番外編シリーズ1
こんにちは。杏です。
お久しぶりですね。
作者さんが「どうしても別の話を書いてから手をつける!」
って言って聞かないし、その話も完成させるのに凄く時間が掛かっちゃったものですから。
「自分の集中力の無さが憎い」って言ってました。
さて、これからは暫くの間、番外編という事で、本編とは違った場面のお話です。
時系列、登場人物など、色々な違いを楽しんでいただけると嬉しいです。
今回はくろさんが私と出会う前にあった、ちょっとした事件のお話です。
私と会う前なので、当然ながら私の出番はありません……。
だから挨拶を任されたんですね。
それでは、どうぞ。
つー君とZ子(1)
〜紅い棺桶〜
携帯電話が鳴った。
メールが届いていた。適当に返事を返した。
本屋に寄った。
別に古本屋でもないし、暇を持て余した爺さんが1人でやってるような小さな本屋でもない。
街中に堂々と構えているそれなりに大きな本屋だ。
今日もその大きな本屋の利益の一部を負担してやろうと寄った。
入る時に、町のシンボルであるそれが目に映った。
2階の最奥、壁を削ったのか、元々そうなのか、その本棚に近付く。
何か目新しい本は出ただろうか。
そう思いながら目を滑らせる。
見つけた。この装丁は恐らく小説だろう。
置いてあるのはこれ1冊だけらしい。棚にホコリが溜まらないように置かれていた。
タイトルは……。「つー君とZ子」だそうだ。
僕のネーミングセンスがまともなら、少なくとも今まで見てきた中でもかなり珍妙なタイトルだと思う。
その本を手に取り、ページをめくる。
これは……絵本? いや、ライトノベルのようだ。
が……少々挿絵が多い。2、3ページに1枚は挿絵が入る。
100ページ前後のようだから、実際の物語は6、70ページ程だろうか。
ページをめくって1番、赤い文字で「狂」と書いてあるのを見るに、
これは恐らくホラーなのだろう。フィクションのホラ話。
我ながらつまらない。
時間が余っているので、ぱらぱらと最後まで流し読みしてみた。
読み終わると、すぐにその本を元の場所に置いて本屋を後にした。
今日はもう何も買わずに帰ろう。
家に帰って、ギャグ漫画でも読んでいよう。
本の内容はこうだった。
ある日、町の人間誰もが知っているある場所に、大量の赤い蓋の棺桶が届いた。
届いた、と言うよりは、置かれていた、だろうと思った。
そして、あまり大きくもないその町の住人は皆、その棺桶を見た。
それはあまりにも気味が悪く、誰もそれに触れたがらなかった。
ある日、その棺桶に、面白半分で触れた中年の男性がいた。
ありゃただの箱だ。死体なんか入っちゃいないさ、と。
そして、手を触れ中を見ると、確かに何も入ってはいなかった。
しかし、その棺桶の裏には、妙なものが書かれていた。
手を触れた中年の男の名前が。
そしてその翌日、その男は心臓発作で死んだ。
ネタをばらすと、棺桶は町の人数分あり、次々と人間が死んでいった、という話だ。
そして、主人公である「Z子」が次第に狂っていく様を書いたものだった。
「Z子」は棺桶が届く前にある夢を見ている。
奇妙な女が話し掛けてきて、その後、怖ろしい苦しみが襲ってきたという。
目が覚めると、それが治まっていたのだ。
次は自分の番かもしれない。そういう恐怖が「Z子」の精神を蝕んだ。
やがて、「Z子」は自分より一足早く狂ってしまった、隣に住む同い年の少年「つー君」を食べてしまうのだ。
「ひとつになろう」と。そしてそのまま「Z子」も狂ったのだろう。
数週間経って、別の町の警察が彼女の家……の隣を調べた時に見たのは、
壊れたドアの前にうずくまる少女で、それが顔を上げると、警察は驚く。
ボロボロになった歯から血液を滴らせ、生きた人間の脳を食み、にっこりと笑って言うのだ。
「あなたは狂わないわよねえ」と。
面白くもない話だった。何かの記録の集まりのように書かれている。
ただただ人を不快にさせて楽しむ作者の様子が脳裏に浮かぶ。
そいつに苦情を送ってやりたい。
だが、残念な事に、作者の名前を見るのを忘れていた。見たかもしれないが、忘れてしまった。
しかし、何よりも不快だったのが、挿絵だった。
どれもこれも死体の絵ばかり。
死ぬ瞬間、腐乱していく様、烏がそれをついばむもの。
何より、ラストに描かれていた狂った「Z子」の顔は二度と思い浮かべたくも無い。
この小さい町の中を、早足で歩く。
その時、とある店の電光掲示板から、ニュースが流れてきた。
町のシンボルであるそれの周囲に、謎の廃棄物が大量に放置されていたらしい。
昼間から、誰にも気付かれず。
帰り道で、近所では見かけない女の人を見つけた。
今時珍しいオカッパ頭で、マスクを着けていた。
こう言うのもなんだが、「Z子」によく似ている。
お陰で思い出してしまった。
そして、とある下り坂に差し掛かった。
左手に稲刈り間近の田んぼがある坂だ。
田んぼは向かいの道路にも面していた。
そこを通れば向こうの道に出られる。
下り坂には、1人の男が歩いていた。
中年の小太りで、禿げかけの頭に、黒縁眼鏡。
なんとなく、恐怖を感じた。
アイツは多分、人を殺した事がある。かもしれない。
この道は今通らない方がいいかもしれない。
そして、ヤツに気付かれてはいけない。
人通りも無いので、ヤツは僕に気付くと追ってくる。かもしれない。
ゆっくりと後ずさりし、ようとしたその時だった。
ぱき。
ふと下を見ると、硝子の破片のようなものが足の下敷きになって割れていた。
男はすぐに振り返り、こちらに歩いて迫ってきた。
まるで無表情で。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
そして咄嗟に田んぼの中に逃げ込んだ。
殺されるかもしれないから。
なんとか見つからないように逃げるしかない。
湿り気のあるその地面を這いながら必死で逃げる。
大分進んだが、まだ向こうの道には出ない。
この田んぼはそう広くない筈なのに。
疲れていても、恐怖が腕を、足を、動かす。
一時的に休憩を取ろうと、地面に伏したその時、音が鳴った。
今ほど、外に出る時に携帯をマナーモードにしておかなかった事を後悔した事は無い。
慌ててポケットをまさぐり、携帯を取り出す。
早く止めなくては、居場所がバレてしまう。いや、もうバレてるかもしれない。
あまりにも気が動転していた。
震える手でようやく携帯を取り出した。
よし、これで何とか……。
手にとって見た待ち受け画面は、平常時の絵を明るく映していた。
その時にようやく気付いた。
あの着信音は僕の携帯のそれとは違った。
僕の携帯の着信音はもっと最近の曲の筈だ。
それに気付いた瞬間、着信音が途切れた。
「これは私の携帯の音だよ」
中年の小太りの男が、無表情のまま僕の目の前に現れた。
番外1−1 END