第十二話
Treasurehunt
act5:Dead end





「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか?」

「うん……ありがと。まだ大丈夫」

「無理しちゃ駄目ですよ」

「その怪我じゃ説得力ないよ。杏ちゃんこそいきなり倒れないでね」

「あはは、それもそうですね」



山中には意外と敵はおらず、二人は割と楽に進む事ができた。
しかし、一人は一般人、一人は手負いと、油断の出来ない状況にあったため、警戒は怠らなかった。

「もうすぐ……お祖父さんの遺産に……」

「慌てずに行きましょう。此処で敵の罠に掛かったりしたら……」

言おうとした杏の目の前に茂みから突然人影が飛び出した。

「!」

杏は素早く戦闘態勢を取る。

が、人影は一瞬で間合いを詰める。

杏は即座に背後に跳び、人蹴りで木の枝に向かって飛ぶ。

人影は相当なスピードで、その姿を完全に捉えることが出来ない。
今までの雑魚とは訳が違う。

杏もそれに付いて行く。
茜にはもはや二人の姿は見えない。

木の枝の反動を利用し、人影に向かって跳ぶ。
さながら弾丸の様に。

しかし、人影はその攻撃を紙一重でかわしたかと思うと、
地面に着く前に上下逆さまの状態で杏の足首を掴み、捕まえてしまった。

「あっ!」

「ん?」

ようやく動きの止まった二人を見て、茜は妙な違和感を感じた。
「えっ!? あれって……?」

上下逆さまのままで杏はその人影を見上げた。
そこには見慣れた男の顔があった。

「くろさん!」

「おお、杏ちゃん。こんな所にいたのか。ちょうど良かった。
 いやー、なかなか見つからなくて苦労したよ。能力使うのもどうかと思って……」

「あの……、離して貰えますか?」

顔を赤らめながら杏が言った。

「あ、悪い」

手を離し、杏を元の体勢に戻す。

「雑魚は大体片付いた。後はさっさと例のモノ見つけて帰ろうぜ。
 ……ん? 杏ちゃん、その腕どうした?」

「あ、そうそう! 何か敵にやられたみたいなの。治してあげて!」

「ごめんなさい、迷惑かけて……」

「何言ってんだ。十分良くやってくれたよ。茜嬢、離れてな。負担が掛かる」

「あ、はい」




「よし、これで大丈夫だろ」

「ありがとうございます。さあ、行きましょうか」

「うん」

三人が揃い、再び山頂に向かって歩を進める。

しかし、人の手が入っていない山はなかなか登るのに苦労していた。


一人だけ。


「なんでそんなにどんどん進んでいけるの〜?」

茜が二人に少々遅れを取りながらも必死で二人に付いて行く。
一方黒人と杏は何食わぬ顔で自分の身長程ある岩壁を軽々登る。
杏が茜に手を差し延べる。

「ごめんなさい、茜ちゃんは普通の人間ですものね」

「普通のって……。二人はそうじゃないの?」

「私達は……」

「『人間』だよ。ちょっと普通とは違うけどな」

「そっか……。さっきの動きだって普通じゃなかったもんね」

「……怖いですか?」

寂しそうな表情で杏が言った。

「何言ってるのよ。三日程しか一緒にいなかったけど、二人は私のことを助けてくれた。
 なんで怖がらないといけないの?」

「………」

その言葉で曇っていた杏の表情が柔らかに明るくなった。

「それに、二人とも、もう私の友達だもん。大事な友達を怖がる奴なんていないよ!」

「友達……」

「良かったな。友達ができたぞ」

黒人が穏やかに言った。

「はい……」





にわかに森が終わったかと思うと、眩しい日差しが三人を照らし出した。

「山頂だーっ!」

茜はその場にへたり込んでしまった。

「茜ちゃんは休んでてください。私達でお祖父さんの遺産を探しておきますから」

「ううん、私も探す! 此処まで来たんだから私も最後まで付き合わせて!」

「そ……そうですか?」

「そういうもんさ。どうせ此処まで来たからには、な」

「うん!」

「分かりました。じゃあ皆で手分けして探しましょう」



山頂は先程までの森林とは打って変わって荒野のように何も無い土地だった。
所々に大きな穴が開いていて、底は見えるがなかなか深かった。
三人はその穴に落ちないように注意しながら遺産を探していた。

三十分程経った頃、かなり遠くで黒人が二人を呼んだ。

「おーい! 何かそれっぽいのがあったぞー!」

「本当ですか!?」

杏と茜は急いで黒人の許へ駆け寄った。
黒人は所々開いていた穴の中でも一際大きな穴の中を覗いていた。
半径十メートル程ある。

「その穴の中に?」

「ああ、底を見てみろよ」

「何か……黒い箱みたいなのがあるね」

「あれかもしれませんね」

「降りてみようぜ」

「え……でも、梯子か何か降ろさないと……」

茜が言い終わるのとほぼ同時に黒人も杏も飛び降りていた。

「えっ、ちょっと!?」

二人は何一つ問題なさげに着地した。

「茜ちゃんはそこにいてください! 箱は持ってきますから!」

「……すご……」


「えっと……。あ、あったあった」

二人が箱に近づく。
真っ黒なその箱はどこか輝きがあった。

「結構重いですね」

「結構なもんが入ってるんだろうな。
 さ、持って行ってやろうぜ」

上では茜が心配そうに様子を見ている。
「はいっ!」

杏が返事をして茜のいる方を見上げた時だった。


だんッ


茜の胸から、耳を貫く音と共に紅い飛沫が飛び散った。

「まず一人、片付きましたが」

「ご苦労。残るは二人か」

女と鐘雪が、茜の後ろに静かに佇んでいた。

「茜ちゃん!!」

茜は足から力を失っていき、そのまま前のめりに倒れこんだ。
穴のすぐ傍に立っていたため、そのまま穴の中に落下した。

杏がそれを受け止めた。

茜の胸部からは血が止めどなく溢れてくる。
やがて茜は口からも大量の血を吐いた。

「茜ちゃん! そんな……!」



突然家にやって来た。

助けて欲しいと依頼した。

訳も分からぬまま海外まで行くことになった。

乗ったヘリコプターの中で話を聞いた。

協力すると言ったら、惜しみのない笑顔で喜んだ。

途中のトラブルで立ち寄った無人島で、敵に襲われた。

その時、足に重症を負った。

何一つ疑う事無く、黒人の言うことを信じて、身を任せた。

治った後も、治した黒人に違和感を感じる事も無く、感謝を述べた。

目的地に着いてから、黒人と別れ、二人で行動することになった。

その辺りから、敬語ではなくなった。

よく杏に話しかけてくるようになった。

敵がゴロゴロいる真っ只中で、守ると言う杏の言葉を疑う事無く無垢な顔で眠りに就いた。

翌日、敵との戦闘で傷ついた杏を、ひどく心配していた。

黒人と合流した時、真っ先に杏の怪我を治すことを黒人に願い出た。




つい先程、二人のことを「友達」だと言った。




杏と黒人の友達は、杏の腕の中で咳をするように呼吸をしている。
その服や肌は見る見る真紅に染まっていく。
それが乾いてくると、次第に黒ずんでいった。
息をして胸部が膨らむ度にそこから血が吹き出る。
その血がすでに乾いた血を再び真紅に染める。

「茜ちゃん! 死んじゃ駄目ぇ!」

「杏ちゃん、動かすな! 余計ひどくなる!」

黒人が駆け寄ってきた。

「早く、治してあげてください! このままじゃ……」

「待……っ……て……」

茜が弱々しい声でそう呟いた。

「喋るな! 死んじまうぞ!」

「遺産……見せ……て……」

二人には確かにそう聞こえた。

「遺産なら、ほら! 何が入ってるか見えますか?」

黒い箱の蓋を杏が開ける。

「あ……、これ……」

中には薬の様な瓶が何本かと写真、さらに手紙が一枚入っていた。

「お祖父……さんと……私の……写真……」

茜は写真と手紙を手に取った。
手紙は茜に向けて書いたものだった。


よく見つけたね
この写真はオマケみたいなもんだ
箱の中には化粧品が入ってる
これからオシャレも必要だろう
好きなように使っておくれ

それで、綺麗になって
いい婿さんを貰って
元気な子どもを産んで
いつまでも幸せに暮らしなさい

もう少しお前の顔が見たかったが
それも仕方が無い
いずれお前がこちらに来るのを待っておるよ
だが、くれぐれも早々に来ることの無いようにな

老いぼれ冒険家


「お祖父……さん……」

茜の目から、血とは違う液体が流れ出た。

「ごめんなさい……もう、そっちに……行くこと……に……なる……みたい……」

「死なないで! すぐ助けるから! ……くろさん! 早く、助けてあげてください!」

「もう……無理……だよ……自分で……分かる……」

「弱気になっちゃ駄目ですよ! 大丈夫! どんな怪我だってくろさんなら……!」

「……あ……れ……?」

「どうしたんですか?」

「お祖父さんの……写真……どこ……?」

「何言ってるんですか。ほら、手に持ってるじゃないですか!」

「持ってる……? あれ……? 見えないよ……。涙のせいかな……」

茜は涙を拭う。

「あれ……、まだ……見えない……よ……?」

その言葉を最後に、茜の腕が力を失った。

「茜……ちゃん……?」

ほんの少し、茜が軽くなったような気がした。
何かが抜けてしまったような感覚だった。

杏は茜をその腕に抱いたまま、瞬きをする事も忘れてじっと茜を見ていた。


「なんだ、遺産というのはそれだけか?」

黒人が上を見上げると、男女が二人いた。

「そんなものの為に多大な労力を費やしたという訳か。とんだお笑い種だ」

「手前が……やったのか」

「そう睨むなよ、すぐに同じ所に行けるさ。もう用は無くなったからね」

そう言ってスイッチのような物を取り出すと、そのスイッチを押した。

それと同時に穴の中に爆音が響き、穴全体が揺れたかと思うと、
大量の岩石が三人の頭上に降り注いだ。




「穴」だった場所はもはや穴とは呼べなくなっていた。
そこには生物の姿は見当たらなかった。

その様を見ていた鐘雪はただひたすら笑っていた。

「素晴らしい風景だ! 宝を見つけたのも束の間、岩に押し潰されていく馬鹿達!
 そんな『絶望』がここに埋まっていると考えると、実に愉快だ!」

「それでは帰りましょうか」

女は冷静に言った。
だが鐘雪はなおも愉快そうに笑いながら言う。

「まあ待ち給えよ。もうしばらくこの風景を見ていたいんでね」

女は特に反対するでもなく、一緒になってその景色を眺めていた。

「こんなもの、なかなか見れるものでもないよ。
 またどこかで見ることが出来るだろうかね」


その言葉に反応するかのように、岩が一つ揺れ動いた。




「手前がこの先見るのは地獄で十分だ」

突然、轟音が山一帯に響いた。
小鳥が群を成して何処かに飛んで行った。

その音の発生源には、三人の人間がいた。
そのうち一人はもう動かない。
一人は座り込んで呆然としている。

つまり、全員を守り、この岩石を粉砕したのは―――。

「お前が一人で……?」


「答える義理はねェな」


杏が、ゆっくりと、優しく茜をその場に寝かせた。
そして、静かに立ち上がった。


「茜ちゃんを撃ったのは……誰ですか?」

茜を見たまま問う。

「私だが?」

女が答えた。

「お前が……」

ゆっくりと杏が女の方を見た。
女は杏の目を見ると、戦慄が走った。


「許さない」


杏の表情から、一切の感情が消えた。


「怒り」という感情を残して。





第十二話
END

第十三話に続く


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