは、心配御無用。引き受けたからにはやる事はやりますよ」

「本当にありがとうございます。事が済んだらおもてなしさせてくださいね」

「あの、小さな部屋で申し訳ありませんが、ここで待機していてくれますか?」

「あ、いや、お構いなく。どうせなら早く対応できた方がいいでしょ?
 だったらロビーで待機してますよ」

そう言って黒人はロビーに向かっていった。
すると後を追うように杏も部屋を出て行った。
「私もロビーにいますね」

杏もロビーに来た。
黒人の隣に座った。

「いいよ、杏ちゃんは部屋で休んでな」

黒人はそう言ったが杏は首を振った。

「大丈夫ですよ。いつも一緒、でしょ」

そう言って微笑んだ。

「……だったな」

黒人も笑った。


三十分ほどした頃だろうか。
旅館にいかにもな風貌をした二人組が現れた。
その二人はロビーに入ってきて突然暴れだした。

「オラァ! こんなしょぼい旅館いつまでやってんだァ!」

置いてあったテーブルや椅子を蹴り飛ばして騒いでいる。
すると杏が出て来て言った。

「帰ってください! ここの人達はこの旅館を続けるって言ってるんです!
 嫌がらせなんてやめてあげてください!」

「……あぁ!? なんだ随分可愛らしい嬢ちゃんがいるなぁ! 俺達に何の用だい!?」

「だから、この旅館に嫌がらせをするのはやめて欲しいって言ってるんです!
 でないと力ずくでも帰っていただきますよ!」

すると従業員が杏を止めようとした。

「駄目だ! 嬢ちゃん! そいつらの神経を逆撫でするな!」

しかし、チンピラは杏に向かってきてしまった。
「おいおい、随分威勢がいいじゃねぇか! そんなこと言って俺達が大人しく帰ると思ってんのか!?」

そう言ってチンピラは杏の肩を強引に掴んだ。

「痛っ! やめてください!」

するとその腕を掴む腕があった。
黒人がいつの間にか出てきていた。

「それくらいにしといてもらおうか」

「ぁんだ、テメェは!?」

「この娘の連れだよ。この娘に乱暴するんなら
 ただで置いとく訳にはいかんな」


黒人はにっこりと笑っている。
だが、その目からは考えられないような殺気が発せられていた。

例えるならば、人殺しの目。

チンピラはその場から動けなかった。
だが、強がりかその拳を振り上げた。

「こ……の……ガキ……! 殺す!」

チンピラはその拳で黒人に殴りかかった。



その刹那。


ぱんっ


チンピラには何もわからなかった。
ただわかっているのは自分の意識が朦朧としていることと、
あごが強烈な衝撃に襲われたこと。

「一回しか聞かんよ。大人しく帰る? それとも、首から上失くして土に帰る?」

地面に崩れ落ちたチンピラを見下ろす形で黒人が聞いた。

「おい、一旦帰るぞ! 兄貴呼んでくるぞ!」

「あ、ああ。てめぇら、兄貴に殺されるぜ。うちの組に逆らうとどうなるかわからねぇとは言わせねぇぞ……」

「わからねぇな」

「て……めぇ……覚えてやがれよ……」

そう言って二人組は帰っていった。

「んー、大したことなかったな」

「そうみたいですね」

杏と黒人はそんな会話をしていた。

しばらくすると隠れていた従業員達が出てきた。

「すごいじゃないか、君達! 何をしたんだい?」

「あいつらいきなり体勢崩してたけど、どうやったの?」

「いや、ちょっと話しただけじゃ帰ってくれなさそうだから、
 顎に一発入れただけだけど?」

「えー、嘘でしょー。何もしてなかったじゃないの」

「見えてなかったんじゃないですか?」

「え?」

「ああ、そうかも。そりゃそうか。一般人だもんな」

黒人はさらりと言った。
「と、とにかくすごいのはわかったよ。でも、奴らの兄貴分が出てくるんじゃないか?
 まだ警戒してたほうがいいんじゃ……」

「そだね。もうしばらくここにいるよ。
 なんにしても全部片付けないといかんしな」

「全部?」

「そ、全部。嫌がらせも、旅館がどうこう言う面倒くさいのも」

「それを終わらせないと何の解決にもなりませんものね」





夜になった。
一人の男が旅館にやってきた。
かなりの長身だ。190はあるだろうか。
筋肉質のその男は従業員に尋ねた。

「ここの旅館、用心棒なんか雇ったようだな。また無駄なことをしたもんだ。そいつ、呼んでくれや」

「ここにいるよ。ずっと」

ロビーで雑誌を読んでいた黒人が返事をした。

「ほう……。ガキ、お前か、うちの奴やってくれたのは」

「正当防衛だよ。先に手ぇ出したのそっちだぜ」

「そんな事はどうでもいい。表、出ろ」

黒人はその男と外に出て行った。
杏も黒人について行った。


外に出ると、チンピラがそれぞれの得物を持って待機していた。
暗くてよく見えないが相当な数いるようだ。

「うちの組舐めるとどうなるか、思い知ってもらおうか」

「百八十……ってとこかな」

そう言って黒人が笑った。
あの殺気だった笑顔。
人殺しを思わせる目。

「杏ちゃん、半分ほど任せていいか?」

「わかりました。今度はもう容赦しません」

「珍しいな。そんなこと言うの」

「そうですか?」

「まあいいや。そんじゃ、ま、行くかね」

この数相手に平然とした態度でいる二人を見て腹が立ったのか、男は声を荒らげて叫んだ。

「何をごちゃごちゃ言ってやがる! てめぇら自分がどんな立場にいるのかわかってんのか!?」



男がそのセリフを言い終わった時、すでに三十人ほどが宙を舞っていた。
舞う、というよりも吹き飛ぶ、といった感じだったが。

「な……!?」

二つの影が人の影を縫う。
その影が触れた者から次々と吹き飛ぶ。
その影の動きはでたらめだった。

飛んだかと思うと背後に回っている。
向こうで屈んだと思うと目の前にいる。

「五十」

「八十」

「百」

聞こえてくる声からは数字がだんだん数を増して聞こえてきた。
それに反比例してそこに立っている者の数は減っていく。
そして声が百八十を数えた時、
そこには男しか立っていなかった。

「き、貴様らは一体……!?」

黒人が答えた。
「なんでも屋、かな」

だが、男はそれを聞く前に意識を失った。




男が目を覚ますと、そこは旅館のロビーだった。
起き上がろうとしたが、体が動かなかった。

「しばらく動けないよ。それなりにダメージ与えといたから」

そこには黒人と杏、それに旅館の従業員がいた。

「おたく、何処に雇われてこんなことした?」

「あ? 貝出ホテルだよ! あそこのオーナーがここの旅館で適当に暴れてくれって言ってきたんだよ!
 そうすりゃ勝手に潰れてくれるだろうってな! てめぇらみたいのがいるなんて一言も聞いてなかったぞ!」

舌を出して黒人が言った。

「俺らも頼まれたの今日だもん」

その手には録音用のテープレコーダーがあった。




翌朝、黒人と杏も旅館の人達の食卓に入れてもらっていた。

「はい、昨日の証言テープ。これ使えば何とかなるんじゃない?」

「本当に何から何までありがとうございます。これでこの旅館もまだまだ続けられそうです」

「いいですよ。お仕事ですから」

そう言って杏が微笑んだ。
皆その笑顔にみとれていた。

我に返ったように真一が言った。

「それにしても、昨日のアレはすごかったな! 人間にあんな動きができるなんて」

「ああ、何にも見えないうちにあいつら次々と吹っ飛んでよ。
 二人とも、どんな鍛え方したんだい。見た目はどう見ても普通の少年少女なのによ」

「いや、まぁ、色々ありましてね……」

「なんだいなんだい! もったいぶってねぇで教えておくれよ! 誰にも言わねぇからよ!」

黒人は少し困った顔をして言った。

「だってなぁ……。隠す必要もないんだけど、言ったら絶対引くだろーしなぁ」

「そんなにきつい修行だったのかい?」

「んー、それもあるけど、経緯がなー……」

「経緯? なんかやばい事でもやってたのか?」

すると杏が会話に割って入った。

「いいんじゃないですか? あんなもの見せちゃったんですから」

「んー……」

「パーっと言っちまえよ! 減るもんじゃねえだろぉ!」

「教えてよー。私も知りたいなー」

「僕も、僕も!」

女将の子どもまで騒ぎ出してしまった。
黒人は観念したのか、話を始めた。

「じゃぁちょっとだけっすよ。そんないいもんじゃないんだから」







二千三百年ほど前、世界の中に崩壊が始まった。
らしい。

巨大な台風が各地を襲った。
それは彼らの起こした事だった。
次元を異にする生物。
当時は「悪魔」と称された。
それは風に乗り、街に降り立った。
数など数えられるような量ではない。
その「悪魔」の目的は特になかった。
あえて言うなら、暇潰し。
子どもが蟻を潰して歩くように。

抵抗など何の役にも立たなかった。
銃、爆弾、核。
全て「悪魔」の腹の中。
「悪魔」の腕一振りで五十人が塵になった。
それほどの力の差。
絶望的だった。

だがその中にも諦めの悪い者はいた。
何とかして「悪魔」を追い返す力だけでも。
家族も殺され、たった一人残された少年。
その少年の下に一人の「悪魔」が現れた。
その「悪魔」は人間で言う女だった。
姿も人間とそう変わらない。
その「悪魔」は自分達の種族の正式な名称を少年に伝えた。
彼女は同種族だが、彼らを嫌っていた。
無意味な殺戮を嫌っていた。
人間の中にも人間嫌いがいるのだから不思議な事ではない。
彼女は突然少年を彼女らの住む世界へと連れて行った。
その世界で、少年は様々なものを見た。
人間の世界よりも遥かに高度な世界。
だがそれ故に冷え切った世界。

女は種族の中でも特殊だったらしい。
彼女は自分が思うものを好き勝手に相手に「与え」ることができた。
もちろん相手が望もうと。望まなくとも。
だがそれを行えるのは自分よりも「弱い」と明確にわかっていた場合のみだったらしいが。
さらに「与え」る際には「与え」られるものは「死」を体感するらしい。
それほどの苦痛があるらしい。
彼女は時々人間界でも何らかのものを人間に与えていたりもしたらしい。
特に理由はなかったらしい。やはり暇潰しのようだ。


彼女が「与え」たものは今まで「与え」たものの中で最も巨大なものだったらしい。
少年は七日七晩苦しんだ。
それこそ死んだ方がましなほどの苦しみだった。
それでも「力」を得るために彼は気を保ち続けた。
何度も発狂してしまいそうだった。

少年の精神力が尋常ではなかったのも幸運だったかもしれない。


簡潔に言おう。女は少年に様々なものを「与え」た。
際限なく強さを増す体を与えた。
特殊な「能力」をいくつも与えた。

さらには、少年の体の「時間」を止めてしまった。

体の「時間」が止まる。それは人間が人間でなくなった瞬間だった。
老いることもない。
衰えることもない。
外見の大きな変化もない。
もちろん、死ぬこともない。
ただ少年は強さを際限なく増すだけの体になっていた。


「悪魔」達の世界から帰る際、女は一言言った。

「我々を殺しに来るがいい」



やがて力をつけた少年は全ての「悪魔」を倒した。
その「王」までも。
その時、少年の強さはもはや何者にも止める事はできなくなっていた。
それから少年は永い時を孤独に過ごした。
彼の「仲間」に出会うまで。






「やー、ホントにありゃぁ地獄だった」

「怖かったですよね」

他人事のように言っている。

「二千三百年……? 死なない……? 信じられない……」

「ほらぁ。予想通りの反応」

「ワ、ワシよりも長生きしとるのか?」

「まぁ時間的に言えばそうなるかな」

最も年老いたその従業員は今年で八十になろうとしている。

「特殊な能力って言ってたけど、昨日のアレはその能力なのかい?」

「アレはただの身体能力だけっすよ。能力なんか使ってねーっす」

「本気のくろさんは私も見たことないです」

「その呼び方、やめてくれって」

「くろさん?」

真一が尋ねた。

「はい。黒人さんだから、くろさん!」

「だから恥ずかしいって。
 ……まぁとにかく、そんなわけですな。だからこんな仕事もやってられるんす」

「その自信はそういう事だったのか……」

全員呆然としていた。信じられない、といった様子だった。
それを見て、黒人が席を立った。

「じゃあそろそろ帰ろうか、杏ちゃん。もう依頼は終わったし。飯も食わせてもらったし」

「そうですね……」

普通の人間ではない。
それを知った彼らは何と思うだろう。
やはり恐れられているのだろうか。
それもそうか。もはや自分の力は彼らの想像の及ばない所まで強くなってしまっている。
気が向けば彼らを殺すことなど瞬きをするうちに完了する。
あまり怯えさせるわけにはいかない。


旅館を出る際、従業員達総出で見送ってくれた。
だがその姿は来た時のように陽気なものではない。
「見送りまでありがとうございます。それじゃあ、私達はこれで……」

旅館を後にしようとしたその時、黒人に抱きつく者がいた。

「兄ちゃん達すごく強いんだね! それで地球を守ったんでしょ?
 じゃあ兄ちゃんは正義の味方なんだね! 僕も兄ちゃん達みたいに強くなって、皆を守るんだ!」

黒人に抱きついていたのは女将の息子だった。
子どもの目は恐れや怯えではなく、むしろ憧れという感情が強かった。

子ども故の無知さからの言葉だったのかもしれない。
だが、子どもの一言で二人は救われたような気がした。

「あはは、ボウズ、頑張りな」

そう言って子どもの頭をなでた。

「あ、あの! またこの旅館に来てくださいよ! 未成年じゃねぇんだから今度来た時は一杯やりましょうぜ!」

「お嬢ちゃん! 美味しいものいっぱい作ってあげるから、また来てよ!」

「この旅館、守ってくれてありがとうごぜぇます! また遊びに来てくだせぇよ!」

子どもの一言で緊張を解かれた従業員達は次々と思い思いのことを言った。

皆、二人のことを認めてくれている。

「ふぇぇ……」

「ど、どしたんだい、嬢ちゃん!?」

杏は泣き出してしまった。

「嬉しいんですぅ。このお仕事、引き受けて良かったですねぇ、くろさぁん」

「うん、そうだな」

黒人はそう言いながら杏の涙を拭いて頭を撫でた。
「はは、いい彼氏じゃねぇか」

真一が言った。

二人とも顔を赤くした。



「あの、それで、報酬のことなんですが……」

女将が言った。

「ああ、そういやそうだ。すっかり忘れてたよ。
 うーん、どうしよ」

黒人が考えていると、真一が言った。

「好きな額を言ってくだせぇ! あんたらには世話になったんだ!」

「うーん、そうだな。
 ……じゃあさ、またここに来た時、タダにしてよ」

「へ……?」

「うん、それがいいかな。それでいいや」

「わ、わかりました! たっぷりおもてなしの準備しときやす!
 いつでもまたお越しくだせぇ!」

「頼んだよ。……さ、行こうか、杏ちゃん」

「はい!」

二人は旅館を後にした。
最後にこんな声が聞こえた。

「お二人とも! 今度来る時には家族としてお出迎えしますからね!」







半年後、その旅館は次第に繁盛していった。
理由はこれといってなかったが、いろんな所で噂になっていたらしい。
家族ぐるみで接客してくれるというスタイルが反響を呼んだようだ。


旅館に若い男女の二人組がやって来た。
女将は二人を出迎えた。子どもも一緒にいる。

「あ、正義の味方だ!」

「いらっしゃい。いえ……。
 ……お帰りなさい」

そう言って女将は微笑んだ。



第一話
END

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