プロローグ:霧雨魔理沙〜Lost article〜





 普段から、たまに見かける物だった。
 ある時はお決まりの無縁塚で。ある時は竹林で。山を流れる川の底に沈んでいたこともある。
 行きつけ≠フ店に置いてあったのを触ったこともあった。 ただ、いつ見付けるのも、錆び付き、折れ曲がり、ただの鉄塊同然な状態の物ばかりだ。
 だから、彼女には、今回見かけたそれが、いつも見かけるものとは別物にすら見えた。

 ピカピカとまではいかないが、それでも他と比べると遥かに綺麗な状態だ。 店で見たのに比べて、形も……と言っても、彼女は元の形をよくは知らないので推測だが、 不自然に割れた部分も、訳の分からない方向に金属が突き出してもいないので、原型を保っているのだろう。

 二つの車輪。
 真っ赤に塗られた金属の棒が、簡易な細長い魔方陣のように組み合わさり、これらを繋ぎ合わせている。
 カブトムシの角のような部分がある方が前なのだろうか。 角の両端にはゴムが巻かれてあり、握るのに丁度良い。 側面には籠と円筒――と言うには形がやや歪だが――が取り付けられている。
 車輪と車輪の間にも、装飾が多い。
 上は、前方部分と思われる部位と同じく、しかしかなり低い角が付いている。だが、角の先が明らかに異質だ。
 丸みを帯びた三角形。前方の角とは用途が違うのだろう。
 下は、L字に折れ曲がった棒が、前方に向かって左右、互い違いに取り付けられている。
 面白い事に、少し力を加えると回転を始め、そこに引っかかっているチェーンが連動して、後部の車輪も回転するのだ。
 以前、行きつけ≠フ店で触った時は、錆びや破損が邪魔してとてもこう滑らかには動かなかった。

「これはきっと、回転のエネルギーを利用して、何か大きな力を生み出す装置に間違いないぜ」

 それを見つけた少女――霧雨魔理沙は、興味深そうにまじまじと観察し、誰にともなく呟く。
 長い金髪に、黒白のいかにも『これが魔女です』と言わんばかりの衣装。 ついでに、更に『それっぽさ』を誇示するとんがり帽子も被っている。
 事実、彼女は魔法使いだ。正確に言うなら、魔法使いを名乗る人間、だが。 勿論、箒も彼女のトレードマークの一つである。

 彼女は、キノコの採集や、目ぼしい物の探索などを、この魔法の森≠中心に行う。
 ちなみに、彼女の自宅も森の中にある。 耐性の無い人間が入れば一息で体調を崩しかねない、化け物茸の胞子飛び交う森。 人はおろか、妖怪すらあまり立ち入らないこの森の中に、だ。
 今日も魔女らしく魔術のヒントになりそうな素材を探していたのだが――。
「しかし、えーと『自転車』だったか? こんなに完全な形でこっち≠ノ来てるのは初めて見たな」
 彼女の興味は、それに引き付けられつつあった。
 何度も目にしてはいたが、大抵はどうしようもないぐらいに壊れていたり、時にはパーツの一部だけが転がっていることが普通だったのだ。 それが特に目立った損傷が無いとなると、どう使えばどう動くのか、知りたくもなる。
「香霖が言うには乗り物らしいが、どういう術式で空を飛ぶんだ、これは?」

 とりあえず、面白そうだったので、魔理沙はこの『自転車』を、昔馴染みの巫女に見せびらかしに、神社へと向かうのだった。







プロローグ END





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