ヒマ人
特にする事もなく、やたらと暇なので、と言うと「徒然草」のようなのだが、
兎に角暇だったので、見ず知らずの人間の尾行をしてみようと思う。
ばれずに出来るかわくわくする。
まあ、あれだ。見つかっても面識が無いのだからそのまま通り過ぎれば問題は無い。
そもそも、見つかる心配も無いと思うが。
と言う訳で、家を出る。
玄関の段差につまづく。
駅前に出ると、実に様々な人間が行き交っている。
頭にバンダナを巻いた子どもが「ジャンケンをしよう」と声をかけてきた。
三回連続で負かす。
子どもは実に良い顔をして帰って行った。
やがて、電車が到着したのか、さらに大量の人が現れた。
その内、比較的普通なサラリーマンに目を付ける。
尾行を始めるとする。
サラリーマンは駅を出て数十メートルの距離にある本屋に入った。
何の本を選ぶのだろうか。
本屋に入ったサラリーマンは、迷う事無く真っ直ぐにある一角へと向かった。
この本屋にはよく来るようだ。
そして、ある本を手に取り、立ち読みを始めた。
読んでいる本は―――。
サラリーマンの尾行を中止し、本屋から出る。
もう一度駅に向かうとする。
「痕跡の出ない毒」とか調べてる人間の尾行はもうしないように気を付けようと思う。
駅に向かう途中、中学生みたいな高校生が凄いスピードで不良から逃げていた。
電車に飛び乗るのは止めた方が良いと思う。
この時間帯はサラリーマンが多いようなので、今度もサラリーマンについて行く事にする。
このサラリーマンも同じく駅から数十メートルの本屋に入る。
やはり立ち読みを始めた。
今度は普通の本のようだ。
誰かの日記らしい。
数分後、本屋を後にして駅とは逆方向に歩きはじめた。
途中、何度か何も無い所で躓いていた。
鈍くさいらしい。
それでも鼻歌を口ずさみながら歩いていた。
時々「みかん」と連呼していたりしていた。
尾行中、設置されていた自販機で、「500mlヤクルト」を発見。
全部飲みきるのは難しそうだ。
やはりあの量だからこそ美味いのだと思うのだが。
次第にサラリーマンの鼻歌のテンションが上がる。
物騒な歌詞が出始めた。
やがて小躍りと共に歌い始めた。
見られている事に気付いていないのだろうか。
途中、コンビニに立ち寄る。
店内にはちらほらと客がいて、高校生か大学生かぐらいの青年が雑誌を立ち読みしていた。
雑誌に何か書き込んでいるように見える。
性質の悪いイタズラだろうか。
サラリーマンは「堅揚げポテト」「ポテトチップス」「ピザポテト」「チップスター」
そして「メントス」「コカ・コーラ」を買っていた。
最後の二品はどうも食べる為に買った訳では無いようだ。
コンビニを出る際、若い女性がバイクに乗った集団に囲まれていた。
その内の一人がご丁寧に自己紹介までしていた。
オマケに通称まで。キムタクと掛けているらしい。
しかし、その直後、逃げる女性を追った例の男が、
突っ込んできたトラックに横合いから衝突された。
これは助からないのではないだろうか。
その時、コンビニ内で先程イタズラをしていた青年が今度はノートを一冊、脇に抱えていたのを見た。
やたら焦ったような顔をしていた。恐らく万引きだろう。
しかし、たった今起こった事故の前ではどうでも良くなり、事故の方に目を向ける。
ふと、先程まで尾行していたサラリーマンも野次馬に加わっているのを見つける。
やがて警察が来たので、そのサラリーマンは現場を離れ、再び歩き始めた。
尾行を続ける事にする。
やがてある高校の前を通り過ぎる。
かなり荒れた学校のようだ。
なんと正門の隣に「神山参上」などと書かれているのだ。
何故か肩を竦めて歩いてしまった。
途中、さらに別の高校の前を通り過ぎる。
この高校の噂は時々耳にする。
ロボットがいるとか、ゴリラがいるとか、
やたら歌の上手いオッサンみたいな奴がいるとか、
四天王なのに五人いるとかそんな噂だ。
何でも引き算が出来れば入れるらしい。
そのくせ、不合格者もいるとかいないとか。
サラリーマンのテンションは既に絶頂に達している。
宇宙戦艦ヤマトの主題歌を絶叫に近い形で歌っている。
甲子園で、ベンチ入り出来ずにスタンドで応援している部員のそれに近い。
音程をあまり気にしなくなっていた。
そして、サビのクライマックス。
「うちゅ〜うせんかん、」
と、最も盛り上がっている所で、正面から自転車が走ってきた。
それに合わせてサラリーマンの声が極端に小さくなった。
「ヤマト」の部分は聞こえなかった。
それからは時々後ろを振り返り、周囲を警戒し始めたので、
さすがに尾行を続けるのは無理があるので言われなくてもスタコラサッサにしておいた。
帰り道、猫の鳴き声がしたのだが、妙な形の草ぐらいしか見当たらなかった。
何処から聞こえてきたのだろうか。
夜も更け、家に着く。
玄関でつまづく。
明日は何をしようか。
まったく、幽霊というのは暇で暇で仕方ない。
何か未練があった筈だが、もはや思い出せない。
そういえば、声を掛けてきた少年は、何故この姿が見えたのだろう。