第十四話
ウルト
1:半絶滅





神トハ、救ウ者ニ非ズ

人ハ、頂点ニ非ズ

生命トハ、永遠ヲ経ルコト能ハズ

理ヲ破リシ者、祈ル墓 有ラズ







昔話は好きじゃない。
忘れたい事は幾らでも有る。





二千年以上も昔―――。

空に、大きな黒い雲が現れた。

雲と思ったそれは、穴だった。

空に大きく空いた穴から、何かが降りて来た。

人の様でもあり、そうで無い様でもあった。

その内の一体が、腕と思われる部分を一振りした。


竜巻が起こった。

付近にあったものは全て砂となった。

色彩豊かな砂に。


それから、彼らの侵略が始まった。





「生き残りは!?」

「此処にいるのは二十人だ」

「昨日に比べりゃマシな方か」

若い男女のグループはそれぞれ暗い洞穴の中に腰を下ろした。


侵略が始まってから一週間が経っていた。
すでに人類は億単位で数える事が出来ない程に減っていた。
しかし、彼らの力から考えるとそれだけでも奇跡のようなものだった。

「あれ、明無は?」

「え? あっ!」

「はぐれたの!?」

「なんてこった! 探しに……」

「駄目だ! 外には奴らがいるんだぞ!」

「けどよ……!」

「これ以上犠牲が出るのを見たくない!」



洞穴の中を覗いた者がいた。
人の様な姿をしているが、明らかに雰囲気が違う。
そいつから何かドス黒い空気が発せられているような感覚だった。
そして何より、額に浮かぶ禍々しい紋様。
侵略者達の特徴だった。


「うわあぁぁぁ!! 奴らだぁぁ!!」

「しまった! 見つかっ……」

そいつが腕を一振りした。


真っ暗だった洞穴が、一瞬紅く光った様に見えた。





「……はぐれちまったか」

茂みの中に隠れている一人の青年がいた。
歳は十七、八ぐらいだろうか。

「なんだって急にこんな事になっちまったんだかな。
 ……いや、こういう事は大抵突然起こる、か」

近くに侵略者達の姿は無かった。
しかし、何時現れるか分からない。
黒人は緊張を解く事はできなかった。

「こんなもん、持ってても何の役にも立ちゃしねェしよぉ」

その手に握った銃に目を落とす。
弾丸はある。
そう簡単に切れるような数では無い。
だが、彼らに対しては全くの無意味だという事はすでに分かっている。

当たらないのだ。
奴らは弾丸よりも早く動く。
よしんば当たったとしてもせいぜい擦り傷一つ出来るかどうかだ。


「まずは皆を探さないとな。どっかの洞穴にでもいるかな」

黒人は音を立てないように慎重に動いた。





「………」

黒人は洞穴の中の風景を見ていた。
偶然見つけた小さな洞穴の中に仲間がいた。
人の姿を失って。

暗くてよく見えないのがせめてもの救いだったろうか。

「………」


家族も、目の前で粉々にされた。
その時も、自分は隠れているだけで何も出来なかった。
黒人は一瞬で人の形を失う家族を、瞬きもせずに見ていた。

本来なら、誰もが心に傷を負うだろう。
立ち直れない人もいるかもしれない。
しかし、黒人の心は折れはしなかった。
家族の死にも、その絶対的な力の差にも、黒人の精神は負けなかった。
最後まで諦める事の無い強い心を持っていた。

それでも、やはり自分の無力さに腹が立たない日は無かった。

(力が欲しい。奴らを倒せるだけの、力)

死体とは呼べない程に砕け散った仲間を前に、黒人は強く思った。

強さが、欲しい。

黒人はその洞穴を後にした。





夜になり、侵略者の攻撃が一時的に収まった。
一安心し、黒人は見つけた洞穴で休憩を取っていた。
一緒に行動していた仲間も失い、心臓は常に速く動いていた。
さらに緊張のため、疲労は極限まで達していた。
そのため、黒人は少し休むだけのつもりが、深い眠りに入ってしまった。

翌日、目を覚ました黒人は自分の体があることを不思議に思った程だった。


しかし、これからすぐに失うことになるだろうと、目を開けた瞬間に悟った。

目の前に女が一人。
見た目は人間と変わらない。
長い黒髪に切れ長の目。
茶色がかった黒の瞳。
ただ、額に浮かぶ禍々しい紋様―――。

「う……!?」

脳が考える前に体が反応した。
黒人は銃を女に向けて構えていた。

「やっとお目覚めか。随分気持ち悪そうに眠るんだな、貴様等は」

銃に怯える様子もなく、女は興味深そうに言った。

「俺を殺すんだな……?」

「殺して欲しいのか?」

「手前ら皆人間を殺して回ってるじゃねェか」

それを聞くと女は突然笑い出した。
人間となんら変わりの無い純粋な笑い方だった。
その時初めて黒人は侵略者達も笑う事が出来ると知った。

「『皆』? 『皆』だって? あははははは!」

「何の為に人間を殺すんだ?」

「何故かって? そんな事私が知っている訳がなかろう。
 だがまあ、そうだな……。私の経験上、暇潰しか何かじゃないか?」

それを聞いて、黒人は銃を持つ手から力が抜けるのを実感した。

「暇潰しだと……!?」

「少し、暇潰しとは違うかもしれんがな。ふーむ、どう言ったら良いものか」

「待てよ……。そんなら俺達の命は暇潰し程度の物だってのか?」

「仕方がなかろう。子どもには命がどうとかなど分かる者がどれ程いると言うんだ」

「どういう事だ?」

黒人は女から目をそらさずに質問を続ける。

「ああ、知らなかったのか? 貴様等を殺して回っているのは全て、我々の種族の子どもだぞ?」

「あれが子どもの体格かよ」

女は黒人の頭を掴み、顔の近くに引き寄せた。

「小僧……我々を計るには貴様等の定規は小さ過ぎると思わんか?」

「ぐ……」

「我々は貴様等と同じようなナリはしているが寿命は比べ物にならんほど長いのだぞ?
 それこそ貴様等とカゲロウ程の違いがある」

「俺らにとっちゃ大人でも、手前らにすりゃ赤ん坊ってことか……」

「ああ、そういう事だ。貴様等も子どもの頃は蟻を潰して歩いていただろう?
 今奴らがしている事はそれとなんら変わり無い」

「ハッ……返す言葉もねェよ。
 子どもって奴ァ命の重みも知らねェで……」

「そういう事だな。お互い、子どもは怖ろしいって事だ。
 無邪気に笑いながら命を踏み潰すんだからな」

「ヘェ……あんたらにも命の重さの概念はあるんだな……」

「ほざけ。概念が無いのは貴様等だろう。
 少し前に覗いた事があるが、世界中で殺し合ってたじゃないか」

黒人はそれが世界大戦の事だとしばらくしてから気付いた。
どうやら彼女の言った「少し前」は人間にとっては何世代も昔になるようだ。

「あんたらには戦争は無いのか」

「ほう、あれは戦争と言うのか」

「あんなもん、俺だって人間のやることなんて思いたくねェよ」

「……くく、なるほど。貴様は私と似ているようだな」

「あ?」

「戦争とやらが嫌いだと言うくせに物騒な物を持っている。
 我々には何の意味も持たないがな。
 血を好むが醜い争いが嫌いなのだろう?」

「どーだかな」

「わかるさ。貴様は自分の内側を知るが故に自分を嫌悪する。
 最も厄介な二面性を持っている」

「………」

「まあ今はそれをとやかく言うつもりは無い。
 私も似たようなものだからな」

「何が言いたい?」

女は目を大きく見開いた。
その目つきは、どこか蛇を思わせた。

「私も血が見たいと言う事だ」

ひるむ事無く、黒人も言い返した。

「だったら、手前の血でも拝んでやがれよ」

「おいおい、いいのか? そんな事言って。
 私が貴様を掴んでいる腕にほんの少し力を入れるだけで頭が生卵のように割れるぞ?」

「その前に手前の目玉を片方潰してやる」

黒人は銃を女の右目に当てた。
自分が捕らえられているからこそ出来た事だった。
さすがにこの至近距離で撃てば堪えるだろう。
死を目前にしたこの状況で、黒人は笑った。
とびきり邪悪な笑顔だった。

「くく……あははははは!」

女は黒人の頭から手を離した。
黒人も銃を下げた。

「面白い。最後まで足掻こうという気だな?」

「ただで死んでも良い気はしねェからな。
 蟻だって人を噛む事もあるぜ?」

「なるほど、正論だ。……ふふ、気に入った。お前にしよう」

「何がだ」

「貴様に、奴らを殺せる力を与えてやろうと言うのだ」

「どうやってだ。それに、何で同族をわざわざ殺させる?」

「それはこれから教えてやろう。貴様がついて来るなら、な」

「嫌だと言ったら?」

「子どもに襲われて死ねばいいさ」

女の目の前に真っ黒な穴が出来た。
侵略者が出てきたような、真っ黒な、穴。

「何処について行けばいいんだ?」

「貴様が来れば教えてやる」

黒人は大きく溜息を吐いた。

「最後の質問だ」

「何だ?」

「あんたの、名は?」

「……それも、貴様が来れば教えてやる」

「結局、ついて行ってからか。
 しょうがねェ、どっちにしろいずれは殺されるんだ。
 早いか遅いかの違いだな」

「誰もお前を殺すために連れて行くとは言っとらんだろう」

「信用しろって方が無理な話だ」

「ふふ、そうかもな」


二人は穴をくぐった。







「ようこそ、我らが故郷へ」

「故郷……? 此処があんたらの住む世界か?」

「そうだ。どうした? もっと殺伐とした所だとでも思っていたか?」

「ああ、思ってた。まさか俺らの世界と同じなんて思うわけねェよ」

「『悪魔』だからか?」

「……何処で聞いた?」

「貴様と出会う前だ。あんまり五月蝿いからつい力加減を間違えた」

「そいつは蚊って事か?」

「そうなるな。さあ、私の家に行くぞ。此処からそう遠くない」

黒人はそれ以上何も話さず、女について行った。


「ではこれから貴様にある『能力』と『体』を与える」

「いきなり何言い出してんだ。そんな事簡単に出来たら……」

「苦労はしてもらうぞ。相応のな」

「……説明不足だっつってんだよ。何をどうすればそんな事が出来るんだ?」

「私の能力だ。子どもはせいぜい人間に比べて極端に強いだけだが、
 大人になるとそれぞれの『能力』が発現する」

「意味わかんねーよ。何でそんな『能力』なんかが発現するんだ?」

「貴様等人間とは出来が違うという事だ。言った筈だぞ、貴様等の定規は我々を計るには小さ過ぎる」

「……わーったよ。それで、俺は何をすればいいんだ?」

「耐え抜け」

「は?」

「これから私はお前に『無限に強さを増す体』と『不死の体』、さらに貴様に合った『能力』を与える。
 だがこれは相当な苦しみを伴う。それこそ、一つ『与える』だけで腹を割かれたような苦しみだ」

「つまり、三つも与えられると……」

「普通の精神なら崩壊を起こす。無論、死に至る可能性も十分にある」

「なるほど、そういう事か。耐え抜いたら耐え抜いたで奴らの血を見れる。
 無理なら無理で新しい人材を探せばいいだけか」

「その通りだ。理解したのなら早速始めるぞ」

「その前に」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「さっきの質問に答えてもらってない。
 何故、同族を殺させる? そして、

 あんたの、名は?」

「ふふ、そうだったな。これから死ぬかもしれないのだから今のうちに、か」

「そういう事だ」

「いいだろう。教えてやる。

 私はな、奴らが嫌いなんだ」

「嫌いだ?」

「ああ、この種族が嫌いだ。ただ、それだけだ」

「……理由は?」

「無い。ただ、嫌いなだけだ」

「その程度の理由で俺は命を賭ける羽目になってる訳か」

「貴様等が嫌いな相手に虫を投げつけるようなもんだ」

「いちいち例えなくても分かってるよ」

「もう一つ、私の名だが、その前に我が種族の本来の名称を教えておこうか。ついでだ」

「『悪魔』がそんなに嫌か」

「あまり聞こえは良くないんでな。
 ……我々は『デウス』と言う種族だ。覚えておくんだな」

「訳の分からん単語だな」

「それはそうだ。『ヒト』だって我々からすればおかしいのだから」

「まあ、いい。それよりも、名前は?」

「私の名だな。私の名は『フィスキーナ』。ま、知ってても何の得にもならんがな」

そして、フィスキーナは黒人に手をかざした。

「そうか。俺の名は明無 黒人だ。生きてたらよろしくな」

「ふ、生意気な口ばかり叩きやがって」



やがて、黒人に軽い衝撃の後、それが襲った。


(これは……!)

黒人はすぐに立っていられなくなった。

「二つめ」

その言葉と同時に、さらに黒人を得体の知れない苦しみが襲った。

「三つめ」

この言葉で、その苦しみは今まで経験した事の無いようなものになった。

(与えるなんてもんじゃねぇ! 無理矢理俺の体にねじ込んでやがる!)

十秒も立たない内に血を吐いた。
一分も立たない内に視界がはっきりしなくなった。
十分も立たない内に自分が何を考えているのかすら分からなくなった。


「ぐゥ……ああああああ!」

血を吐きながらも、意識が混濁しようとも、黒人の目は死ななかった。
土を掻き毟り、頭を打ちつけながら必死に耐えた。

「死んで……たまるか……ああああああ!」








朦朧とした意識の中、女が一人満足げに佇んでいた。

「ふふ、よく耐え抜いたな」

「はッ……はッ………ったりめェだ」

黒人は力なく、それでも精一杯邪悪に笑った。

「ギリギリの状態でよく言う。……だが、今の状態ではまだ終わりじゃない」

「んだよ……まだ何かあるってのか……」

「なに、今度は別に大したことはない。
 ただ貴様に与えた力を完全に固定するだけだ」

「固定って………いや、もういい。さっさとしてくれ。……説明聞くのも面倒だ」

「そうか? では遠慮なく……」

フィスキーナは力なくうなだれる黒人の頭を掴んで持ち上げると、


接吻した。


「むぐっ……!?」

さすがにこれには黒人も驚きを隠せなかった。


口に柔らかな感触が染み込む。

閉じられた口にへらを入れるように舌が入ってくる。

そこから生暖かい唾液が溢れる。

フィスキーナの舌から黒人の舌を伝い、黒人の口内まで流れ込む。

唾液は時に的を外し、黒人の口から溢れ出る。

それは黒人の皮膚を伝い、滴となって地面に落ちた。

「ぐ……む……」

「ん……ふ……」

どれ位の時間だったのだろうか。
その空間にはしばらくの間、二人の荒々しい呼吸と、呻き声だけが響いた。



「……っぷはっ! ……いきなり……っ……何しやがる……」

零れた唾液を拭き取りながらフィスキーナから少し距離を取った。

「言っただろう……力を……っ……固定する……儀式のようなものだ……」

やや紅潮した顔で息を切らしながら話す。

「どうした? くく、さては貴様、初めてか」

「そういう……事……言って……ん……じゃ……」

全て言い切ることも出来ずに、そのまま黒人は意識を失った。
苦しみを耐え抜いた緊張のストレスと、

ほんの僅かな快楽を感じながら。



「ふふ、初心なとこもあるもんだな……」

フィスキーナは意識を失った黒人を抱き上げた。

異常な量の汗が、フィスキーナの体に付着した。





第十四話
END

第十五話に続く



←第十三話へ
第十五話へ→






ClockLockに戻る
自作小説小屋に戻る
トップへ戻る