第十五話
ウルト
2:覚醒





目覚メシ男 自ラガ変異ヲ悟リテ 敵ヲ撃タントス







「う……?」

「おや、もう目覚めたか」

黒人が目を開けると覆い被さるようにしてフィスキーナが顔を覗き込んでいた。

「うお!? 何してやがる!?」

「なに、昨日とは違って随分気持ち良さそうに眠っていたものでな」

「だからって乗っかってまで覗き込む事ねーだろ」

「おやおや、あんな事をした仲なのに固い事を言うんだな」

「な……!? ありゃあんたが儀式だって……!」

「儀式だろうがそうでなかろうがした事は同じだろう?」

「……いきなりあんな事やらかしやがって」

「お前がさっさとやれと言ったからしたまでだ。
 ま、お前が眠り込んでからも色々愉しませてもらったが」

「た、愉しむって……何をだ?」

「分からないのなら知らなくてもいいさ。
 ……ふふ、なかなか良かったぞ♪」

「意味わかんねェよ……」

肩の緊張を解いた黒人の様子を見て、フィスキーナは立ち上がった。
黒人はその服装を見て、どこか違和感を感じた。

「おい、その格好は何だ?」

「この格好が何かおかしいか?」

「いや、何でエプロンなんか……」

「失礼だな。私だって料理ぐらい出来るさ」

「変な感じだ……」

「何だ? 人間しか料理はしないとでも思っていたのか?
 それとも、我々のような種族にそういった事は似合わないとでも?」

「いや、なんつーか……あんたが料理するってのがどうも……」

「何を言う。私はこれでも家庭的なのだよ」

「そりゃまあ良いとしてよ……。なんで急に料理なんだ?」

「なに、お前が目覚めたら腹が減っているだろうと思ってな」

「え……」

「私の手料理を馳走してやろうという訳だ」

「明らかに信用できねェよ」

「何故だ? 好意は素直に受け取るべきだぞ。
 安心しろ。毒など入れはしない」

「つか、ここの飯が俺に合うのか?」

「問題ない。見たところお前達の世界と食事はそう変わり無い。
 ……まあ今のお前なら何処の食材だろうと問題は無いがな」

「なんだよ……急に態度変えて」

「そうか? 元からだったろう」

「頭鷲掴みにして砕こうとした奴の言う台詞かよ」

「ふ、まあいい。ほら、出来たぞ。食え」

「お、おう……」

黒人は起き上がり、テーブルに着いた。
並んでいる料理は、黒人も見た事のあるものばかりだった。
ここまで同じで、何故あのような力の差があるのか。
少し考えたが、やがて無駄であると悟り、箸を持った。

「じゃ、遠慮なく……いただきます」

そう言って両手を合わせた黒人を見て、フィスキーナは突然笑い出した。
黒人は訳も分からず様子を見ていた。

「どうしたんだよ」

「くっ………あっははははは!
 どうしたって? お前、何だそれは?」

「何だって……飯食う時はいつもやる事だよ」

「お前達は飯を食う時にまで神に祈るのか?」

「は?」

「両手を合わせるのは神に祈る行為だろう?
 私に出会った人間は皆そうやって『神様』『神様』と五月蝿かった。
 全く、何処までお前達は神が好きなんだ?
 ……いい事を教えてやろう。祈ってるだけの馬鹿は救われる事は無い。
 そもそも神を頼ろうとする時点でお前等間違ってるよ」

「まるで神と知り合いみたいな言い方だな」

「なに、お前達よりも少しばかり『神』と言うものを理解しているだけだ。
 何より今、飯時にまで神に祈ると言うのがおかしいよ。
 感謝だと言うのなら神の前に私に感謝すべきじゃないのか? 飯を作ったこの私に」

「んー、一理あるけどな。
 確かにこれは食物を与えてくれた神に感謝するのが元かもしれんけど……。
 ただ、俺は別に神に感謝とかそういうつもりじゃねェな」

「ほう、私にか?」

「飯にだよ。命を絶って俺達の糧になってくれるんだから、まず感謝すべきはそれだろ?」

「なるほど、悪くない理論だ」

「つか、俺は宗教とかやってねーし、いようがいまいが祈ったところで無駄な事ぐらい分かる。
 『奇跡』なんてのは神が起こすもんじゃねー。動いた奴が起こすもんだろ?」

「ふふ、分かってるじゃないか。
 しかし、何でまた両手を合わせたりするんだ?」

「知らねーよ。食欲が湧くんじゃねーの?」

黒人は料理を食べ始めた。

懐かしい味がした。

フィスキーナはその様子をただ眺めていた。





「ところで、元の世界に戻るのはどうすればいいんだ?」

食べ終わった黒人が質問する。

「帰りたくなったら私が連れて行ってやろう」

「ふーん……」

「どうした? もう帰るのか?」

「いや、今の俺はどれ位強くなってるんだ?」

「まだまだ奴らには敵わないだろうな。せいぜい手足を一本もぐのが関の山だ」

「そっか……」

「……なんなら暫くここにいてもいいんだぞ?」

「え?」

「ここと向こうは時間的なズレはほとんど無いから特に心配はいらん。
 お前達人間は数が多い分、全滅するのにも時間が掛かるだろうしな」

「なんだよそれ……」

「ん?」

黒人が立ち上がった。

「まるで全滅さえしなけりゃ良いみたいな言い方するか?
 一人でも多く生き残る方が良いに決まってんだろ」

「ふむ、それはそうかもしれんな。
 だがな、今のお前にそれが出来るのか?」

フィスキーナは顔を吐息が掛かる程、黒人にぐっと近づけた。

「いいか、小僧。可能な事と不可能な事の区別ぐらいつくだろう。
 今のお前の実力で人間を誰一人死なせる事無く敵を排除する。 これは可能か?」

「奴らの不意を突けば……」

「あの数全てに不意打ちが出来るとでも思っているのか?
 そもそも、今お前が突っ走って死ねば人間は全滅するだろうな。
 私は別に構わない。だが、お前はどうなんだ?」

「………」

黒人は席に着いた。

「いい子だ」

フィスキーナも同じく席に着いた。

「けどよ……皆、苦しんでるのに俺だけ安全な場所で……」

「はっ、他の奴らが苦しんでいたら自分も苦しむのか?
 とんだお人好しだ。いや、馬鹿と言うべきか
 妙な連帯感を持つんだな、お前達は。
 そもそも、何故お前達は他と合わせる事にこだわるんだ?」

「何故って……」

「同じでないと迫害されるのか? だとしたらとんだお笑い種だ。
 まずそういう前提は捨てろ。でなければ守れるものも守れんぞ」

「どういう事だよ」

「他が死ねばお前も死ぬのか?」

「は?」

「そういう事だ。お前が今、他と合わせて苦しむ道を選んだとしよう。
 それで力を付ける前に殺されてみろ。その先、誰が人間を守れるんだ?
 些細な事では問題は無いかもしれんが、この場合はそうも言ってられん。
 お前が他と合わせる事で人間と言う種族は消え去る事になるだろうな。
 本当に守りたいと思うのなら、よく考えろ」

フィスキーナは席を立ち、外へ出て行った。
黒人はテーブルに視線を落とした。

「……分かってるよ、んなこたァ」


暫くして、黒人は何かを決意したかのように立ち上がった。







空には太陽が出ていて、大地を明るく照らしている。
木に幾千と生い茂る深緑の葉は日光を遮り、心地良い影をつくる。

フィスキーナはそんな木陰で何をするともなく、寝転んでいた。

それに近付いていったのは、黒人だけだった。
虫や小鳥も、そこにはいないかのように静まり返っている。
まるで、黒人意外の全ての生命が眠っているかのように。


「おい」

「ん、何だ? 気持ち良く眠っていたところを」

フィスキーナは面倒臭そうに体を起こした。

「能力の使い方を教えろ」

その目からは不思議な力強さが感じられた。

「ふふ、いい度胸だ。教えを請う身が偉そうに。
 よかろう、いくつか教えるべき事もあるからな」

フィスキーナは伸びをしながら立ち上がった。




「まず、その体の変化について説明しておこう」

「変化? 変化ってどんどん強さを増したり、不死になったりじゃねーのか?」

「おおまかに言えばそうだがな。詳しい説明を聞いておいても損は無いぞ?」

「なら聞こうか」

「まず、不死の説明からだ。
 厳密に言えばそれは吸血鬼とやらとは少し違う。
 その肉体は『時間』が停止している状態にある」

「『時間』が停止って……どういう事だよ」

「その身体は一切の成長、老化を起こさない。
 さらには、神経の一本に至るまで何らかの力が掛からない限り一切の変化を起こす事は無い」

「……って事は……」

「お前はこの先、永遠にその姿のままで生き続ける事になる」

「………」

「嬉しいか? それとも悲しいか?」

「……両方だ」

「?」

「今は良いかもしれない。けど、永遠ってのを考えるとぞっとする」

「ほう、何故だ?」

「多分、誰からも受け入れられない。この事がバレたら」

「つくづく愚かな連中だな。人間と言うのは。
 まあいい、次に強さを増し続ける身体だ。
 『時間』の止まった身体も鍛えればそれなりに強くはなる。
 だが、筋肉そのものが変化しないために、必ず限界が訪れる。
 だが、お前の場合は筋肉に変化は無くとも限界が訪れる事がなくなったのだ。
 ただ、その分強さを増し続ける事になる。例え何もしていなくてもだ」

「それっておかしくねぇか? 何でわざわざ勝手に強くなっていくんだよ」

「多少鍛錬を積んだ程度で奴らに敵うと思うか?」

「う……」

「時間を掛けても良いと言うのなら別にその条件は付けなかったがな。
 これは私の気まぐれだ」

「気まぐれで人の身体を変に弄んなよ」

「良いではないか。あんな事までしたのだから、少しぐらい」

「いちいちそれを出すんじゃねェ! しかも身体弄ったのはその前だろ!」

「『弄る』なんて言い方はいやらしいぞ?」

「……うるせぇよ」
「照れる事は無いだろう」

「照れてねーよ」

「ふふ、まあいい。身体についてはそれぐらいだな。
 ……ああ、そうだ。お前の体の何処かに紋様は出来ていないか?」

「ん……? え……っと……。あ、こんなとこに」

黒人の左手に不思議な紋様が浮き出ていた。
デウス達の額にあるものとは違い、どこか梵字のようなものを思わせた。

「なんだよ、これ」

特に慌てる様子もなく、冷静に紋様をフィスキーナに見せる。

「意外な反応だな。もっと驚くかと思っていたが」

「紋様が付いてるだけで驚く必要あるのかよ。
 それに、あんたらも額にスゲーのあるし」

「私にも何故こんなものが付いてるのかは知らんがな。
 それにしても、それが浮き出るとはな」

「なんだよ、何か悪い事でもあるのか?」

「いや、むしろ素晴らしいよ。
 それはつまり、私が死んでも効果は絶対になくならない」

「なくならないって……」

「本来その身体は私が『与えた』ものだ。私が死ねば普通は効果は消え失せる。
 だが、たまにその印が浮き出る者がいてな。
 それは『永続付与』のサインだったみたいだ」

「って事は、俺は本当に不老不死になっちまったって事か?」

「安心しろ。殺されれば死ねる」

「………」

「まあ確立はせいぜい五分五分程度だからそこまで珍しくも無いんだがな」

「ふーん……」

「急に反応が薄くなったな」

「そろそろ能力の説明をしてはくれねーかな」

「おっと、そうだったな。忘れていた。
 では、よく聞いておけよ。まず………」

そうして、黒人はフィスキーナから可能な限り自分の力についての情報を聞き出した。







一ヵ月後―――。


「………」

広い草原に黒人はいた。
目を閉じている。

「イメージを―――」

周囲に「圧力」が生じた。
飛んでいた鳥は押さえつけられるように高度を下げ、
地面から顔を出したミミズは慌てて土の中に帰って行った。

「よし……!」

目を開き、力を抜く。
同時に「圧力」は解け、再び辺りは騒がしくなった。

「フィス」

「なんだ?」

「そろそろ、帰る」

「……分かった」



フィスキーナが腕をかざすと空間に大きな黒い穴が広がった。

「ここを真っ直ぐ進めばお前達の世界に戻れる」

「そうか……」

「お前達の世界を奴らの血で染め上げてこい。私はその様子をじっくりと観させて貰うとする」

「はっ、やっぱりあんたはそういう奴さ。ろくな死に方しねーぜ?」

「お互い様だろう?」

「……最後にもう一度質問だ。何故俺にここまでしてくれた?」

「決まってるだろう。お前を気に入ったからだ。
 あの邪悪な笑みを忘れはしない」

「なるほどな。やっぱりあんたらは『悪魔』だよ。
 ……いや、あんただけかもしれんがな」

「何を言う。こんなにも心優しく美しいお姉様を捕まえて」

「どの口がそんな事ほざくんだ?」

「ふ、まあいい。いずれその力が疎ましくなり、私を恨むようならいつでも殺しに来るがいい。
 温かいスープを作って待っているぞ」

「ああ、いずれお前が憎いと思えば殺しに行くぞ。
 鞄に収まりきらないほどの土産を用意しといてやるよ」

黒人は穴に向かって歩を進めた。
すぐに何も見えなくなった。
後ろを振り返ってもすでに何も無い。

黒人が前に進もうとしたその時。

「さらばだ! 『明無 黒人』!」

その声に振り向いたが、やはり何もなかった。
だが、黒人は声の聞こえた方に向かって叫んだ。

「じゃあな! 『フィスキーナ』!」



穴の外でフィスキーナは、優しく、そして僅かに悲しさを含み、微笑んでいた。







黒人は真っ直ぐに道を進む。
何も見えないが、不安は感じない。
来た時よりも長く感じられたが、やはり人間だけが通るのは勝手が違うのだろうか。





真っ直ぐ、真っ直ぐ。





やがて、見えた。





光。








第十五話
END

第十六話に続く



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