第十話
Treasurehunt
act3:Discharge of wickedness
太陽がほぼ真上に来た頃、百五十と三人いた島の人口は百人まで減っていた。
「やっ!」
敵を見つけるや否や杏の手刀が首筋に入る。
大抵の敵はそれだけで崩れ落ちた。
しかし、杏が倒した数は現段階で十にも満たない。
つまり、四十人以上は黒人が倒していた。
茜の体力を考え、杏は敵に見つかりにくい茂みに隠れて、休憩を取っていた。
「今、どのあたりですか?」
「え〜っと……大体このあたりだと思う」
「まだまだですね。頑張りましょう」
「ええ。……少し確認しておきましょう。地図では宝の在り処はちょうど中央にある。
つまり……」
「あの大きな山の中にあるってことですね」
「そう。だから私達はあの山を目指せばいいんだけど……」
「大変ですね」
やがて休憩を終えて再び二人は歩き始めた。
と、そこに。
「隠れて!」
藍色のスーツを着た男が通り過ぎる。
すでに銃を手に持ったまま、引き金に指がかかりっぱなしだった。
「そろそろ向こうも警戒を固めてますね」
「急いだ方がいいんじゃない?」
「そうですね。宝物を見つけられてもいけませんから」
男が通り過ぎた後、二人は足を速めた。
しかし、杏はともかく茜はごく普通の少女なのだ。スピードなど知れたものだった。
そのため、杏が茜の手を引く形になっていた。
山の麓まで着いた頃には夕焼けが島を炎の色に染め上げていた。
「ようやくここまで来れましたね」
「後は登るだけ!」
「でも……今から登るのは危険だと思いますよ。今日はここで休んだ方が……」
「でも、それだとあいつらに先を越されるよ! 今からでも登った方が……」
そう言って足を進めようとした茜だったが、その意思に反して、足がふらついた。
「茜ちゃんも限界でしょう? あなたの為にも今日はここで休んだ方が良いですよ」
「でも……」
「いくら焦っても、体がついていかなければどうしようもないでしょう?
それに、私はくろさんにあなたを任されているんです。大事にする訳にはいきません」
真剣な顔つきの杏の言葉には有無を言わせない威圧感があった。
「……我儘言って、ごめんなさい」
頭を下げた茜に、今度は杏は優しく微笑んだ。
「いいんですよ。さ、今日はもうここで休みましょう。昨日の果物が残ってますから」
「うん……。ありがとう」
ある程度の腹ごしらえも済み、日も落ちた頃、茜は疲れからぐっすり眠ってしまった。
杏はその姿を優しく見守っていた。
そして、立ち上がって口を開いた。
「出て来てください」
「そうだ、アレは放っておいたか?」
「アレならばすでに完成体が一体、捜索と敵の排除の為に起動させておきましたが」
「そうか、それならいいんだ。
……あとは……」
「氷上ならばすでに出ていますが」
「よく分かったね。……明日になれば僕達も宝探しに出ようか」
「仰せのままに」
鐘雪は寝室に向かった。
「たっ!」
杏の蹴りがそいつの首と腹部に一発ずつ入る。
だが、そいつは多少ぐらついただけで、ダメージは見受けられなかった。
すると、そいつが話し始めた。
「攻撃ヲ確認 敵ト認識 排除シマス」
おかしな声で言う敵に杏は違和感を覚えた。
(攻撃が効いてなかった……)
と、そいつが攻撃してきた。
杏はそいつの攻撃に驚いた。
およそ人間とは思えない程の腰の回転。
ほぼ二回転している。
さらに、腕は骨でも折れたかのように逆方向に折れ曲がり、そいつの体に巻き付くようになっている。
そいつは杏に向かってくると、腰を勢い良く回転させた。
遠心力に任せて腕が鞭のように襲い掛かる。
それを屈んで避けた杏だが、通り過ぎる腕を見て、全てを確信した。
その腕は、最初と違い、常人のそれよりも遥かに長いものだった。
「機械……。ロボット、ですね」
「排除シマス」
それを肯定するかのように人間には不可能な体勢、攻撃を仕掛けてくる。
後ろ向きだと思うと首が百八十度回転し、杏の方を向く。
そして、口の中からナイフのような物が飛び出してくる。
体を大きく反らしてまるでブリッジのような体勢から頭突きを繰り出す。
それが外れると今度はその勢いを利用して頭から地面に突っ込み、足で攻撃してくる。
動きそのものは格闘をかじった人間に少し色を付けた程度だったが、その不規則な動きが厄介だった。
だが、それ以上に厄介な問題があった。
「敵ノ攻撃 精度 高シ」
「威力 ナシ」
杏には、元々力は大した事は無い。
急所を突くことで、最小限の力でも敵を倒す事ができた。
だが、今回の相手に、人間の急所と言う考え方は通用しない。
(どうしよう、私の力じゃいくら攻撃を当てても倒せないかも……
……それなら!)
杏は一旦そのロボットから距離を取った。
「くろさんに教えてもらった技で!」
杏は強く地面を蹴り、高速でロボットに突っ込んだ。
「『無間光槍突』!」
『無間』の速度でロボットに拳で突きを繰り出す。
そうすることによって、鼻血が出る程度のパンチが顔を吹き飛ばすバズーカになる。
その威力でもってロボットの顔面に思い切り拳を喰らわせた。
ロボットは周囲の木を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
「これなら……!」
倒せる、と言おうとした杏に向かって、猛スピードで正面から刃が向かって来た。
一瞬油断したのがまずかった。
気が緩み、警戒が弱まり、飛んでくる刃への反応が遅れた。
なんとか致命傷は避けたが、その刃は、杏の右肩に深く突き刺さった。
「うあっ……!」
「敵ノ攻撃 精度 高シ」
「威力 ナシ」
「排除シマス」
杏の右腕に血が流れる。
勢いが止まらず、地面に零れる。
先程の攻撃の反動、さらに今の一撃で杏の右腕はほとんど動かなくなった。
肩口から力なくだらりと垂れ下がっている。
「今の攻撃でも駄目だなんて……」
杏の攻撃は、先程のもので最大出力だった。
これ以上の威力を出すのは不可能だった。
能力を使わない事には。
(仕方ない、か。茜ちゃんも見てないしね)
「排除シマス」
向かってくるロボットの攻撃を右腕を庇いながらも全てかわし、大きく距離を取った。
「行きます!」
大きく深呼吸して、右腕を下げたまま構えた。
左手の掌を大きく広げ、上に向けた。
すると、左腕全体を黒い影のようなものが蛇のように取り巻き始めた。
その影のようなものが左手の指先まで達すると、それが腕に同化するように消えた。
「『紫炎』」
杏が言うと影が再び浮き出し、それが紫色に染まり、影は炎になった。
「機械って温度が高くなり過ぎると壊れちゃうんですよね」
再び杏はロボットに向かって行った。
ロボットもそれを迎え撃とうとする。
ロボットの腕が伸び、鞭のように不規則な動きで杏に襲い掛かる。
だが、杏はその動きをものともせず、全てかわしながらロボットに突っ込む。
「敵 接近 攻撃 精度良クモ威力ナシ 敵ノ攻撃 当タリ次第 銃撃」
ロボットの口から今度は銃火器のようなものが覗いていた。
「無駄ですよ」
杏は素早くロボットの背後を取ると、左腕をロボットの首に回した。
ちょうど腕で首を絞めている形になる。
このため、ロボットの頭は杏を向くことができず、銃を撃つ事ができなくなっていた。
「想定外 シカシ 敵 力 弱シ へっどろっく 逃レル 所要時間 二十秒」
「二十秒もあれば十分ですよ」
杏の左腕から発せられる紫色の炎が勢いを増した。
「普通の炎よりも遥かに熱いですよ。この間沢山『入って』きたから」
杏の瞳に、光が反射しなくなった。
目は大きく見開かれ、獣のような目つきになっている。
「ふふっ、お別れですね」
「熱量過多! 熱量過多! 冷却ヲ要ス! レイキャクヲ……」
炎がロボットの頭だけでなく、体全体も覆い尽くす。
その炎に包まれた影は、次第に形を無くし、最後にはほんの小さな金属片だけが残っていた。
「“Be held in the flame, and return to nothing.”」
「茜ちゃん、起きてください」
「ん……」
「おはようございます」
「おはよう……って、杏ちゃん、その怪我!」
「あはは、大丈夫ですよ。くろさんと合流したら治してもらいますから」
「痛く……ないの?」
「これぐらい、何てことないですよ。もっと大きな怪我をしたこともありますから」
「……杏ちゃん、強いんだね」
「そんな事ないですよ」
「ううん、強い。そんな怪我して笑ってるなんて、私にはできないよ」
「逆ですよ。どんなに痛くても、笑っていればへっちゃらです」
「そうなのかな」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「うん」
二人は山を登り始めた。
少し遡って、杏達が就寝した頃。
「大分倒したな。半分ぐらいか?」
黒人は倒した敵の数など数えていない。
それどころか敵の総数も知らない。
黒人は半分程倒したと思っていたが、実際はそうではなかった。
日が沈む頃には、組織の三分の二の人間が地面をベッドにしていた。
「もう夜か。早かったな」
黒人が先に進もうとしたその時。
地面が音を立てた。
やがて周囲の草木は風にもなびくことなく、固まってしまった。
「凍ってるな……。ふん、幹部のお出ましか?」
「たった一人にやられるなんて、情けない部下を持ったものだ」
男は静かな口調で言った。
第十話
END
第十一話に続く
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