番外編シリーズ1
つー君とZ子(7)
〜午前0時〜
23時30分。
彼女の家のドアをノックする。
昨日、初めて知り合った娘。
答えは其処にあった。
19時25分。
鎖に体の一部がほんの少し触れるだけで、殺人鬼は次々と消滅して行く。
抵抗しようとナイフを突き立てるも、それすらも黒人の体に届く事無く消えてしまう。
「武器までもが能力だったのが災いしたな」
腕から鎖を解き、縦横無尽に振り回す。
密集状態だった殺人鬼の群れが、一斉に姿を消す。
周りに群がっていた殺人鬼達をあらかた片付けると、黒人が鎖を回転の勢いでそのまま再び腕に巻きなおす。
「反則のような能力だな」
「お前らだからこれだけの効果があるんだよ」
黒人が深く体を沈め、そして地を蹴る。その衝撃で土が抉れ、弾け飛ぶ。
23時38分。
彼女を連れて公園まで行く。
全てを知り、彼女がどんな行動を起こすかは正直予想できない。
それでも、信じている。
この娘なら、きっと大丈夫。
しかし、そうは考えても、どうしても不安は過る。
20時20分。
「オラ、次来いよ。まだ4分の1も消してない筈だ」
「そう急かずとも良いではないか。そもそも、君の力もよく分らない。慎重に殺りたくもなるだろう」
黒人を中心に、数メートル離れて殺人鬼達が輪を作っている。
その夥しい数は、もはや数えろという方が無理だった。
「だったら、考える暇も与えなけりゃ良い訳だ」
黒人が、殺人鬼の作る輪に、鋏を入れるように切り込んで行く。
さらに次から次へと殺人鬼が消えていく。町の不安が解消されていく。
「ふむ……先ほどの異常な重力に関係がある能力かね?」
「答える必要があるのか?」
質問した殺人鬼の目の前にいつの間にか黒人が現れ、その口から吹き飛ばしてしまった。
「次ッ!」
初めの位置から消え、次に黒人を見た時には既に背後を取られ、振り返った瞬間には消し飛ばされる。
黒人はさらに速度を増し、もはや姿を捉える事も出来なくなっていた。
それでも、殺人鬼は一向に姿を消さなかった。
「それだけの速さと技が、いつまで持つかね、黒人君」
「だから」
鎖が殺人鬼の口から喉を貫く。
「能力の一部に過ぎないお前が、術者の記憶で俺の名を呼ぶな」
黒人の左手の手袋が、破れてボロボロになっていることに、果てはその意味に、殺人鬼達は気付いていなかった。
23時46分20秒。
「どういうこと……?」
彼女が問う。やはり、突然こんな事を言ってもすぐには理解できないだろう。もう1度説明した。
この町で起こる大量殺人の原因。
それは、他ならぬ彼女。その能力。
そして、彼女に手を付けた、あの異種族の女。
22時50分。
既に3時間以上が経過しているにも関らず、黒人の動きは衰えない。
影が殺人鬼達の間を縫い、それを確認する間もなく新たな道が開ける。
そして、殺人鬼の数は、いよいよ10人を切った。
3時間もの間、その能力を、一切発揮する事も出来ず。
「その力といい、持続力といい、君は何者だね? 只の人間にしては、あまりにも超越している」
もはや彼らは黒人を取り囲むことはせず、1列に並んでいる。
「お前らがあまりにも鈍い。それだけだ」
黒人は、傷一つ負わずに立っている。
「言ってくれる。ならば、我々も」
言い終わるのを待たず、黒人の右腕が殺人鬼の頭部を捕える。
「能」
「力を」
「見」
「せ」
一言を言い終わる前に、殺人鬼の数は更に半分消え、残りは5人。
尚も黒人は止まらず、4人を消し去った。
「誰も力を使わせるなんて言ってない。つーか、いくらでも使えるチャンスはあっただろ?」
そう、ナイフは彼らの能力の1つであった筈だ。
しかし、それを黒人の右腕に―――絡みつく鎖に―――突き立てると、能力どころか、傷を負わせることもなく消え去った。
つまり、殺人鬼の能力が一切、発現しなかった。
「成程、君の能力は……」
「とりあえず、この鎖はお前の察した力を持ってる」
「道理で、我々ではどうにもできない訳だ。しかし、今日我々を退けただけでは……」
「いや、今日で終わりだ。全部な」
「何……?」
23時48分。
彼女がそれを望んでいようがいまいが関係はない。
ただ、才能があれば発現する。それだけだ。
だから、彼女自身には、本来なら責任など無い。自覚無しに力を使う例など、滅多にお目にかかれるものではない。
暴走を止める手段は2つ。彼女が死ぬか、能力を封じるか。
迷わず後者を取った。それだけの力が備わっていた事に初めて感謝した。
22時55分。
「そうだな、これだけ振り回されたんだから、お前の引き攣る顔を見るのも良さそうだ」
悪戯好きな子どものように、くすくすと笑いながら黒人が話した。
それには、子どものような残酷な面が見て取れた。
「第一に、お前の正体は分かっている。勿論、術者も」
たったそれだけで、殺人鬼の表情は一変した。自分達が次々と消されていくその最中にも見せなかった汗が流れた。
「へえ、人形のくせに汗が出るのか」
尚も楽しそうに黒人が続ける。
「もう分ってるな? 第二に、俺は能力を封じる力がある。それだけだ」
「貴様ッ!」
構える暇も与えず、一閃、殺人鬼の胸元を、黒人の強烈な一撃が突き抜けた。
「これでお前は、明日の日没まで出てこれない。それまでに終わらせればそれで良い」
殺人鬼は、影も残さず、完全に消え去った。
23時50分。
「じゃあ、私がその人に能力を与えられたせいで、こんなことになっちゃったのね」
そうだ、と答える。
そして、彼女の能力を封じ込める事が俺には出来る事も告げた。それも、アイツに与えられたものだということも。
更には、それを実行するには危険が伴う事も。
「でも、どっちにしても、この事件には幕を引けるんでしょう?」
その問い掛けには、もう1度、今度は声を出さずに頷くだけだった。
でも、彼女には出来る限り死なないで欲しいと思った。
壊れてしまった彼女の人生に、再び光を当てたかった。
俺は善人じゃない。
『デウス』の侵略に、殺意を以て返した。
自分の力を見誤り、無関係の子どもを肉塊に変えた。
全てを正義のように振舞った俺の事を偽善者と呼ぶ人もいるだろう。
実際はそうじゃない。
俺は、歴とした「悪」の側にいる。
自分が1番そう思う。
でもさ。
悪人が、人を死なせたくないと思ったらいけないなんて、誰が言った?
彼女に、最後の時間を10分だけ与えた。
絶対に最期にはしたくない。
23時。
黒人が無言で公園を去る。
途中、喫茶店の明かりが見えた。
「まだ、開いてるんですか?」
「おや、いらっしゃい。いや、なんとなく、帰る気分になりませんで。だらだらしてる内にこんな時間です」
「そっか。じゃあ一杯だけ何か貰おうかな」
何故深夜に黒人がいるのか。そんな事を訊ねたりはせず、店主はミルクティーを淹れてくれた。
その喫茶店で飲んだ夜遅くの紅茶は、先程までの戦闘で昂っていた黒人の気分を、香りと湯気で包み込むように静めてしまった。
「ありがとうございました。またのお越しを」
ほんの十数分の来店を引き留めることなく、店主はそう言った。
日課が1つ増えそうだ。
そう思いながら、黒人は店を出た。
24時。または、0時。
「また、あの喫茶店でお喋りしたいね」
彼女がそう言った。
不思議と、顔がほころんだ。
気を引き締め直し、いよいよ能力を発現させた。
フィスキーナの能力に耐えたんだ。きっと俺の能力でも耐えられる。
そう思いながら、彼女の能力を『戒』の能力で封印にかかった。
俺の力を抑えている能力で。
暫くして、苦しいだろう筈の、彼女の傷ついた口から笑みが、綺麗な瞳からは涙が零れた。
100年後。
24時。または、0時。
「あの……何所に行くんですか、こんな時間に?」
つい最近、家に来た女の子が訊ねる。しっかり寝ていると思ったのだが。
1つ溜息を吐き、一緒に来るかどうか聞いてみる。
意外にも、女の子は付いて来ると答えた。家に来てから俺の事を怖がっている様子だったが、少しはマシになったらしい。
「ここ……お墓ですか?」
暗い中で離ればなれにならないように、俺の腕をしっかりと掴みながら女の子が訊ねる。
怖がられているのか、好かれているのか、どちらなのだろうか。
古い親友の墓だという事を説明した。
「お、お友達がいたんですか?」
真面目に発せられたその一言に、思わず吹き出してしまった。お前、そりゃ失礼な質問だろう。
それにしても、この娘の前でこんなに大笑いしたのは初めてかもしれない。
何故かって、女の子が呆気にとられたような顔をしていたからだ。
「どんな人だったんですか?」
「可愛らしい子だったよ。キミみたいに」
「ふぇ?」
暗闇で黒人にはよく分りはしなかったが、杏の顔は真っ赤になっていたようだ。
「どした?」
顔を覗き込む黒人に、慌てて話を戻そうとする。
「い、いつ頃お亡くなりに?」
「なんだ、変な事知りたがるな」
「あの、えと、その………」
たまらず、杏はそのまま俯いてしまった。
そんな杏の様子を気に留めることもなく、黒人が答える。
「多分、今年で25回忌ぐらいかな。幸せそうな顔してたよ」
番外1−7 END
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