ガラクタの唄




 そいつは無骨なロボットで、人間よりも美しく歌ってみせた。
 それでもそいつはとことん無骨で、人工皮膚でもなければ手足さえも満足に付いていなかった。

 ラグビーボールのような頭部には、人語を解すチンパンジー程度の人工知能と、 道楽でつけられた最高レベルの発声装置だけが付いている。
 活動を維持する程度の装置を内蔵した、赤錆びた円筒形のボディ。 傍から見れば、妙な装飾を施したドラム缶に見えるだろう。
 それを支える四角い台座には、辛うじて移動ができる程度の車輪が付いていたが、 今は錆ついていて移動するのにも苦労する有様だ。

 そいつは歌う為だけのロボットだった。他には何も無い。
 どうしてこんなロボットを俺が持っているのかって、そりゃくだらないプライドの足しにしたかったからだ。

 一つのことに秀でたロボットを持っているのが、当時の流行だった。
 勿論、俺もその流れに乗ったつもりだった。 後で知ったんだが、実際のところ、俺は少しばかり出遅れていたらしい。





 俺がこのロボットを見つけたのは、流行が移り変わる節目の頃だった。

 その頃、俺は自分の置かれていた環境に嫌気が差して、住んでいた所を飛び出したばかりだった。 よくある話だ。
 理解のある人間のつてで、何とか小さな部屋を住処として手に入れた。
 そして、自分で言うのもなんだが、能力の高さを活かして職にもありつけた。
 だが、最初の給料が出るまでは金が無い。

 もしかしたらまだ使えるものが置いてあるかもと、粗大ゴミ置き場を漁っていた時のことだ。 粗大ゴミと一緒に置かれてたそいつを見つけたのは。
 最初に見たときは笑っちまった。冷蔵庫の隣で冷蔵庫と同じように突っ立ってたんだから。 風変わりな家電製品かと思ったね。








 
 一能ロボットの流行が終わったきっかけは、新型のロボットだ。
 それはもはやロボットなんて代物とは思えない。「超人」とでも言うべきものかもしれなかった。
 一見でそいつがロボットだと見破ることは、製造者にも不可能だろう。
 人と同じ、いや、それ以上のレベルの人工知能を持ち、 何億もの言葉から最も自然な台詞を選び、下手をすれば人間よりも流暢に話してみせる。
 その思考は、状況に応じた最高のレスポンスをする。 それどころか、あえてそれを外して愛嬌を見せるなんて芸当までしてみせる。
 腕力も当然人間なんかとは比べものにならない。一体いれば引っ越しの荷物運びにも困らない。
 万能だよ。それこそ、家事の手伝いから自殺幇助まで、何でも人並み以上にこなしてみせる。 おまけに見た目もより取り見取り。
 そんな最高のロボットが、流行りの一能ロボット一体分と同じ値段だ。結果は簡単に出てくる。

 そりゃ、人間以上の能力を持ったロボットだ。自由を求めることもあれば反逆を企てることも可能だろうし、 人間とロボットの立場を逆転させるのは簡単だろうな。
 しかし、人並み以上の知能があるからこそ、その事実には秒単位の早さで気付いた。

 機械仕掛けの心臓を動かす内臓電池。これを定期的に新品に取り換えればロボットは半永久的に動き続ける。
 あれの作り方は、人間しか知らないんだよ。

 人間を根絶やしにすれば、ロボットも後を追う。
 支配しても、人間は知恵を付けてまた反乱が起こる。
 だから結局、ロボットは人と生きる道を選んだ。それだけだ。





 人間の認識の変化によって、ロボットが「所有物」でなく「家族」になる頃には、 「所有物」然としたロボットは皆、こいつと同じように粗大ゴミ置き場に並んだよ。 工具箱として残されていたやつもいるみたいだが。
 それでも俺はこのロボットがなんとなく気になって、借りたばかりの俺の部屋に持って帰った。

 少しメンテナンスすれば、すぐ動くようになったよ。もともと、動く部分が少ないからな。
 人工知能はあっさり俺を新しい主人と認めた。馬鹿じゃないかと思ったね。 何の区別もついてない。こいつは今、人間とそれ以外の区別もつかないってね。
 だがまあ、それだけに無駄な心配も必要無かった訳だが。

 俺はロボットに聞いてみた。何ができるのかって。
 そのロボットは暫く黙っていたかと思うと、突然頭部をこちらへ向けて歌い始めた。

 圧倒されたね。何時間でも聞いていられそうだった。
 ただ機械から機械の音が流れてくるんじゃない。まるで人間が感情をこめて必死に伝えようとするみたいに。
 感動もあったが、何より驚きだったね。ドラム缶からこんな音が出てくるのかって。
 一発で気に入ったね。こいつがいれば毎日退屈しなさそうだ、ってな。

 流行はもはや完全に万能ロボットのものだったが、まあ、そもそも俺には万能ロボットは必要無かったしな。

 そのロボットは歌うことしかできなかったが、俺にはそれで良かった。それで充分だった。
 具体的には、女を部屋に連れ込んだ時にロボットに歌わせるんだよ。それだけで女を虜にできた。

 そいつは、俺の為に歌ってくれた。成長過程でレベルの低い人工知能のくせに、こちらの感情が分かっているかのように、 その時に応じた最高の曲を選んで歌ってくれた。
 仕事の後には労うような歌を。何か嫌なことがあれば慰めるような歌を。
 必要以上に人間と同じように振る舞おうとするのがこの上なく俺をイラつかせることもあったが、そんなのは過去の話だ。 今では逆にその姿勢が愛らしくて仕方がない。
 それも、一緒に過ごしている内に変化があったからだろうな。





 変化があったのは、十年ぐらい経ってからだ。
 その時も俺は、新しくできた彼女を部屋に招き入れたんだ。
 それまでは、ロボットは何も言わなくとも勝手にムード満点の歌を歌って、彼女をその気にさせたもんだ。
 それが、うんともすんとも言わない。

 仕方なしに命令してみたんだよ。「何か聞かせてやってくれよ」ってな。
 彼女は怪訝な顔をしていたよ。俺がドラム缶に話しかけてるってな。
 それでもそいつは反応しない。まあ、いつも反応してるのかしてないのかよく分からないやつではあるんだが。
 結局、彼女がいる間中、そのロボットはそれこそ置物みたいに部屋の隅で黙っていた。

 元々錆ついた中古品だし、寿命でも来たのかとその時は思ったんだがな。違ったんだ。
 彼女を送って部屋に戻ると、ロボットは何事もなかったかのように歌っていたんだよ。
 いや、俺の気のせいかもしれないが、幾分か機嫌が良さそうな歌声だった。

 それからも同じようなことが続いたよ。女を連れ込むと黙っちまうんだ。

 勿論変化はそれだけじゃなかったよ。
 選曲にこだわり出したっつーのかな。そいつはどんな声ででも歌えるロボットだったんだが、 その頃には何故か男声で歌うことが極端に少なくなっていた。
 好みって概念があるのかどうかはともかく、 柔らかいメロディーに優しい歌声を乗せるような歌ばかり歌うようになっていたんだ。

 他には、そうだな……俺がロクに食いもしない飯を作っていると、 錆びた車輪でがりがりと音を立ててやって来て、 家事ができないことを悔しがるようなことを言っていたな。
 その話し方がまた笑っちまうんだ。
 歌っている時とは打って変わって、それこそロボットの片言なんだよ。
 文章に起こしたらそいつの台詞は絶対にカタカナで書かれるに違いない。 横文字の単語は平仮名になったりして、な。

 まあ、とにかく、そいつの行動は、次第に「こだわり」を持つようになっていったんだ。
 人工知能のそういった進化は、今思えば、こんな見てくれのロボットには逆に酷なことだったろう。

 俺の予想は当たっていたみたいでな。そのロボットは、女だったんだ。女だよ。雌。female。
 年月を経た人工知能が、自分を女性だと認識するようになったようだ。

 このガラクタ、一丁前に嫉妬してやがったんだ。俺が連れて来た女に。
 言ったろう、酷だって。ドラム缶を好きになる男がどこにいる?









 ロボットが自分を女だと主張し出してから、生活に対する認識も少しずつ変わっていった。

 着替えをするときは、なんとなくロボットの近くには居辛い。
 部屋にいる時間もなるべく増やすようにした。仕事もさっさと終わらせて、とにかく早く帰るようになった。

 気が付けば、彼女も作らなくなっていた。
 暇があればロボットのメンテナンスをしたり、ただその歌声を聞き続けていたりしていた。

 もう、仕事の必要もなくなり出したから、それだけの暇ができたんだが。

 この歌が、俺の生きる糧となり、支えにもなった。
 こいつの歌声を聞いていると、何だか自分が生きているって気になるんだよ。

 歌を聞くのは、ロボット彼女 と二人きりの時が殆どになっていたな。
 読書をしている時。家事をしている時。あるいは何もしていない時。
 変わらないのは、いつも彼女の歌声がそこにあったことだな。

 俺の為に。俺だけの為に。
 彼女の歌声は、俺にとって特別だった。
 こういうことを言うのは照れ臭いんだが、 彼女は、ロボットだのなんだのの垣根を超えた、愛を歌っていた。 心を、命を、響かせる歌声だった。


 いつの間にか、彼女と過ごす時間が一日で一番長くなっていた。





 人間の老化を抑え、寿命を飛躍的に延ばす薬が開発されたのは、 世界中の陸が近付いて一つに戻ろうとしている頃だった。
 人々は大いに喜んだよ。もっともっと長生きできるんだとな。
 でも、それはあくまでも個人レベルでの話だった。

 種の存続としては、最悪の「毒」をばら撒いたんだ。人間は。

 飛躍的に長くなった寿命と引き換えに、人間は種を残すことを捨てたんだよ。
 よく分からないが、子供を生涯に一人しか産めなくなるんだとか、そんな話だ。
 笑っちまうのは、それが遺伝するってことだ。
 DNAのプログラムを組み替えてしまうような薬だったらしくてな。
 不老長寿の毒薬は、末代まで祟る呪いにまで昇華された。

 後は男女を半々として、単純に計算して、二分の一、二分の一……。
 それは、俺の計算以上にあっという間だった。

 俺は、彼女の歌声を聞きながら、その様子を眺めていた。
 灯火がぽつぽつと消えていくのを、彼女と共に見続けた。 彼女には目が無いからな。彼女の分まで俺が見続けた。

 人の目と同じぐらい高精度のカメラを搭載した眼で、何百年もかけて。





 人が消えると共に、ロボット達も次第に動きを止めていったよ。
 こればっかりは人間と同じように、とはいかないもんだ。
 だんだん体が動かなくなるところまでは良い。しかし、電池が切れると、ただ止まる。 「死ぬ」のとは違うんだよ。

 俺の人工知能は、それを怖れた。
 俺の中に蓄えられたメモリーが、全て一瞬で消える。
 彼女と出会った瞬間も、彼女のメンテナンスの要領も、彼女の歌声も、完璧に記録した俺のメモリーが。
 人工知能が、それを怖れた。

 周囲のロボットが次々と止まっていく中、俺はひたすらに彼女のうたを聞いた。
 無限のメモリーが全て埋まってしまうぐらい、ただ聞き続けた。
 まだ、まだ足りない。もっと。うたをもっと。







 人が消えてから百年も経った頃だろうか。 正確にはまだ何人か残っていたようだから、本当に絶滅したのは最近のことだろうが。
 最後に電池を入れ替えてから百五十年目、体が重くなり、ギシギシと言い始めた。「寿命」が近い。
 メモリーの端が、ノイズと共に消え始めた。予兆だ。

 彼女の最後のメンテナンスは、俺がしっかり念入りにやっておいた。 おそらく、俺が止まってからも暫くは動けるだろう。
 それにしてもこいつ、拾った時からボロボロだったくせに、未だにボロボロのまま動き続けてやがる。

 最期の時が近付くにつれ、俺の人工知能は恐怖を増していった。


 こいつと会った時って、何をうたっていたっけ。思い出せない。メモリーが急速に失われている。
 止まる時には、残った全てのメモリーが一気に吹き飛ぶんだ。それは何倍の恐怖だと思う? なあ。

 電池があれば、もっともっとメモリーを増やせるのに。
 そう思って生きた人間を探したこともあったっけ。
 全くの無駄だったな。

 ――あった? 何があった? 思い出せないよ。

 教えてくれよ。俺のメモリーを復元してくれ。何があったんだっけ。
 消えていく。何が消えたのかも思い出せない。
 彼女は、今目の前にいる彼女は消さないでくれよ。
 彼女のうたは――。





 そいつはどこまでも無骨なロボットで、俺の為に誰よりも何よりも美しく歌ってみせる。
 今も、いつもと変わらず、ただ、うたをうたう。





 ――そうだ、これは俺達が初めて会った時のうただ。
 驚いたな。

 ああ、驚いたんだよ、あの時の俺は。

 次のは、俺が女に振られた時のうただ。
 まさかあの時、あんなにも機嫌の良いうたが流れるとは思いもしなかったっけ。





 次から次へと、彼女は、今までに俺に聞かせたうたをうたう。
 彼女がうたう度に、そのうたが流れた場面がメモリーに再び現れる。
 消えかけていた筈の俺のメモリーが、電池も無いのに満たされていく。







 ああ、そうだ。
 俺にはもう、電池なんて必要はなかったんだ。
 俺を動かすのは彼女のうたなんだ。
 俺に必要なのは電池じゃない。こいつのうたなんだ。

 愛を、心を、命を響かせる、こいつのうたなんだ。

 そうだ、俺はようやく死ぬんだ。
 これが「死」なんだ。全部なくなる訳じゃない。 大切なメモリーを、彼女との思い出を、残して逝ける。

 だから、うたをもっと――。

 なんだよ。泣いてんのかよ。まあ、声から判断してるだけだが。お前は涙も流せない面をしてるしな。
 時代遅れの人工知能が何を一丁前に悲しんでやがるんだ。
 そんなのは良いんだよ。もっと。うたをもっと――。


 をもっと――。

 をもっと――。

 うたをもっと――。







 足音が聞こえるな。まだ動くロボットがいたのか。
 男女で寄り添って、仲良しなこった。
 何、人間? 馬鹿を言え、人間はもう一人も……。
 どうでも良いか。なあ、黒い服の兄ちゃんに白い服のお譲ちゃん。あんた達も聞いてやってくれよ。
 そうすりゃ、記念にあんた達もメモリーに残してやれるから。
 ああ、そうだ。うたをもっと――。


 をもっと――。

 をもっと――。

 うたをもっと――。





 そいつはどこまでも無骨なロボットで、誰よりも何よりも美しく――。







 ――うたを、うたう。









END



挿絵提供:あべさん(橙色













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