第十一話
Treasurehunt
act4:Absolute





「あの女、余計な『遊び相手』ばっかり用意しやがって」

周囲の草木は活動を完全に停止させている。
温度を極端に下げた事で。
男は端正な顔立ちで、冷やかな目つきをしている。

「何か……言いましたか?」

「いィや、こっちの話だ。気にすンな」

「そうですか……。では、遠慮なく」


ピキッ


「うおぅっ」

一瞬、寒気が襲ったかと思うと、巨大な氷塊が二人の間に現れた。

「能力『Absolute zero』。以後、お見知り置きを」


氷塊から先程までとは比べ物にならない程の冷気が押し寄せた。

「私は氷上と申します。最も、知った所で、この先役に立つわけでもありませんが。
 ……ま、貴方に『この先』などはございませんので」


「っか〜、さみーな。凍っちまいそうだ」

「凍るのですよ。永遠に」

「これ以上の『永遠』は御免だぜ」

黒人は一旦氷塊から距離を取った。
狙い通り、氷塊から離れると温度はやや元に戻った。
そこから氷塊の中身が透けて見えた。
中には体を失った頭が無数に詰め込まれている。

「快楽殺人鬼か?」

「まさか。心が痛みますよ。私の能力の為に犠牲になってくださった方々には」

「笑顔で言われても説得力はねェよ。地獄に落ちるぜ」

「そうでしょうね。しかし、それも私のこの呪われた能力の運命……。
 全てをありのまま受け入れるだけでございます」

「だったら大人しく家で引き篭ってな。そうすりゃ天国で虐められ放題だ」

「使わざるを得ないのですよ。私の心が崩壊してしまう」

「やっぱり快楽殺人鬼じゃねェか」

「いえいえ、私が人を殺すのは限界が来た時だけですよ。
 そして今が、その時なのです」

「そうか。間の悪い時に限界が来ちまったなァ。
 そのせいで自分が死ぬことになるんだからな」

「面白いことをお言になる。しかるべき場所で言えば御捻りが戴けますよ」

「一銭も貰えねェよ。当たり前の事だからな」

会話を終えると黒人はその場を離れた。


「そのまま突っ込んで来るほど馬鹿でも無い、か。
 それならば、ゆっくりと追い詰めて差し上げましょう」


氷上の両手が青白く光ると、先程の氷塊が空中に現れた。
その数、およそ五十。
それらが一つ一つ、黒人に狙いを定めて襲い掛かる。
大地を抉る音と共に地面に立つその氷塊は、十秒と経たない内に周囲を低温の白に染め上げる。

「それが貴方の墓標となることでしょう」

「そいつは困るな。溶けちまったら何処に祈ってもらえばいいんだよ」

「御心配無く。絶対に溶ける事はございませんゆえ」

「はっ! 軽々しくそういう約束されても信用できねぇな!」

「仕様がありません。これは決定された事実なのですから」

「そういうのは、終わってから言うべきだな」

氷塊が迫って来るが、黒人は難なくかわし、冷気の届かない所まで瞬時に移動する。
そう簡単に黒人をしとめる事は出来ない。


(ムカつく目ェしてやがる。ああいうのは)

二方向からの氷塊の激突を「無間」で逃れる。

(そう簡単には止まらねェ)

さらに前方から氷塊が襲い掛かる。

「ちぃっ!」

地面に足が着いた瞬間、連続で「無間」をすることで逃れる。


「どうしました? 逃げてばかりでは勝てませんよ?」

「『逃げるが勝ち』って諺知らねェのかバーカ! 国語の勉強小学校からやり直せ!」

「実際これが貴方が勝っている状況に見えますか? それに……」

さらに黒人の周囲四方を氷塊が取り囲む。
それらは黒人めがけて落ちる事無く、そのまま地面に突き刺さった。

「残念ながら、国語のテストでは九十点以下を取った事はございませんよ」

突き刺さった氷塊は黒人の逃げ場を完全に失くしていた。

「これはオマケです。良い夢を」

最後に一つの氷塊が四つの氷塊の間に落ちた。
しかし、それぞれの氷塊が邪魔になり、地面まで落ちる事は無かった。
すなわち、穴の開いた墓石に蓋をした。

空中の逃げ場すら失った黒人に容赦なく冷気が襲う。
一つであっと言う間に周囲を氷漬けにする氷塊が五つ。

動きを見せる暇も無く、内部は空気まで凍りついた。
外からでも内部の様子が見える。
無数の首の中に、たった一人体を有す者。





「……不愉快ですね。私の方を睨みつけたまま仁王立ちとは」

氷上の手が再び青白く光ると、氷に無数のヒビが入りだした。

「墓標にして差し上げようと思いましたが気が変りました。
 このまま粉々に砕けていただきましょう」


氷上が手を強く握ると、氷塊全体にヒビが入り、無数のつぶてになって周囲に飛び散った。
氷漬けになった脳や目玉が四散する。
冷気でまだその場は白い霧が立ち込めている。


その場を後にしようとした氷上に、話しかける者がいた。


「……だから言ったんだよ。信用できねェって」


その声に振り向くと、あるはずの無い姿がそこにあった。

「……完全に砕いたはずですが?」

「手前の氷だけだろ。砕いたのは」

「いいえ、貴方もろとも砕いたはずです」

「ほー、手前の能力はあの氷に触れてなくても敵を砕けるのか。
 ならなんで最初から使わねェんだ?」

「おっしゃる意味がよく分かりませんが?」

「はっ。冗談の通じねェ奴だな。言ってんだよ。最初から俺は凍っちゃいねェ、って」

「それで納得とはいきませんね。貴方があの氷の中で凍らない筈が無い。
 ……なるほど、さては貴方も……」

「御名答。『ヤツ』に『与えられた』者さ」

「素晴らしい。貴方のような者を殺せば当分はこの衝動を抑えられるかもしれませんね」

氷上は突然禍々しい顔つきになった。

「全力で狩りに来いよ。でないと、狩られるのはお前だぜ?」

「言われずとも容赦しませんよ!」

氷が氷上の体を覆い出した。
やがて、それは鎧と呼ぶに相応しい形態になった。
だが、この鎧の目的は攻撃を防ぐためではない。

「私自ら狩りを愉しませていただきますよ!」

纏った氷の鎧がアメーバのように形を変えながら黒人に襲い掛かった。
氷上が手を広げると、手の部分の氷が水のように広がり、黒人を覆う。
足を振るとその部分の氷が刃となって地面ごと切り裂く。

「ほうら、これで逃げ場はありませんよ?」

その上に先程の氷塊を黒人と氷上の周囲に隙間無く落とした。

「特別に胴体は残してあげますよ! さあ、その顔を苦しみに歪め……」

「逃げる気もねェよ。やっとこさ本性剥き出しにしやがって」



場の空気が一気に重くなった。

原理もよく分からない何かの「圧力」が生じた。


「『闇形絶歌』」

その言葉と同時に周囲の冷気が一瞬で熱気に変わった。

「後成氷炎 『熱』の旋律」

瞬間、黒人の周りに生えていた凍った草が炎を上げた。

「なるほど、貴方は炎の使い手でしたか! ならば私の能力では分が悪い!」
だが、その炎は再び氷となった。
炎の形を残して。

「普通ならばね。しかし、私の氷はその程度の炎で溶かされるほどやわではない!」

再び氷を刃と化し、黒人目掛けて放つ。

常人には捉え切れないスピードで刃の触れるもの全てを凍り付かせながら飛ぶ。

だが、黒人にはそれを見切ることなど造作も無い。
その刃を片手で完全に止める。
止めた手には切り傷一つついていない。

「よく止めましたね! だが、その刃はただ切るだけではない!
 さあ、凍りなさい!」

氷が黒人の皮膚を侵食していく。

「どうしました! 先程の線香のような火で少しは抵抗したらどうです!」

凄まじいスピードで腕を侵食するその氷が肩まで達したその瞬間。


じゅっ


「満足したか?」

黒人の腕から氷が消えた。

「なっ……」

「何驚いてんだよ。お前が抵抗してみろって言ったから抵抗したまでだ。
 結果はご覧の通り。意外だったのか?」

「……炎は一切見受けられませんでしたが?」

冷静さを取り戻し、氷上はもう一度氷を黒人に飛ばす。
だが、今度は黒人に到達する事も無く溶けてしまった。

「俺の能力が炎だと、誰が言った? 脳味噌まで氷漬けなんじゃねェのか?」

「無間」で間合いを詰め、氷上の目の前に現れる。

「だったらその頭ごと溶かしてやるよ」

氷上を覆う氷が一瞬で溶ける。

「くっ……。……ならば溶かされる前に貴様を氷漬けにしてくれるわァ!」


急に言葉遣いが荒々しくなった氷上自身から猛烈な冷気が発せられた。

「絶対零度で凍り付けェ!」




黒人が凍るのに時間は一秒と掛からなかった。
当然黒人は微動だにしなくなった。

少なくとも氷上はそう思った。

「莫迦な……」

「馬鹿は手前だ、マヌケ」

一瞬で凍り付いた黒人は、その氷を一瞬で溶かして見せた。

「教えてやるよ。この能力は炎を出す能力じゃねえ。
 『熱』を操る能力だよ。好きな温度に好きな速度で。
 その凍って麻痺した脳味噌でも分かるぐらい簡単だろう?」

氷上はその説明を聞くこともなく、森の中に姿を隠した。

(今はヤツを殺せない。 いずれ能力を高めてからじっくりと……)

「人の話は最後まで聞けってんだよ」

場を離れようとした氷上の目の前に黒人が立っていた。

「せっかくだからいいこと教えてやるよ。この能力な、温度を上げるだけじゃなくて下げる事も出来るんだぜ」

黒人は氷上の頭を掴んだ。
その部分から次第に氷が氷上を侵食していく。

「うわあああァァ!!」

「おや、自分が凍り付くのは初めてか? ならじっくり堪能しな」




やがて氷上は完全に凍り付いた。
首から上を残して。
その氷上に黒人はまだ話しかける。

「お前の能力は絶対零度が限界みたいだけどな。俺はそれ以下にも出来る。
 絶対零度よりも低い温度になると物質がどうなるか、知ってるか?」

「や、やめろ!」

「物質は細胞崩壊を起こし、やがて破壊される。一つ勉強になったな」

「やめてくれェ!!」

その声に黒人はくくっと笑い、話を続けた。

「安心しな、殺しはしねェよ。ずっとそのまま凍り付いてな。一生な」

「どういうこと……」

「喋るな。耳障りだ。
 ……まあいい、教えてやるよ。
 お前はもう死ぬ事は無い。そういう能力を使った。
 ただし、苦しみはずっと付き纏うぜ。
 まあ、寿命が来るまで辛抱してな」

「た、助けてくれェ……」

「喋るなっつったろ。そのまま殺した奴らに許しでも乞え」



それ以上の会話をやめ、黒人は再び行動を始めた。

「さあ、夜の始まりだ。派手にやろうかね」

黒人の瞳の色が変化した。






「うわああぁ! なんだ、コイツは!?」

「弾丸が当たらねェ!」

次から次へと藍色のスーツの男達が吹き飛ぶ。
誰もその姿を完全に捉える事無く意識を失った。
異常な速度で舞うその影の瞳の光が線になって動きの軌跡を描いた。






目が覚めたばかりの小鳥がさえずる。
東から淡い光が島を照らした。

「……もう全然見かけねェな。全滅したか?」

夜が明けた頃、上陸した百五十人の内、残っているのは十人にも満たなくなっていた。

「それじゃあそろそろ、杏ちゃん達と合流するか」

いやにスッキリした顔で黒人は歩き出した。





第十一話
END

第十二話に続く


←第十話へ
第十二話へ→






ClockLockに戻る
自作小説小屋に戻る
トップへ戻る