番外編シリーズ3


 こんにちは。それとも「こんばんは」かしら。「おはよう」の人もいるかもしれませんね。
 今回の前説を預かりました、魅夜です。

 今回のお話は、麗ちゃんと霧玄君の昔話。
 ずっと、ずーっと昔、あの子が子供の頃の話です。
 どんな子供だったのかしらね。
 
 私は小さな頃から変わらないってよく言われます。三つ子の魂百まで、とも言いますしね。
 でも、百を過ぎればどうなるのか、ね。




GHOST(1)
〜懇談の日〜






 物心ついた時から見えていたので、それが当然だと思っていた。
 確かにはっきりとしたものではなかったが、皆そういう感覚を持ち合わせているものだと考えていた。





「お宅の娘さんは、その、人とのコミュニケーションは問題ないのです。 寧ろ積極的に人と接する事が多いようです。クラスでも人気者です。
 しかしですね。ええっと、その……何と言えばよろしいのでしょうか。 時々、ええ、本当に時々なんですが……」

「麗が、何かやらかしたんですか?」

 お父さんが心配そうに私の頭にその大きな掌を乗せる。もう中学生になったのに、いつまでも子供のようにそうする。
 思えば、お母さんが他の男を作っていつの間にか家に帰ってこなくなってからだったような気がする。私に優しくなったのは。



 お母さんがいた頃は、お父さんはいつも私を叱っていた。手を上げられた事もあったかもしれない。お母さんはいつもそれを庇う役だった。
 テレビを見て知っていたつもりになっていた。これが虐待っていうものなんだ。勝手にそう決めつけていた。お母さんは私の味方で、お父さんは敵。 そう考えて疑わなかった。

 逆だった。



「たまに、私の目からはひどく陰鬱な表情をすることがあるように思うのです。いえ、勿論私の気のせいなのかもしれませんが。 ですが、麗さんの笑顔が……本人の前で言うのもなんですが……作り物に見えてしまうんです」

 心の底の泥水をすくい上げられたような気がした。この先生は、今までの担任とは少し違うようだ。

「……それと、他の生徒からも言われているのですが、彼女には、その……見えている、と……」

「見えている? 何がです?」

 お父さんの声が震えている。たかが懇談でここまで真剣に取り組む親や教師を見るのは初めてだった。 いや、私が原因なのだろう。私の話なのだから。





 お父さんが私を叱るのは、私が悪い事をしたからだ。悪さをしてはいけない。ただそれを教えてくれただけだ。 手を上げたのは、それだけ悪い事をしたからだった。
 お母さんは、私を庇っていたと言うよりは、お父さんの怒鳴り声が五月蝿いという苦情でしかなかった。 言葉では私を庇う言動だったが、その顔は鏡の方を向いていた。厚化粧を施して。
家の事を引き受けるようになってから分かった事だが、その頃の家計から見ると一か月分の食費にも匹敵するような値段のとても小さなバッグをぶらぶらさせながら、 これまた、その一着を売るだけで家族旅行にでも行けそうな高値の似合いもしないブランド服を着て、 それ一足で分厚いステーキを五枚食べてもお釣りが来るような変な形の靴を履いて出て行った。
 黒くて長い面白みの無い車が迎えに来ていたのも見えた。





「ですから、その……こんな非科学的な事を言うのも躊躇われるのですが……えぇと、所謂……幽霊……というやつが……」

 は? とお父さんは思わず漏らした。それもそうだ。深刻な顔をした大人から出てきた言葉が「幽霊」なんて。

「は……はは、なんだ、そんな事ですか。そんなもの、見えようが見えまいが……」

「いえ、それが……。その霊みたいなのが、教えてくれるとか、なんとか……」

 先生も上手く説明できないようだった。それもそうだ。私にだってよく分ってる訳じゃない。
 けれども、まあ、何も言わないよりは妙なわだかまりを抱えずに済むだろうと思い、会話に加わった。

「危険な事とか、教えてくれるだけだから。それだけ。私もよく分かんない」

 その一言で、教室の中は静かになった。





 お母さんが消えた時、やっと私の勘違いに気がついた。お父さんはその日、一晩中泣いていた。お父さんの涙を見るのは、これが最初で最後になる。

 お父さんは嫌いな筈だったのに、お父さんが可哀想で仕方が無かった。

 それから、お父さんは急に私に優しくなった。私の作ったものを美味しいと言って毎日全部食べてくれた。 勉強で分からないところがあれば、丁寧に教えてくれた。
 単純な私は、それだけで次第にお父さんの事が嫌いでなくなった。今では大好きだ。





「いえ、今はこの話はよしましょう。それよりも、先に言った件ですが……。何か、心当たりなど、ございますか?」

 先生が私の方を見ながら、お父さんに訊く。原因は私自身が一番よく知っている筈なのだけれど。
 お父さんが淋しそうに私を見る。その視線がとても温かいのに、なぜだか胸をちくりと刺して痛かった。

「やはり、母の蒸発が堪えているのだと思います。あの時は、わしも自分の事しか見えてませんでしたが、 今になって思うと、この子の方が辛かったとしてもおかしくはないでしょう」

 そんな事はない。お父さんの方が辛かったに決まっている。

 長年連れ添ってきた者に別れも言われず消えられたのだ。周りが見えなくなる程にショックを受けたのだ。
 それに対して、私はただお父さんに同情していたに過ぎない。お父さんの涙を見た時に、母への情は一切消えた。今はただ憎くて仕方が無い。


「ありがとうございました。気を付けてお帰りください。織野さんも、何かあったら一人で抱え込まず、先生に相談してくださいね」

 私はただ頷くだけだった。先生の事は嫌いではないが、相談したところで解決はできそうにない。

「ありがとうございました。では」

 お父さんが頭を下げて教室の扉を閉める。その背中が、ひどく小さく見えた。

「麗、お前……」

「帰ろっか、お父さん。今日はすき焼きにしようねっ」

 お父さんの言葉を遮り、元気な声を出す。自分でもどきっとするぐらいの大声が出た。



 帰り道、お父さんが一言ぽつりと言った。

「本当に、すまなかったなぁ……」

 私は聞こえないふりをして、川沿いの土手を駆け下りた。





 結局、その先生には一度も相談することなく、私は中学を卒業した。
 その間に、笑顔を作ることも億劫になり、卒業する頃にはあまり表情を出さなくなっていた。


 母が消えてからは仕事を倍に増やしたお父さんは、毎日へとへとになって帰ってくる。 そんなお父さんの姿を見て、私は無意識に家事を引き受けるようになった。
 高校も、家事の時間を極力削られないように、近場を選んだ。 先生はもっと上を目指せと五月蝿かったが、家庭の事を出すだけで口を閉じてくれた。







 高校生になって半年程経った頃のことだった。
 この頃になるともう、新生活に対する緊張は消え去る。 それと同時にクラスメートの棲み分けもほぼ完了するのが普通だ。

 高校に入ってからは、私は自ら友人を作るという事をしなくなっていた。 話しかけられれば当たり障りのないように応えているので、いじめられたりすることはなかったが、どちらかといえば孤独だった。
 昼休みは誰かに誘われない限りは一人でお弁当を食べ、本を読んだりして過ごした。
 放課後は、夕食の買い出し以外は寄り道せずにまっすぐ家に帰った。 カラオケに誘われたことは何度かあるが、遊んでいる暇はなかった。
 家事で忙しかったので、成績の方は聞かないでもらえるとありがたい。



 それでも、私は私なりに学校に馴染んだ。
 少しだけれどクラスメートとの会話も増えたし、勉強も少しは分かるようになった。


 そして、学校に馴染んでくると、色々な噂も耳に入ってくるようになる。
 誰かと誰かが付き合ってるだの、何組の誰かが赤点取っただの、そんな何処にでもあるようなものだった。
 私も人並みに噂を聞いたし、一度だけだが私自身も槍玉に上げられたこともある。
 原因は例の「見える」事だった。それ以来、人にはあまりそのことを話していない。


 そんな中、一際大声で騒がれている話があった。


 一年生の中に、それはそれはおっそろしい不良がいるらしい。








番外3−1 END








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